大喝采の中に幕を下ろした、フランドル・バレエの斎藤亜紀とウィムのガラ『オネーギン』

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet Vlaanderen 「『Onegin』 by John Cranko---Gala 20 jaar Aki & Wim」

フランドル国立バレエ団 「亜紀・ウィムの20周年ガラ特別公演」『オネーギン』

斎藤亜紀は16歳で入賞したローザンヌ国際バレエコンクールで受賞した奨学金でアントワーペン(現地のフラマン語ではアントウェルペン)のバレエ学校に入り、在学中にハーフソリストとしてフランドル国立バレエ団に入団。それから、現在に至るまで同じバレエ団で踊り続けてきた。お互いにプリンシパルを務めるウィム・ファンレッセンとパートナーを組んで20年の歳月が流れた。二人のパートナー活動20周年を記念したガラ特別公演が、11月15日の金曜日19時30分からアントワーペン歌劇場で行なわれた。

市の文化担当助役の二人のキャリアと同バレエ団やベルギーへの貢献を称える長いあいさつで始まり、次いで亜紀とウィムの二十年を回顧する映画が映され、『白鳥の湖』や『ジゼル』といったクラシックからフォーサイスの『イン・ザ・ミドル・サムワット・エレヴェイテッド』をはじめとするコンテンポラリー・ダンスまで、幅広いレパートリーを踊ってきた年月が回顧された。そして映写が終了後、20時を回ってから『オネーギン』が始まった。

第1幕第1場はラーリン家の庭で始まった。背景に霧がかかったトーマス・ミカの装置は簡素だがロシアの地方の雰囲気をよく伝え、観客は大地に根付いた田舎貴族ののんびりした日常へと導かれた。

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(C)Hanz Gerristsen

「舞台の数日前から寝ても覚めても人物の気持ちから離れることがない」と斎藤亜紀は語っていたが、冒頭の木の下におかれた藤編みのソファーに腰掛けて、赤い表紙を本を読んでいるところから、内気な少女をこまやかに描き出していった。紹介されたオネーギンに腕を取られてうつむきがちに退場するところの恥らったまなざしや、最初のパ・ド・ドゥで相手に向けられた憧れの視線には、長い間待っていた男性を目の前にした娘の心の波立ちがはっきりと見て取れた。
これに対し、ウィム・ファンレッセンはオネーギンの冷ややかさをマニュエル・ルグリのような冷徹な物腰ではなく、男女の付合いに慣れてしまったダンディな男ならではの無関心さによって描き出した。冷たい一瞥は直接に胸に突き刺さるが、相手のまなざしに自分が明瞭な像を描いていない、というのも恋する人間にとっては耐え難いだろう。
この二人のプリンシパルは、一人の動きにすぐ相手が自然と反応して次の動きを引き出す。本番前に「お互いを感じて行こう」と言って入る舞台を毎回、積み上げてきた結果は、客席から見ていると、あたかも芝居や演劇の一場面を見ているような感覚にとらえられ、愛くるしい無邪気な妹オリガ(ナンシー・オズバルデストン)と直情的な詩人レンスキー(ガボール・カピン)のしあわせな、ごく普通のカップルと対照的な男女のありようが誰の目にも明瞭に描き出されていった。

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© Hanz Gerristsen(すべて)

この二人が『オネーギン』を踊るのは三シーズン目になる。今回、斎藤亜紀が一番考えたのは、グレミン将軍の妻となったタチアナが長い外国の旅から帝都に戻ってきたオネーギンと再会する第3幕だった。宮廷貴族との結婚で社交界の華となり、やさしい夫に愛されているが、かつてはじめて愛した男性が再び目の前に現れる場面である。「ヒロインは100パーセント幸せなのだろうか」との問いを胸に、さまざまな感情を込めてリハーサルを重ねる一方、プーシキンの本を何度も読み返した。そして、「タチアナが心の底で求めているのははなやかな社交界ではなく、田舎で見たかつての夢で、それなりに幸せでも本当は運命だとあきらめているだけ」ということに気づいた。
そこで、夫が挨拶して寝室を出ていく場面で、首に抱きついて自分から接吻を求めた。前にはキスをしないで演じたが、今回はヒロインが自分の心の揺れから自分自身を守るために夫に助けを求める仕草によって、心ならずも愛する男性を退けるフィナーレのパ・ド・ドゥへと導いた。
これだけ人物の性格、心の内をひとつひとつの指先の表情や視線によってこまやかに描きこんだダンサーを前にしたアントワーペン歌劇場の観客は、幕が下りた瞬間に全員がさっと立ち上がって大きな歓声をあげた。
チリから駆けつけたマリシア・ハイデをはじめとするコーチ、フランドル国立バレエ団のダンサーたちに囲まれた斎藤亜紀とウィムの二人の満たされた微笑は今も忘れられない。
(2014年11月15日、アントワーペン歌劇場) 

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© Hanz Gerristsen(すべて)

『オネーギン』
振 付 ジョン・クランコ
音 楽 チャイコフスキー(クルト・ハインツ・シュトルツ編曲)
演 奏 ドミニック・グライヤー指揮 フランドル歌劇場管弦楽団
リハーサル指導 アグネータとヴィクター・ヴァルク
衣装・装置 トーマス・ミカ
照 明 ステーン・ビャルケ
配 役 
オネーギン ウィム・ファンレッセン
レンスキー ガボール・カピン
ラリーナ夫人 アナ・カロリナ・カレスマ
タチアナ 斎藤亜紀
オリガ ナンシー・オズバルデストン
乳母 カリン・ヘイニンク
 

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