ある男の転落とその時代を音楽に寄り添ったテクニックと演技力で浮彫りにしたエイフマンの新作

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Eifman Ballet Théâtre de Saint-Pétersbourg
サンペテルスブルク・エイフマンバレエ劇場引越公演

"Up and down" Boris Eifman
『アップ・アンド・ダウン』ボリス・エイフマン:振付

シャンゼリゼ歌劇場のTrancen Dansesシリーズにサンクトペテルスブルクのエイフマン・バレエが登場した。
1月27日にロシアのサンクトペテルスブルクで世界初演が行われたばかりの『アップ・アンド・ダウン』は、アメリカの作家F・スコット・フィッツジェラルドが小説『夜はやさし』で描いた、1920年代の南仏コート・ダジュールで織り成された人間模様をダンサーの身体によって観客の目にもわかりやすいように表現している。

第1幕は灰色の壁に囲まれた精神病院で始まった。若く優秀な精神科医が患者たちを優しく治療している。この医者が父親に連れられて来院した精神を病んだ若い美しい娘と出会い、二人が恋に落ちるとともに、将来を嘱望されていた医師の運命が狂っていく。
エイフマンの振付は登場人物たちの心情と状況の転換を、小気味のよいテンポでていねいに描写していた。舞台背後の壁面を開閉することで、時間や空間を越えて、現在舞台の前方で進行していることが、どのような背景から生まれているかが明確に示されるとともに、場面の転換もスムーズに行われた。

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© Souheil Michael Khoury

例えば第1幕で娘が精神に異常をきたしたのが、実の父親に犯されたためであることが、フラッシュバックの手法で舞台後方で展開するマイムによって示される。
二人の結婚後、医師は妻の希望で仕事を止め、南仏の保養地で閑雅な毎日を送る。しかし、生きがいだった仕事を失った夫は次第にアルコールにおぼれ、妻には裏切られて精神の均衡を失っていく。映画女優との関係ももろくも敗れ、最後には最初に務めていた精神病院に救いようのない患者として現れる。男が半裸のうつろな視線で床に尻餅をついて、医師に手を引かれてずって退場するところで静かに幕が下りた。

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© Souheil Michael Khoury

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© Souheil Michael Khoury

1920年代のコート・ダジュールを背景に、裕福だが自己実現に失敗した男性(ディック)をオレグ・ガビシェフが、小気味のよい身ごなしと抜群の演技力で体現していた。リューボフ・アンドレイェヴァもしなやかな身体と舞台栄えする美貌で妻のニコルに明快な輪郭を与えた。第1幕で病院を訪れるところで、不安に満ちた眼差しが次第に憧憬の明るみが増していくところや、アシスタントに手を引かれて退場するときに、医師に向かって差し伸べられた指先からは娘の心情がありありと見てとれた。この二人のデュオは物語りの節目に置かれているが、場面によって変転するカップルの関係が細やかにダンサーの身体と表情に刻まれていた。

このストーリーそのものは深刻だが、エイフマンはインティメートな緊迫した場面に続いて、すぐにコール・ド・バレエによる華やかな群集場面をさしはさむことによって、明暗のメリハリを付けることでバランスを取り、上質の娯楽作品に仕上げた。
休憩を含めて2時間の公演だったが、音楽にぴたりと身体を寄り合わせた技術と演技力に富んだダンサーたちによって「狂乱の時代」という一見したところ華やかな季節の裏で展開された、一人の男性の転落が彼が生きた時代とともに鮮やかに蘇っていた。
(2015年2月10日 シャンゼリゼ歌劇場)

『アップ・アンド・ダウン』
振 付 ボリス・エイフマン
音 楽 ジョージュ・ガーシュイン、アルバン・ベルク、フランツ・シューベルト
装 置 ジノヴィー・、マルゴリン
衣 装 オルガ・シアイシメラシヴィリ
照 明 グレプ・フィルシティンスキー、ボリス・エイフマン
配 役
ディック オレグ・ガビシェフ
ニコル  リューボフ・アンドレイェヴァ
ニコルの父 ジリ・ジェリネック
ローズマリー マリア・アバショーヴァ
音楽は録音を使用

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photo:©JP raibaud

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