ルナヴァンの涙、デュポン&ル・リッシュのエトワール最後の共演が感動的ドラマを描いた

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Agnes De Mille "Fall River Legend" Birgit Cullberg "Mademoiselle Julie"
『フォール・リヴァー伝説』アグネス・デ・ミル:振付、『令嬢ジュリー』ビルギット・クルベリー:振付

イザベル・シアラヴォラのさよなら公演の余韻がまだ残っているガルニエ宮で、3月は若い女性の心理に焦点を当てた20世紀のバレエ作品二つが上演された。
前半はマンハッタン生まれのアグネス・デ・ミル(1905〜1993)振付の『フォール・リヴァー伝説』(1948年振付)だった。アグネス・デ・ミルは『十戒』などの映画監督として知られるセシル・B・デ・ミルの弟で自身も映画界で活躍した父と共に9歳からハリウッドで少女時代を過ごした。チャップリンの膝に抱き上げられたこともあるという。

アグネス・デ・ミルは1892年に、マサチューセッツ州のフォール・リヴァー村で実際に起こった殺人をもとに作品を構成した。リジー・ボーデンというごく普通の娘が、実の父親と継母とを斧で撃ち殺した衝撃的な事件である。
アグネス・デ・ミルは映画のフラッシュバックの手法を用いて、まずプロローグで被告の娘が絞首刑を宣告される場面から始め、その後の8つの場面で幸せな幼女時代を送った女性が、刑台の下に立つまでを身体で「語る」ことを試みている。
被告は昨年末にエトワールに昇進したばかりのアリス・ルナヴァンが踊った。

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© Opera national de Paris/ Anne Deniau

ルナヴァンは1996年にこの作品がオペラ座のレパートリーに入った時、オペラ座ダンス学校の生徒だったがこの作品に文字通り魅了され、6回続けてガルニエ宮に通い、エリザベート・モーランとマリー=クロード・ピエトラガラの舞台を見たという。

デ・ミル振付はなめらかなではなく、強張ったようなぎこちない動きによって日常のありきたりの動作に真実味を持たせるという手法を用いている。大人になった娘がレオノーラ・ボーラックが踊った幼女時代の自分の姿を回想する第1場では、この二人の表情よって過去の幸せと現在の不幸とが対照的に描き出されていた。
ヒロインは50分の上演中、最初から最後まで舞台に立つ。クラシック・バレエのようなきれいな型はどこにもない中で、抑えた動きを積み重ねることで、継母に象徴される閉鎖的な社会によって自然な愛情と性の芽生えを抑圧され、次第に追い込まれていく女性の内面が明瞭に浮かび上がっていった。その感情が最もはっきりと形に表れたのは目の表情だったろう。好意を寄せた牧師に継母から陰口を叩かれ、それまで瞳に微かに宿っていた希望の光がさっと消え、やり場のない怒りが広がっていくところなど、あたかも映画の一シーンを見ているかのようだった。カーテン・コールで拍手に応えるルナヴァンの目から大粒の涙が零れ落ちた。ダンサーが人物の内面に自分をぴったりと寄り添わせていた証左だろう。

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© Opera national de Paris/ Anne Deniau

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© Opera national de Paris/ Anne Deniau

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© Opera national de Paris/ Anne Deniau

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© Opera national de Paris/ Anne Deniau

後半の『令嬢ジュリー』は、マッツ・エクの母親であるビルギット・クルベリー(1908・1999)が1950年に振付けた。『フォール・リヴァー伝説』と同様、第二次大戦後の作品である。
貴族令嬢ジュリーは下男ジャンに惹かれ、聖ヨハネ祝祭の夜に淪落する。日本でもしばしば上演されたスエーデンの作家ストリンドベリ(1849・1912)の劇作はあまりにも有名だが、クルベリーは結末を大きく変えた。ヒロインは「確かな足取りで城館を去っていく」のではなく、ナイフで自刃する。
3月3日は、当初オペラ座のサイトではエレオノーラ・アバニャートがジュリーを踊ることになっていたが(相手のジャンはステファーヌ・ブリヨン)、劇場に入って渡された配役表ではオーレリー・デュポンに代わっていた。

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© Opéra national de Paris/ Anne Deniau

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鞭を手に黒のジレを着で城館の一室の入り口に姿を現したデュポンからは、誇り高い貴族令嬢らしい雰囲気がさっと漂った。他の人物と違い、彼女一人だけがポワントで演技することで、貴族と使用人との身分差が視覚的に印象つけられていた。この同じ女性が下男に身を委ねた後になって、自分が失ったものに気がついた時のデュポンの絶望のまなざしは、髪の乱れとともに一つの絵になっていて実に強烈な印象を残した。
この心理ドラマが緊迫感あふれるものとなったのは、ニコラ・ル・リッシュの演技だった。ジャンが初役とはとても信じがたい。ヒロインを誘惑する場面で、手を服の下に入れて相手の肌に触れる動作のさりげなさには、手管に通じた「雄」の自信が満ち溢れていた。それが主人の伯爵が帰館したとわかった途端に、ほとんど地面に這い蹲るように身を低くした。狡猾な「雄」と主人には絶対服従の召使いという同じ人物の持つ二面性を、これほど明瞭に身体だけで表現できるダンサーはオペラ座でも彼一人だろう。

ジュリーがナイフで胸を突いて崩れ落ち、ジョンが走り去り、扉の向こうに海が広がるフィナーレまでの55分は、一瞬のうちに過ぎ去った。ニコラ・ル・リッシュとオーレリー・デュポンは十代のオペラ座学校時代にヌレエフ振付の『くるみ割り人形』のねずみ役で共演して以来、息の合った舞台をいくつも見せた。この『令嬢ジュリー』が最後の共演とはさびしい限りだが、充実した二作品のおかげで満たされた気持ちで会場を後にすることができた。
(2014年3月3日 ガルニエ宮)

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© Opéra national de Paris/ Anne Deniauz

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© Opéra national de Paris/ Anne Deniau

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© Opéra national de Paris/ Anne Deniau

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© Opéra national de Paris/ Anne Deniau

Fall River Legend『フォール・リヴァー伝説』
(プロローグと8つの場面からなるバレエ)

音楽 モートン・グールド
振付 アグネス・デ・ミル(1948年)(1996年10月24日パリ・オペラ座レパートリー) 
本公演振付指導 ポール・サザランド
装置 オリヴァー・スミス
衣装 マイルズ・ホワイト
照明 パスカル・メラ
配役
被告 アリス・ルナヴァン
牧師 ヴァンサン・シャイエ
被告の母 ローランス・ラフォン
被告の継母 ステファニー・ロンベルク
被告の父 クリストフ・デュケンヌ
子供の時の被告 レオノール・バーラック
審判団のスポークスマン セバスチャン・ベルトー

Mademoiselle Julie『令嬢ジュリー』
(レパートリー入り、オーグスト・ストリンドベルク原作の1幕自然派悲劇による4場からなるバレエ)

音楽 トゥレ・ラングストルム
編曲とオーケストレーション ハンス・グロスマン
振付 ビルギット・クルベリー(1950年)
本公演振付指導 アンナ・ラグーナ
衣装・装置 スヴェンX エリクソン
照明 エリック・ベルグルント
配役
令嬢ジュリー オーレリー・デュポン
ジャン ニコラ・ル・リッシュ
クリスティン アメリー・ラムルー
ジュリーの父 ミカエル・ドゥナール(客演)
ジュリーの許婚者 アレッシオ・カルボーネ
クララ(森番の娘) シャルロット・ランソン
アンデルス オーレリアン・ウエット
酔っ払い タケル・コスト

コーン・ケッセルズ指揮 コロンヌ管弦楽団
 

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