オペラ座ダンサー・インタビュー:バンジャマン・ペッシュ

ワールドレポート/パリ

大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
text by Mariko OMURA

Benjamin Pech  バンジャマン・ペッシュ(エトワール)

昨年12月はオペラ座でアンジェラン・プレルジョカージュの『ル・パルク』、そして2月はアニエス・デ・ミルの『フォールリバー伝説』で牧師役と、初役が続くバンジャマン・ペッシュ。7月末には、第4回目のエトワール・ガラで来日する。

待望のエトワール・ガラ。いよいよチケット販売が2月8日から開始される。今回は東京だけでなく、その前後に名古屋、大阪での公演も決定ということで、より多くのバレエファンを楽しませてくれるだろう。毎回斬新で意欲的なプログラムだが、今回は充実度がさらにアップ。参加メンバーもこれまで以上にゴージャス。同じメンバーが踊るとはいえ組み合わせは変わるし、内容もまったく異なるのでA プロ、Bプロともに見逃せない。エトワール・ガラでダンサーとして踊り、同時に座長役も務める彼はアーティスティック・ディレクションの面白さに目覚め、これを将来の仕事と決めている。『ル・パルク』降板直後でいささか失意の時期にも関わらず、エトワール・ガラを含め、未来に向けた熱い思いを語ってくれた。

Q :12月の『ル・パルク』は初役でしたが、プレルジョカージュ作品を踊るのも、これが初めてでしたか。

A :いや、過去に『トレデュニオン』を踊っています。『ル・パルク』は以前から踊りたいと思っていたバレエで、今回ブリジット・ルフェーヴルから「踊りたいかどうかわからないけど」と提案されて・・もちろん! と返事をしましたよ。これはプレルジョカージュが初めてオペラ座のために創作したもので、初演されたのが1994年。イサベル・ゲランとローラン・イレールの舞台を見た時に、『クレーヴの奥方』のように愛を拒む女性というのが素晴らしい、これは踊りたいバレエだ! と思いましたが、それは誰にも言いませんでした。その後、再演されたとき僕は配役されず、また、僕も他の作品があったりして・・。きっと、これを踊りたいと心底思った時に、踊れるのだろう、って思っていました。願望があり、その機会がある、というのが理想的ですからね。そして、それが今回の『ル・パルク』というわけです。

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「ル・パルク」photo Agathe Poupeney

Q:1度舞台で踊った後に降板となったのは残念です。

A :あいにくと公演前に怪我をしてしまって。でも、これは僕にとっては今シーズン初の初役でもあるし、ぜひとも踊りたい、とにかく舞台に立つことに執着しました。決意の固い女性に心を奪われてしまったリベルタンの役は、実に語ることの多い役です。 最初の出会いでは女性が愛を拒み、次に少しずつ彼に近づくものの抵抗を続け、最後は解放、という3つの大切な段階が3つのパ・ド・ドゥとなっています。衣裳も美しいし、音楽も素晴らしい 。モーツァルトのこの音楽には、踊らされてしまいます。

Q:怪我を抱え踊るのは、たいへんでしたね。

A:身体的に100パーセントの状態ではないのですから、難しいのは確かなことです。でも、それゆえに感情面を可能な限り深く掘り下げてことにしたんです。それは1つには痛みを忘れるためであり、もう1つは舞台をよりエンジョイするためです。

Q:レティシア・ピュジョルがパートナーでしたね。

A:彼女とこれを踊るということも、『ル・パルク』では僕には重要な要素でした。彼女は僕と同じ世代のダンサーで、過去に二人でいろいろと踊っています。ブリジットから提案があったときに、パートナーについても話をしました。 レティシアにとっても、僕にとっても、そしてブリジットにとっても、僕とレティシアが一緒に踊るのは明らかなことで、またプレルジョカージュも僕たち二人の組み合わせを希望しました。組み合わせには、彼はとても気を使っています。なぜって、二人のダンサーの間の関係がものをいう作品。強いアルケミーが二人の間に必要ですからね。レティシアと僕は、互いのキャリアで大切な部分を共に踊っています。例えば『ロメオとジュリエット』。思春期の二人の情熱的な物語ですね。それから『ル・ルー(狼)』でも、とても強い時間を共に過ごしました。そしてこの『ル・パルク』。いろいろ二人で踊った中で、この3つが強烈な作品です。アーティストとして二人は一緒に前進していると言えますね。

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「ル・パルク」photo Agathe Poupeney

Q :『ル・パルク』に、なぜそれほど惹かれるのですか。

A: この役は誘惑者ですが、そのマスクの裏にひどく脆い面を隠しています。でも、彼はその脆い面に自分ではアクセスできないんです。「私はクルティザンヌ(高級娼婦)じゃないので、このような誘惑には負けません!」というこの女性の視線を通じて、この女性の頑固さによって、彼はこれまでとは違った道へと導かれてゆきます。

彼にとって未知のエモーションのあるところへと。最後の解放のパ・ド・ドゥの前に、女性はボリュームたっぷりの赤いドレスで登場しますね。多くのダンサーはその時に女性へと目を移しますが、僕は見ません。それって、周囲を驚かしたようです。なぜ女性を見ないのか‥‥それは怖いからです。彼女が何を見せるのか、が怖い 。女性は誘惑者の知らない感情、誘惑者を恐ろしがらせる感情を見せるのです。解放という。彼が彼女の手中に落ちる、この瞬間、僕、とても好きです。

Q: 2月にはオペラ座で『オネーギン』があります。以前オネーギン役を踊ることを望んでいたと記憶していますが、今回は踊らないのですか。

A: オネーギン役は僕にとって重要な役の1つです。この役はクレールマリ・オスタと踊りました。僕のキャリアにおいて、彼女も大切なパートナーの一人です。今回タティアナ役に配されているダンサーの中に、僕にとって確かなパートナーが見つけられなくって、それでまたブリジット・ルフェーヴルと話をすることにしたんです。彼女から「何をしたいの?『フォールリヴァー伝説』には興味ある?」と。 これは『オネーギン』と同時の公演です。新しいことにチャレンジするのは、僕にはいつも興味深いことなので、『オネーギン』はクレールマリ・オスタと踊った素晴らしい思い出として残しておき、『フォールリバー伝説』を選ぶことにしました。もちろん、まだダンサー人生は続くので、オネーギン役はいつかはまた踊るかもしれませんよ。

Q :『フォールリヴァー伝説』では牧師役ですね。

A:僕は常に役柄を通じて多くのことを表現できることを大切にしています。それゆえに、ドラマティックというよりは、内に何かを大きく秘めているという役を踊ることが多いかもしれません。心を閉ざした人物を通じて、感情を表現することを舞台で楽しんでいるんです。 偶然だけど、今期の後半は司祭役ばかりなんですよ。『ノートルダム・ド・パリ』のフロロを踊ることになってますからね。今シーズンは、貞節に終えます(笑)。 

Q:39歳の今、定年後のことを考えますか。

A:もちろん。すでに準備に入っていると言えます。エトワール・ガラがきっかけとなって、イタリアでガラのオーガナイズをし、この経験を通じて、先々何をしたいのかを知ることができました。ダンサーたちの役にたつこと、観客のためにダンスの公演をオーガナイズすることに、喜びを感じることができます。それで、将来はアートディレクションの方向へと定めています。

Q:でも定年と同時に、どこかのカンパニーのディレクターのポストが上手く空いているとは限りませんね。

A:そう、だから、もしも興味深いポストが提案されたら、定年前でも引き受けますよ。好機は逃せません。つまり新しい方向へと進む準備は、すでに出来ている、ということです。ダンサーとして踊りたい作品は、すべて踊っています。キャリアの点で後悔は何もありません。いや、1つ。ガラでは踊ってるけど、『カルメン』を全幕で踊ったことがないので、これだけがちょっと・・・。でも、これまでに同じ作品を複数回踊っていて、複数のコレオグラファーたちとも仕事をし、ダンサーとしてのキャリアに欠けてるものはないと思っています。

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「ル・パルク」photo Agathe Poupeney

だから今、興味深いディレクターのポストがあれば、行きます。ダンサーの仕事は難しい仕事です。自分自身に極度に集中してなければなりません。それは、別に自分にしか関心がないということではなく、舞台に出て行って踊るというのは、とても強烈なことで、集中力、身体管理、身体の準備、モティヴェーションの維持などが必要とされます。それが、ガラなどで他のダンサーの面倒をみるようになって、自分自身の面倒をみるのと同じ歓びが得られました。舞台で踊るときと同様に、自分が有益であると感じられたんです。 

Q:オペラ座のディレクターのポストに興味があると、以前言っていましたね。

A:そう、でもまだ早すぎます。まずは他で力をつけてから、と思っています。オペラ座は巨大な客船のようなものなので、まずは、どこかで小さな船の舵とりをを経験して‥‥。自分のカンパニーを持つことは予算も必要で簡単なことではないので、既存のカンパニーのディレクター職を狙っています。海外のカンパニーでもいいですよ。パリにはオペラ座しかないので、フランスでは地方となりますね。例えば、マルセイユ・バレエ団。ローラン・プティの歴史もあり、僕と彼との縁からしても、このバレエ団を率いることができたら悪くないので、このカンパニーは興味があります。

Q:エトワール・ガラは今年が4回目になりますね。

A: 初回は2005年の公演でしたが、その前の2004年から準備を始めたので、もうじき10年。回を重ねるごとに、エトワール・ガラのプログラムは意欲的になっています。 プログラムの中にはコンテンポラリーあり、ネオクラシックあり、クリエーションあり。今日のダンサーたちが観客に何を見せたいのか、というセルフプロデュース公演にはヒューマンタッチがあります。クラシック作品だけが日本の観客の心を揺すぶるものだという感じのところに、エトワール・ガラは別の色をもたらし、日本の観客が待ち望んでいたことに応えることができたと思っています。

Q:今回は何がプログラムの要ですか。

A:ローラン・プティとジェローム・ロビンズという、20世紀を代表する偉大なコレオグラファー2名へのオーマジュです。クラシック・ダンスのレパートリーの規模を広げたのが、この二人です。プティはその演劇性によって、ロビンスはその音楽性、正確さ、微妙さによって。エトワール・ガラの過去の成功のおかげで、こうしたレパートリーが踊れるアクセスが得られるようになりました。彼らの作品を日本で見せることができるのは、とてもうれしい。プログラムは毎回AとBの2つのプログラムがあって、過去に見せたものを繰り返すのはごく稀なので、毎回約20作品が必要となります。これって、なかなかたいへんなんですよ。

Q:昨年末に両プログラムが発表されました。『イン・ザ・ナイト』は一部ではなく、作品すべてが踊られるのですね。

A:ごくありきたりのパッチワーク的なガラから、少しづつ離れたものにしてゆきたいと僕たちは願っています。『イン・ザ・ナイト』だけでなく、『牧神の午後』も作品すべてを見せますよ。それに『マーラー交響曲第三番』からはパ・ド・ドウ、パ・ド・トロワといった大抜粋も。作品を部分ではなくトータルで見せるということは作品の流れ、進展を見せられるので、10分に満たないパ・ド・ドゥと違って、創作者の意図をより明解に伝えることが出来きるだろうと思っています。

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『椿姫』
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:今回プログラム作りで、何か諦めたことはありますか。

A:『イン・ザ・ナイト』が踊れるか。これが決まるまでがなかなかたいへんでした。4回目を迎え、エトワール・ガラは大切な時点にきています。これがなければガラはない、というくらいこの作品をプログラムに入れることに拘りがありました。なぜって、今回この作品を踊るのにパーフェクトなメンバーが揃ってるのですからね。3カップルはイザベルと僕、マチューとドロテ、エレオノーラとエルヴェという組み合わせです。

Q:これまでエトワール・ガラで希望通りに行かず、失望したことは何かありますか。

A:失望というのではないけれど、2008年の第二回目はとても難しいものでしたね。ジェレミーが怪我をして参加できなくなったと思ったら、それに続いてレティシア、エルヴェも‥‥。プログラム内容を見直し、代わりのダンサーをみつけ‥‥と、とにかく即行動が必要となって、最も厳しい状況に陥った回でした。でも、解決は必ずある、その解決法をみつけなければ、と 。

Q:その結果、マニュエル・ルグリの特別出演となったわけですね。

A:このガラのメンバーの誰もがキャリアのどこかで、ルグリの世話になっています。それで、彼がスペシャル・ゲストとして参加することは意味がある、と彼に提案してみたんです。彼をこの回で得ることができ、実に誇らしく感じました。

Q:今回のプログラムも、見所満載でバラエティ豊かですね。

A: マチアス・エイマンとエフゲニャ・オブラスツォーワの『ラ・シルフィード』をみたときに、この二人の組み合わせは強力ですごい! と思いました。彼らが踊る『海賊』は、素晴らしいものが期待できるでしょう。マチュー・ガニオはプティの『シェリ』を、今シーズンで引退するイザベル・シャラヴォラをパートナーに踊ります。僕は『スターバト・マテール』をエレオノーラ・アバニャートと。彼女は美しく詩情豊かなダンサーです。世界中で一緒に踊り、強い友情で結ばれた二人の、息のあったところをこの作品で見せられることでしょう。彼女はエルヴェ・モローとは、ロビンスの『牧神の午後』を踊ります。オペラ座で二人がこれを踊ったとき、その素晴らしさにはうっとりさせられました。ハンブルグ・バレエ団から参加のシルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコは、ノイマイヤー作品の最高のアンバサダー。今回、二人は常に一緒に踊ります。このガラが舞台復帰となるドロテ・ジルベールは、ミルピエの『アモヴェオ』のパ・ド・ドゥを。パートナーは初参加のオードリック・ブザールで、二人はベン・スティーブンソンの『3つの前奏曲』も一緒に踊るんですよ。オードリックは彫刻的美しさ、アリュールの持ち主。プルミエ・ダンスールですが、ガラに参加するダンサーは個性や特性の持ち主であることが必要で、肩書きではありません。

Q:オペラ座では10月にバンジャマン・ミルピエが芸術監督に就任します。どのような変化を期待していますか。

A:それは難しい質問ですね。というのも、彼の就任以降、僕のキャリアの残りは2年しかないので、他のダンサーに比べて僕と彼との関係は特殊だと思います。 僕自身ではなくカンパニーについて、彼に多いに期待をしていることがあります。それはヌレエフ作品をレパートリーに守り続けること。古典大作の舞台は大掛かりでたいへんですが、これこそがオペラ座の一種の健康証明書だと僕は思っています。ヌレエフ作品があるから、オペラ座は健康を保てているのだと。『白鳥の湖』『眠れる森の美女』など他のヴァージョンもありますが、ヌレエフ版ほど男性ダンサーもコール・ド・バレエも踊りません。オペラ座のコール・ド・バレエの力というのは信じられなく強いもの。ほとんどのダンサーがバレエ学校の出身で、この芸術的構築がカンパニーの強みです。これはヌレエフ作品によって、維持されてることだと思うので、ミルピエにはぜひヌレエフ作品をレパートリーに残して欲しい、と。同時にレパートリーの間口をより広げて欲しい。すでに20年前にブリジット・ルフェーヴルが始めたことですが、彼のパーソナルな選択と大胆さで更に、と期待しています。カンパニーが守り続ける遺産とモダーニティに橋をかける、ということが大切だと思います。例えば僕がどこかのカンパニーに行ったとして、突然ゼロからスタートするということは、しませんよね。歴史を鑑み、その歴史の中でカンパニーを健全な状態で保ってゆくのは何なのだろうと考えるでしょう。彼の知名度のおかげで、世界のあちこちにツアーを続けられることも多いに期待しています。

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