齊藤亜紀がプリマバレリーナらしい落ち着きと溢れるエネルギーで踊ったキトリ、フランドル・バレエ

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet Vlaanderen フランドル国立バレエ団

" Don Quichot " Alexey Fadeechev
『ドン・キホーテ』アレクセー・ファジェーチェフ:振付

フランドル国立バレエ団のプリンシパルを務めている齊藤亜紀が、へント(ゲント)とアントワーペン(アントワープ)で『ドン・キホーテ』のキトリを踊った。へント歌劇場でのソワレを見た。
開演の19時半少し前に早くもオーケストラがピットに入って音を合わせていた。この日がたまたまヴァイオリニストの誕生日でオーケストラが「ハッピー・バースデー・トゥ・ユー」を演奏し、観客が思わず拍手するという和気藹々の雰囲気でソワレが始まった。

中央に机、左に地球儀と槍、右に旅行用の荷物入れが置かれたやや薄暗いドン・キホーテの館でのプロローグが終わると、一転して明るいヴァルセロナの街が現れた。白いすだれと幕を使い、背景に雲の浮かぶ地中海の青空という簡素だが南国らしい装置だ。
人々が祭りの準備をしている広場の奥からキトリがさっと登場した。赤い花を付け、黒のスカートに赤のベルト、赤の扇という出で立ち。背をのけぞらせ、上半身をよじった上体が晴れやかな若い女性らしさを際立たせる。さっと男たちに投げかかる流し目や恋人のバジルにもらった赤い花を空中に高く放り投げる姿は、旅籠の看板娘というおしゃまな町娘にぴったりだ。バジルとの交際に反対する父に逆らうかと思うと、すがりついて懇願する。しばらくすると右手の椅子に座ってガマーシュを嘲笑し、ガマーシュの帽子をさっと取り上げて放り投げて相手が騒いでいる間に逃げ去ってしまう。ヒロインの表情が様々に変化するのも観客の目には楽しい。
キトリとバジルの小気味よいテンポのパ・ド・ドゥやカスタネットを手にしたキトリのヴァリエーションでは、情熱が弾けたようなに動きに会場から拍手が沸き上がり、最後はストップモーションでバジルが長い間キトリをリフトし、回りのダンサーたちがそろって手拍子して、陽気な幕切れとなった。

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© Hans Gerrisen

第3幕の紅葉した庭園のある公爵の館の広間ではキトリとバジルのパ・ド・ドゥに大きな歓声が上がったが、齊藤亜紀は客席にゆっくり視線をめぐらし、プリマバレリーナらしい落ち着きを持って歓呼に応えていた。コーダでの爽快な32回のフェッテ・アン・トゥールナンも忘れがたい。バジル役のウイムと息がぴったり合い、安定したサポートを受けることで、ヒロイン像が横溢するエネルギーをもって表情豊かに描かれ、2時間半の公演はあっという間に終わっていた。

公演後、齊藤亜紀さんに『ドン・キホーテ』とこれからの活動についてうかがった。

Q 『ドン・キホーテ』を通して踊られたのは何回目ですか。

A 前に盛岡の黒沢智子バレエスタジオ公演で『ドン・キホーテ』の全幕を踊りましたが、フランドル・バレエ団では初めてでした。日本では黒沢バレエスタジオで一緒に育ち、当時、英国ロイヤル・バレエ団にいた佐々木陽平君のバジルでした。
同じ年にローザンヌ・コンクールで私はスカラーシップ、彼はエスポワール賞を受賞して、同じ時期に日本を離れました。

Q プティパが最初に振付けた『ドン・キホーテ』は齊藤さんにとってどういう位置を占めている作品なのでしょうか。

A こちらで私はオーロラ姫(『眠れるの森の美女』)、ジゼル、タチアナ(『オネーギン』)といったヒロインがよくあっていると皆に言われているので、『ドン・キホーテ』のキトリを演じるのは、大きなチャレンジでした。
でも、ちょうどオネーギンのタチアナを演じたすぐあとに、『ドン・キホーテ』のリハーサルが始まったので、全く違ったヒロインになりきるというとても楽しい挑戦でした。

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© Hans Gerrisen

Q ヒロインのキトリの人物像を描くときに、工夫した点はどこですか。

A 今回、アレクセイ・ファジェーチェフ振付の『ドン・キホーテ』を踊らせていただきましたが、彼らのロシア的な表現を学ぶことができたのは、本当に興味深く、素晴らしい体験でした。彼らはどうすれば一番舞台で効果が現れ、かつダイナミックに表現できるかということを本当によく知っています。それは指先の使い方から目線の使い方まで本当に細かいことですが、舞台では大きな違いが生まれます。ロシア的なダイナミックさは私にとっては新しい踊りのスタイルとアプローチの仕方でしたが、『ドン・キホーテ』を彼らから学ぶことが出来たのは本当に幸運だったと思います。アレクセイは自分が求めるしっかりとしたヴィジョンがあっても、その中では私に本当に自由に表現をさせてくれて、アレクセイも彼の奥さんのタチアナも、「キトリを踊るのではなく、あなた自身のキトリをみつけることが大切なこと」と言って本当に温かくサポートしてくれました。
リハーサルではどうすれば観客が舞台を一緒に体験してくれるか、ということを頭に入れながら他のダンサーとたくさん打ち合わせをしました。
私にとって作品のスタイルというのはとても重要です。『眠れるの森の美女』と言った古典と、『ジゼル』のようなロマンティック・バレエは全くスタイルが違います。『オネーギン』のようなドラマティックな作品と、バランシンのような作品もまた全く違う踊りのスタイルがあります。私にとってダンサーは、たくさんの作品をただうまく踊るだけではなく、たくさんのスタイルを踊り分けるということが本当に重要だと思います。
『ドン・キホーテ』はダイナミックなエネルギーに満ちあふれ、スピードとスリルを観客に味わってもらうというのが一番大切だと思います。それらをよく表現できて観客に伝えることが出来るのが、1幕のカスタネットのヴァリエーションであり、フェッテだと思います。

Q キトリとドルシネアの違いについては。

A キトリとドルシネアは全く別の人物だと思います。キトリは生身の人間であり、強い個性と自信を持った女性です。
ドルシネアはドン・キホーテの夢の中の人物であり、夢の中では本当に存在するように感じても実在するわけではありません。そして何より彼女はドン・キホーテにとって完璧な夢の女性です。踊る時にはこの存在する形あるものと、存在しているように感じでも形のない完璧な夢のものとの違いを表現ことを中心に考えました。

Q そろそろ次回の公演への準備を開始されていることかと思いますが、新作への取り組みについてもお聞かせください。

A 次回はイリ・キリアンの『忘れられた土地』とリカルド・アマランテの新作『Flanders Fields』を踊ります。
『忘れられた土地』はとても美しい作品です。今回で踊るのは5シーズン目になりますが、私は情熱的でスピードにあふれた赤のパートを踊ります。『Flanders Fields』はちょうど振付けが始まったばかりです が、第一次世界大戦を舞台にした作品です。ベルギーは第一次世界大戦ではたくさんの兵士が戦死した重要な戦場となった場所でした。5月に公演予定です。

Q 来シーズンはどのような演目を踊られるのですか。

A まだはっきりとは言えませんが、今のところ決まっているのはシディ・ラルビ・シェルカゥイの新作と、ハンス・ファン・マーネンの作品、『眠れる森の美女』も踊る予定です。まだこれから他の作品が決まっていく予定で、もうすぐ発表されることになると思います。 
(2015年2月12日 ベルギー、ヘント歌劇場)

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© Hans Gerrisen

Don Quichot 『ドン・キホーテ』
振 付 アレクセイ・ファジェーチェフ (マリウス・プティパ、アレクサンドル・ゴルスキー原振付)
音 楽 ルドヴィッヒ・ミンクス
演 奏 ベンジャミン・ポープ指揮 フランドル交響楽団
リハーサル指導 タチアナ・ラストルゲーヴァ、エカテリーナ・シャヴィアシヴィリ
衣装・装置 トーマス・ミカ
照 明 ジョーダン・C・チュインマン
配 役
キトリ 齊藤亜紀
バジル ウィム・ファンレッセン
ドン・キホーテ トゥン・ファン・ロースマレン
サンチョ・パンサ フィリップ・レンス
ガマーシュ リッカルド・アマランテ
ジャニタとピッチリア マリッサ・パルツェイ、ナンシー・オズバルデストン
エスパーダ デイヴィッド・ジョナサン
ルチア ソフィア・メンテギアガ
メルセデス アレクサンドラ・クリスチャン
ロレンゾ アレクサンダー・クレーフ
居酒屋の主人 セバスチャン・タッサン
ドリアードの王妃 マリア・セレツカヤ
キューピッド カティ・ハーヴェー

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