現代の戦闘を言葉と身体表現による新しい表現によって描いたプレルジョカージュの『ベラータムへの帰還』

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet Preljocaj プレルジョカージュ・バレエ団

"Retour à Berratham" Angelin Preljocaj
『ベラータムへの帰還』アンジュラン・プレルジョカージュ:振付

今年の夏、アヴィニョン演劇祭で初演され、激しい賛否両論を巻き起こしたアンジュラン・プレルジョカージュの『ベラータムへの帰還』が大幅に手直しされ、凝縮されてパリのシャイヨ国立劇場で10月23日まで上演された。

プレルジョカージュは二年半前にアヴィニョン演劇祭のオリヴィエ・ピィ総監督から、メイン会場である法王庁中庭での新作を依頼された。すでに『私が忘却と呼ぶもの』(Ce que j'appelle oubli)の台本を提供した作家のローラン・モーヴィニェに「『現代の叙事悲劇』を書いてほしい」と頼んだ。エクサンプロヴァンスに自分のバレエ団の拠点を持つ振付家とトゥールーズに住む作家とは現在世界のあちこちで行われている戦闘を念頭に置きながら、『イーリアス』をはじめとするギリシャ叙事詩や悲劇、この11月に入って亡くなったルネ・ジラールの『暴力と聖なるもの』といったエッセイ、兵士にされた少年たちについての本などを読み、パリのカフェで何度も会って、互いに意見交換して構想を練り、その後作家が部屋にこもって台本を書き上げた。

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© Jean-Claude Carbonne

ある若者が戦争の終わった故郷に戻ってくる。若者はアパートと両親、妹と恋人カチアを残して、兄とともに故郷から逃れたのである。彼の帰還は戦争を生き延びた人々に憎悪を呼び覚ます。アパートには別人が住み、かつて立ち並んでいた家々は廃墟と化している。「ベラータム」は架空の村だが、仏南西部タルブ市に近い小村ベタラムの名前を友人から聞いたモーヴィニェが選んだ。これは偶然だが、アルバニア出身のプレルジョカージュが幼年時代に休暇を過ごしたモンテネグロの村ベランにも類似している。

プレルジョカージュは三人の俳優にモーヴィニェのテキストを語らせ(この語りは死者たちの言葉である)、11人のダンサーに踊りを託した。舞台装置は造形作家のアデル・アブデスメードが手がけた。鉄条網をめぐらせた塀に囲まれた空き地には放火された車が置かれ、黒いプラスチックのゴミ袋が山積みになっている。生き残ったものの、戦火によって、内面までも焼き尽くされ人々と死者の魂とが並存している荒涼とした空間を冷ややかな照明が浮き上がらせる。この索漠とした空間で、帰還した若者がウイスキー、パトロン、ジャックの三人組の悪党と遭遇するところから舞台は始まる。やがて、フラッシュバックの手法によって若者の去った後に起こった出来事が観客の目の前で展開していく。強姦されたカチアが無理やり結婚させられる場面は目を背けたくなるほどだ。黒い花嫁の衣装が駒を回すようにして引き剥がされ、全裸となったカチアは体全体を絶望で震わせて息絶える。その反面、村を出ていく若者とカチアとの最後の夜は甘いエロスに包まれている。

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© Jean-Claude Carbonne

ダンサーが言葉を操るとともに、俳優が身体の動きへと導かれる、という役柄の取替えもプレルジョカージュは試みた。1997年からプレルジョカージュ・バレエ団に参加している最古参ダンサーの一人であるバルバラ・サローは「最初に踊った時、言葉を支えにしてインプロヴィゼーションを行ったら、アンジュランはそれが気に入りませんでした。それだけに、今回の公演に参加できて嬉しかったです。台詞はほんのちょっとしかないのですが」と語っている。「一人の人間の究極の自己表現は身体だ。無一物になっても身体だけは残っている」と考えるプレルジョカージュは、ダンサーの身体を磨くのに最適なクラシックのテクニックを土台にしながらも、さまざまな影響を受けて新しい動きを求め続けてきた。

今回の作品はエクサンプロヴァンスのパヴィヨン・ノワールという活動拠点に招聘したアフリカのダンサーたちのダンスからもインスピレーションを受けた。「ダンスは格闘芸術でもある」と振付家は語っているが、女性たちに暴力を振う男たちの動きは強烈なインパクトを観客に与えた。また地面を転がり回る動きには、登場人物のやり場のない怒りが余すことなく集約されていて、見ていてはっとさせられた。

言葉と身体表現とを交錯させることで、現代社会の抱える切実な現実をリアルに描き出した舞台は、コンテンポラリー・ダンス、演劇、といったジャンルを超えて観客に訴えてきた。「紛争とルーツを失った人間たち」という主題はシリア難民が押し寄せる欧州の今とぴったりと重なったが、同時に自らが長く内戦の続いた旧ユーゴスラビアから脱出して、フランスに根を下ろした振付家の内面の旅ともなっている。プレルジョカージュは「言葉の間の空間を生かし、台詞の間に沈黙を入り込ませた。語られたものと見られるものとの間のバランスを取ることで、言葉と身体とが同じことを表現するのではなく、それぞれの表現に到達するようにしたかった」と語っているが、彼が敬愛するピナ・バウシュのタンツ・テアターとも一味違う、独自の世界が新たに切り開かれようとしているようだった。

プレルジョカージュは『ベラータムへの帰還』のような実験的な試みの一方で、どの観客も楽しむことのできる『白雪姫』のような娯楽性を持つ作品も振付けてきた。12月17日から20日までヴェルサイユ王立オペラで『ロメオとジュリエット』を上演する。
(2015年9月29日 シャイヨ国立劇場)

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© Jean-Claude Carbonne

『ベラータムへの帰還』
振 付 アンジュラン・プレルジョカージュ
テキスト ローラン・モーヴィニェ
装 置 アデル・アブデスメード
照 明 セシル・ジヴァンジリ=ヴィシエール
効果音 79D
音 楽 ヘンデル、ファティマ・ミランダ、アビガイル・メッド 
衣 装 ソフィー・ゲレール
出 演 ヴィルジニー・コーサン、ローラン・カズナーヴ、オーレリアン・シャリエ、ファブリツィオ・クレマント、バチスト・コワシュー、マルゴー・クーシャリエール、エマ・ギュスタフソン、ヴェリティ・ヤコブセン、カロリーヌ・ジューベール、エミリー・ラランド、バルバラ・サロー、ニールス・シュナイダー、リアム・ヴァレン、ニコラス・ゼムール

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