オペラ座ダンサー・インタビュー:マチアス・エイマン

ワールドレポート/パリ

大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
text by Mariko OMURA

Mathias Heymann  マチアス・エイマン(エトワール)

6月29日から始まる『リーズの結婚』、7月4日からの『感覚の解剖学』に配役されているマチアス。シーズンの最後まで、彼特有の小気味好い足さばきで観客を楽しませてくれるのだ。彼は今年の夏の第14回世界バレエフェスティバルに初参加が決まっている。これは日本のバレエファン、マチアス・ファンにとって実に喜ばしい出来事といえるだろう。

オペラ座の『パキータ』コペンハーゲン・ツアーから戻ってきたマチアス。Dance Cubeのインタビューにはこれが初登場なので、彼に聞きたいことは山ほどある。しかし『リーズの結婚』で主役コーラスを踊るので、リハーサルとリハーサルの合間の30分しか今回はスケジュールが許さず。短時間でも豊かな内容になるようにと、彼自身も努力して答えてくれたのはうれしい限りである。聞きそびれたことは、次の機会に!

Q:『パキータ』のコペーハーゲン・ツアーは無事に終了しましたね。

A:はい。僕はパリでも一緒に踊ったオニール 八菜、そしてこれが出産後の初舞台となったミリアム・ウード=ブラームの二人のパキータとコペンハーゲンで踊りました。異なるパートナーだったけれど、思っていたほど難しいことではなかったですね。僕も彼女たちも、この作品では比較的寛いだ気分で踊れました。ミリアムにとっては久々の舞台だったので大変だったかもしれないけど、僕と彼女はとても気が合うので・・・うまく行きました。

Q:二人の体格はかなり異なりますが、そうしたことは問題ではなかったのですね。

A:確かに二人は違いますが、僕たちのこの仕事はそうしたことにも適応できなくてはならないのです。それに人間的な関係という点では二人とも素晴らしいので、少しくらい難しくても・・・。

Q:あなたとオニール 八菜が踊った時に、マチルド・フルステとあなたのカップルが発したのと似たようなエネルギーを感じました。

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『牧神の午後」
Photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

A:そう、まさにその通りなんです。マチルドも八菜も、パチパチと弾けるようなエネルギーを舞台上で放ちますよね。そういう点で、ミリアムは少々違うかもしれないけれど、彼女、前とは違った感じで戻ってきたんですよ。『パキータ』の女性ソリストの役は盛りだくさんで大変なんだけど、もの凄いやる気がミリアムから感じられたんです。

Q:目下稽古中の『リーズの結婚』は、コール・ド・バレエ時代にもフルートのダンサーなどを踊っている作品ですね。

A:スジェ時代のことですね。それ以前にもドゥミ・ソリスト役は、『ジゼル』の収穫のパ・ド。ドゥ、『眠れる森の美女』のブルーバードなどを踊るチャンスを得ていましたが、この時代の『リーズの結婚』はとりわけ記憶に残るものです。というのも、コール・ド・バレエを踊り、フルートのダンサー、そしてコーラスの初役とすべてが同時にあった時で・・・。この初役を得られたのは、まるでトランポリンで上にぽーんと飛び上がったような感じ。目の覚めるような体験でした。

Q:その後、あっと言う間にプルミエ・ダンスール、エトワールと上がりましたね。大勢で踊るというコール・ド・バレエ時代が懐かしくなったりしませんか。

A:そうですね。とりわけ、ソリストとなると自分だけの責任で踊るのですから。コール・ド・バレエのときは、自分のことも考えるけど、同時に一緒に踊るダンサーたちのことも考えます。この時期は短かったけど、僕の変化という点においてとても大切に感じています。仲間たちとは打ち解けた関係があって、ダンサーとしては多くのことを学んで・・・。この時期を通過するというのは意味のあることです。コール・ド・バレエは全公演を踊るので、すごく鍛えられ、耐久力ということを学ばざるをえません。ソリストの今の立場は快適だけど、確かにこの時期が懐かしいこともありますね。でも、例えば7月に踊るウエイン・マクレガーの『感覚の解剖学』などのように、ソリストでも部分的に集団で踊る作品もあります。仲間たちと一丸となって踊る。そこには集団のエネルギー、そしてライバル意識があって・・これ、好きです。 

Q:『リーズの結婚』のパートナーはレティシア・ガロニだと噂に聞きました。

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『火の鳥』
Photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

A:いえ、ミリアムとも踊りますよ。レティシア・ガロニとミリアムの二人が僕のパートナー。そう、今度も二人なんです。シーズンの終わり、僕のパートナーは常にダブルということにどうやらなりそうで・・・。レティシアはまだコリフェだけど、バンジャマン・ミルピエは彼女に一度は踊るチャンスを与えたいと考えたわけなんです。他の二回はミリアムと踊ります。

Q:『パキータ』では八菜、そして今回はレティシア。このようにミルピエ芸術監督が若いダンサーをあなたのパートナーにあえて選んでいるわけですね。

A:彼は若いダンサーを試すということをしてるわけです。僕はまだ27歳だけど、エトワールとしてすでに6年の経験があって、新しいエトワールというわけではない。つまり経験はあるけれど、若い年代に含まれます。それゆえに上層部の考えとして、「マチアスなら若いアーチストと踊れる!」となるんです。経験が豊かながら、波長、エネルギーという点で若いダンサーとの関係を築くことができる・・・。僕としても、自分の経験で若いダンサーの助けになることができるというのは喜ばしいこと。以前レティシア・ピュジョル、オーレリー・デュポンが僕に果たしてくれた役割を、今、僕がする番になったというわけです。彼女たちのように経験豊かなダンサーと一緒に仕事をしたのは、とても実りの多いものでした。一種の成熟が僕にも備わったのだって、感じています。27歳の今、良い時期にこの役割がまわってきたって思います。

Q:あなたはエドワード・ロックの『アンドレアオーリア』を踊っても素晴らしく、ピエール・ラコットの『パキータ』でも素晴らしい。自分としてどういったタイプのバレエが好みなのですか。

A:僕、いろいろなことに興味を抱いています。振付家ごとに異なる言語に従って、毎回自分を300パーセントを出し切って・・・だから、スタイルが違っても、上手くゆくのでしょう。でも、もし好きなスタイルということで言うなら、とても早い時期にクラシック・バレエに恋をした僕なので、理想的にはロマンチックなもの、例えば『ジゼル』や『ロメオとジュリエット』、『ラ・バヤデール』といった作品が、僕の奥深くに語りかけてきます。おそらく、僕のスタイル、僕の肉体の可能性ということでいうと、ピエール・ラコットの振付作品を踊ることを大変貴重なことに感じています。彼の作品、『パキータ』には早い時期に出会いました。パ・ド・トロワから始まって、主役のルシアンの役を踊った時は、まだとても若かった・・プルミエ時代だから19歳だったのじゃないかな。この作品を踊るたびに、毎回、自分の変化、進歩を感じることができるんですよ。テクニックだけでなく、精神的な面でも。だから、『パキータ』が踊ることを一番尊く思う作品なんだと思います。ピエール・ラコットが日本のエトワール・ガラでクリエートした『三銃士』にも僕は参加していて・・・この時の素晴らしい思い出は、今でもとても大切です。

Q:7月には『感覚の解剖学』に配役されていますが、これを振付けたマクレガーとの最初の出会いは『ジェニュス』ですね。

A:はい、『ジェニュス』でした。まさにこれは僕にとって大発見という感じの作品でした。彼の作品は踊るたびに、喜び、発見があって・・・それは彼自身のパーソナリティによることも大きいかもしれません。彼はオープンマインドな人で、好奇心がとても強くって・・彼にはいつも魅了されてしまいます。僕、彼のことをとても評価していますよ。彼が『ジェニュス』をクリエートしたときは、僕がまだすごく若いときでした。僕をコール・ド・バレエの中から外に出してくれた、って感じで・・。これには、なんというか、とても励まされました。僕は自分をクラシック・ダンサーだって思っていたので、コンテンポラリーを踊るときになんと言うのだろう、恥らいのようなものがあって、自分は不当であるというような気持ちがあったのだけど、彼の仕事のおかげで、こうした別のスタイルを踊ることも自分には可能なのだ、それも自分にふさわしいのだと思うことができるようになったんです。
まさに目から鱗・・・でした。

Q:『リーズの結婚』と『感覚の解剖学』。それぞれについて、踊る楽しみは何でしょうか。

A:まったく異なるタイプの2作品ですね。『リーズの結婚』は作品そのものが、とても愉快なものです。ライトです。その軽いエスプリのおかげで、どういったらいいのだろう・・テクニック面で安心感を得ることができるのです。例えば、ドラマの重いストーリーの場合、それから踊ろうとするパに対して、先回りしてストレスを感じてしまうものなんです。でも、『リーズの結婚』の場合は、ほとばしるものがたくさんあって、楽しくって、大らかで・・それは音楽についてもいえること。
だからステップがテクニック的に難しいものでも、軽い気持ちでとらえることができるのです。『感覚の解剖学』の楽しみは、体の振幅のリサーチですね。どこまで自分はいけるのか、どういった方法でいくのか・・ダンサーにとって、ひどく成長させてくれることなんですよ。毎日発見があって、体に無理強いするので痛みを体験しなければならず、疲労困憊してしまうのだけど、そうした段階を経て、最後はより強く意識を自分に対して向けることになる。これはいいことですね。

Q:2013年3月6日に開催されたオペラ座の「ルドルフ・ヌレエフへのオマージュ」公演で『マンフレッド』を踊ったのが、長期休業からの復帰でした。その後、生活習慣や食事について、気をつけるようにしていることはありますか。

A:2年間、休んでいました・・長いですね。その間、いろいろな医者にあって自分の可能性を改善することを学ぶ時間がありました。僕、以前からきちんと食事をしてるほうだったけど、仕事が集中するときにはどんな食事を、といったようなことを怪我する前はあまり意識してなかったんです。自然療法士(ナチュロパット)にも会いに行きました。そして睡眠についても・・僕は簡単に眠りにつける方ではなく、眠りも浅いタイプなんです。でも、この休業のときから快復に役立つ睡眠をえるため、そして気になることから解放されることに役立つ瞑想をしたり・・・。他にもいろいろあるけど、いささかパーソナルなことなのでここでは話しませんけど。自分自身の扱い方などが変わりました。仕事についても、今はなんとなく自分のリミットがわかっていて、自分を表現することもできるようになりました。以前はみんなを喜ばせたくって、提案があれば、なんでも引き受けてたけれど、この怪我の時期を経て、NONといえるようになりました。以前はこれができなかったんです。

Q:今夏は東京で開催される第14回世界バレエフェスティバルに初参加ですね。

A:はい。『ロメオとジュリエット』を踊ります。なぜこれを選んだのか?、というと、このパ・ド・ドゥは観客に見てもらう価値のあるものだからです。そして、また今後、僕がこうした役に取り組むための一つのとっかかり法でもあります。

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『眠れる森の美女』
Photo Sébastien Mathé / Opéra national de Paris

Q:オペラ座ではまだ『ロメオとジュリエット』は踊ってないということですね。

A:マーキュシオ役は踊ったけれど、ロメオ役はまだ。日本で初めてロメオを踊るんですよ。次のシーズンにオペラ座で『ロメオとジュリエット』の公演がプログラムされていて、僕、踊ることになっています。だから今回ロメオという役について少し試してみる機会になります。それにミリアムは良い関係なので、この作品でもカップルとしてとてもうまく行くと思っています。

Q:オペラ座でも、この作品を彼女と踊ることになりそうですか。

A:そうあって欲しいですね。彼女のことはダンサーとしても、人間的にもとっても好きなんです。とても繊細な感性の持ち主の彼女と、ともに稽古の時間を過ごせるのは快適なことですよ。もちろん他にもパートナーとして好きなダンサーはいますよ。例えばリュドミラ・パリエロ。それにレティシア・ピュジョル・・彼女の引退前(2016-17)に再び一緒に踊れるチャンスがほしいですね。

Q:Bプログラムで踊る演目は決まっていないのですね。

A:まだ正式発表の段階には至っていません。16日のガラでは『白鳥の湖』のパ・ド・ドゥを選びました。これはオペラ座で最近また踊っていて、改めて新しい発見をし、多くを学びました。日本のファンにこれを見せるのは、興味深いことです。僕たちが踊る作品は、パリ・オペラ座を代表するのにふさわしいものだと思っています。

Q:世界バレエフェスティバルに参加することは、ダンサーにとってどのような意味がありますか。

A:僕にとってこれはとても名誉なことです。その名も世界バレエフェスティバルだし、長いこと噂は耳にしていた催しについに参加できるんですからね。毎回、素晴らしいダンサーが集まり、プログラムもとても豊かで。それに僕たちダンサーにとって、さまざまなスタイルのバレエを見ることができ、他のカンパニーのダンサーたちとの出会いもあって・・。これに参加できるのは、すごい特権であって、栄誉です。良い経験ができるに違いありません。 

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リハーサル
Photo Ann Ray / Opéra national de Paris

Q:Bプロにロパートキナの『瀕死の白鳥』が予定されています。この作品には特別な思いがあるのですね。

A:はい。彼女がこれを踊るのを実際に見る機会に恵まれたんです。数年前に、ギリシャで「マイヤ・プリセツカヤへのオマージュ」公演に参加したときのことです。ロパートキナの仕事はすごく繊細で、またこれをライヴで見ることができるわけです。彼女のダンスは僕たちにはエネルギーを与えてくれて、僕たちをより遠くへとプッシュしてくれるものです。これに限らず、可能な限りのバレエを舞台裏でじっくりと観察したいですね。確かスティーブン・マックレーも参加しますよね。彼は僕が評価するダンサーの一人。昔からの知り合いのシムキンもいるし・・・彼らと一緒に同じスタジオで仕事ができるのが楽しみです。たくさんのダンサーに再会できるのが今から待ち遠しいです。そして日本の観客!いつも僕たちを歓待してくれて・・・。こうして迎えられることも待ち遠しいことなんですよ。

Q:オペラ座で来シーズンに踊る作品はもう決まっていますか。

A:まだ正式には・・。シーズン開幕のガラでは『テーマとヴァリエーション』(バランシン)を踊ります。それからロビンスの『オピュス19』・・・これらについては確かです。6月末から7月初めあたりにリハーサルが始まるんじゃないかな。こうした作品でシーズンを始められるって、うれしいことです。大西洋の向こう、アメリカの作品でというのは。

Q:オペラ座内にミルピエ芸術監督はさまざまな変化をもたらしてるようですが、何を高く評価しますか。

A:まず、なんといっても彼のカンパニーに対する視線ですね。僕が『パキータ』を準備していたときに、彼は常にリハーサルに立ち会っていて、良いエネルギーを僕たちに吹き込んでくれました。音楽性の高い彼のいうことはわかりやすくって。こうしたことは貴重ですね。アーテスティック以外な面でいえば、僕たちの肉体面につい彼が進めていることはとてもいいことです。

Q:例えばどういったことでしょうか。

A:マッサージ師が常駐となって、一回20分のマッサージをいつでも必要なときに受けられるんです。来年からはスポーツジムの部屋ができるので、ピラテスやヨガなどもオペラ座内でできるようにうなります。僕たちの体が快適でそして高いパフォーマンスが得られるようにという発想で、これには感心させられます。

Q:彼の芸術監督就任以来、オペラ座のダンサーたちの外部での活動が盛んですね。例えばマクレガーのカンパニーのダンサーと一緒に数名のオペラ座のダンサーがマンチェスター国際フェスティバルに参加するというような・・。

A:そうですね。これには僕はあいにくと参加しません。今のところ外部でのプロジェクトは僕には何もないんです。というのも、長いことオペラ座を不在にしていたので、ここでの仕事に専念する時期なんです。もちろん、いつかはこうしたプロジェクトで外に出る機会があったら・・・。特にこのマンチェスターのような、ね。僕、これにはちょっとジェラシーを感じていますから(笑)。それは当然でしょう。でも、しばらくの間はオペラ座でするべき仕事に専心し、長く良い仕事を続けられるように努めます。 

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