ル・リッシュがパートナーのオスタとともに新しい第一歩を踏み出した夕べ

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

TrancenDances Nicolas Le Riche Carte Blanche ニコラ・ル・リッシュの夕べ

"A Suite of Dances" Jerome Robbins/"Une Après-Midi" Nicolas Le Riche /"Aires Migratoires" Hervé Diasnas/" Odyssée " Nicolas Le Riche
『ダンス組曲』ジェローム・ロビンズ:振付、『ある午後』(世界初演)ニコラ・ル・リッシュ:振付、『渡り鳥の羽』エルベ・ディアスナス:振付、『オデッセイ』ニコラ・ル・リッシュ;振付

 11月4日に今シーズンからパリのシャンゼリゼ歌劇場ではじまったトランサンダンスの二回目の公演となった「ニコラ・ル・リッシュの夕べ」を見た。7月9日にガルニエ宮でのさよなら公演から4ヶ月が経過した。
ニコラ・ル・リッシュが自ら演目とパートナーを選んだプログラムだ。彼が好きでその周囲に集まったダンサーのグループによるスペクタクルを見ようと、パリのダンスファンが詰め掛けた。
公演開始前に舞台左袖にマイクを手にした臙脂(えんじ)のセーターのニコラ・ル・リッシュが登場した。最終リハーサルで『クリティカル・マス』に出演予定のルーセル・マリファントが膝に怪我をして踊れなくなった、と観客に告げた。マリファントは親しい友人で、この振付作品をいっしょに舞台で踊りたいという念願は今回は叶わなかった。

プログラムの最初に演じられた『A Suite of Dances(ダンス組曲)』はニコラ・ル・リッシュが自分の再スタート地点と位置づけている作品だ。彼が長い間踊り続け、「巨匠」と仰ぎ見ているジェローム・ロビンズを顧みようとする試みだ。
チェロ奏者マルティーヌ・バイイが弾くバッハの『チェロ組曲』に乗って、ゆっくりとニコラ・ル・リッシュが動き始めた。三曲目の終わりには最後にチェロから立ち上っていく音符を手でとらえようとするかのように、腕が高く宙に伸ばされた。

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「A Suite of Dances」© Emmanuel Donny

ソロ楽器とダンサー、音楽と肉体が絶え間なく対話し続けていく。均衡を意図的にくずした動きも自然そのものに見えてくるのは、一瞬一瞬にダンスへの思いを込めたニコラ・ル・リッシュの圧倒的な存在感があってのことだろう。「ジーグ」では晴れやかな笑いが全身から舞台に広がってきた。 

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「ある午後」クレールマリー・オスタ
© Emmanuel Donny

二作目はニコラ・ル・リッシュが振付けたばかりのソロの新作『Une Après-Midi(ある午後)』だった。最後、白いショールで全身を包んだクレールマリー・オスタが対角線に沿って進み、舞台右奥に消えるところなど、視覚的にきれいな映像が印象的な作品だ。音楽はドビッシーの『牧神の午後への前奏曲』だが、牧神は登場しない。『ある午後』を振付家が観察し、周囲を見回して何が起こっているかを表現している。現実とも夢ともつかない幻想的で不可思議な雰囲気が、オスタの小柄な身体から周囲に放射されていった。

三番目に演じられたのはニコラ・ル・リッシュが高く評価しているエルヴェ・ディアスナスの『Aires Migratoires(渡り鳥の羽)』だった。バレエとコンテンポラリー・ダンスの境界を取り払うための試みだ。
『Aires Migratoires(渡り鳥の羽)』は狂言回し役の男性が操る楽器と電子音楽に導かれて、男性二人、女性五人の計七人のダンサーたちが舞台上を移動し、足を踏み鳴らす。鳥の飛翔を身体で表現しようとしたという。この舞台から「空に鳥が群れ、海には魚が群れている」ようには見えなかったのは、筆者の想像力に問題があったのかもしれない。
この夕べの最後を飾ったのは昨年ニコラ・ル・リッシュとクレールマリー・オスタが世界初演を行った『Odyssée(オデッセイ)』だった。彼がオスタといっしょに、また彼女のために作った作品では、カップルの人生の行程が離れたり、一体となったりする個々の動きを通じて描かれていった。
オペラ座を退団して、「自分の時間を持つことでダンスとは何かを問い直したい」と語っていたニコラ・ル・リッシュが、パートナーのクレールマリー・オスタとともに新しい第一歩を踏み出した夕べだった。
(2014年11月4日 シャンゼリゼ歌劇場)

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「オデッセイ」© Anne Deniau(3枚すべて)

"A Suite of Dances" (ダンス組曲)
振 付:ジェローム・ロビンズ
ダンサー:ニコラ・ル・リッシュ
チェロ演奏:マルティーヌ・バイイ
"Une Apres-Midi"(ある午後)世界初演
振 付:ニコラ・ル・リッシュ
ダンサー:クレール・マリー・オスタ
"Aires Migratoires"(渡り鳥の羽)
振 付:エルベ・ディアスナス
ダンサー:アンサンブル・コレグラフィック・コンタンポラン・ダンヴォルの7名
"Odyssée" (オデッセイ)
振 付:ニコラ・ル・リッシュ
ダンサー:クレールマリー・オスタ、ニコラ・ル・リッシュ
 

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