フォンダシオン・ルイ・ヴィトンの「近代美術のアイコン シキューキン・コレクション」展の<バレエ・リュス、絶え間無き革命>公演を見る

ワールドレポート/パリ

大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
text by Mariko OMURA

「近代美術のアイコン シキューキン・コレクション」展

「バレエ・リュス、絶え間なき革命」

パリのブローニュの森の中にたつフォンダシオン・ルイ・ヴィトンでは、10月22日から「近代美術のアイコン シキューキン・コレクション」展が2月22日まで開催中だ。これは「2016-2017仏露文化ツーリズムの年」に開催されるイヴェントの中でも重要度の高い展覧会。20世紀初頭にフランス近代美術の傑作の価値を見抜いたロシアのコレクター、セルゲイ・シチューキンへのオマージュである。

フォンダシオンでは地下のオーディトリアムで、ダンスと音楽のさまざまなイヴェントを開催している。今季のプログラムは、20世紀初頭のフランスとロシアの芸術交流を振り返り、そして、それが現代の創作活動に与える影響を解き明かすというのが趣旨。10月29・30日、「バレエ・リュス、絶え間なき革命」と題されたシーズン開幕公演が開催された。学童休暇中のパリなので地方や海外へと出かけて大勢のパリジャンが不在のはずのパリなのだが、両夜とも満席。5分間のブレークをはさんだ1時間10分のプログラムを紹介しよう。

導入はコメディ・フランセーズの俳優が読みあげるセルジュ・リファールとジャン・コクトーのテキスト。舞台上のスクリーンには、その間、バレエ・リュスの『シェへラザード』『牧神の午後』など主にレオン・バクストによる様々な舞台背景のスライドが映写された。続いて、バレエ・リュスの1909年のパリデビュー以降のさまざまな作品をつなげたモノクロ映像のプロジェクションである。クオリティの悪い古いフィルムで構成されているので、時にコマがとぎれたりもするのだが、スクリーン上で踊られるダンス、衣装デザインのモダーニティがクリチャン・コントの巧みなモンタージュにより、まるでコンテンポラリー・アート作品をみているかのような錯覚を与えるおもしろい仕上がりとなっていた。

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

次いでステージ上のピアノに奏者が座り、リル・バックの登場である。出身地アメリカのメンフィスを発祥の地とするジューキングを、ストリート・ダンスからモダーンダンスに高めた人物である。このイヴェントでの彼の1つめの演目は、フォンダシオン・ルイ・ヴィトンからの依頼で創作された『ペトルューシュカ』。スニーカーの靴底の厚みと強度を活用したポワントやドゥミ・ポワントで、彼は浮遊し、地を滑るように動き、飛翔して、形のない "水のように" 動く。不思議なことに、その軽いフットワークから、道化者ペトルューシュカの悲哀が零れ落ちるようだった。まるで操り人形の糸が突然たるんだかのように膝の力が抜けたかと思えば、糸がきれて地に落ちた人形のようにくっちゃりとなり・・・自由自在に自分の体を操り、観客の視線を釘付けにした。

2009年、ロンドンのサドラー・ウエルズ劇場の依頼でシディ・ラルビ・シェルカウイは『半獣神の午後』をジェームズ・オハラとデイジー・フィリップスに創作した。リル・バックの次は、その再演である。
独特の横向きのポーズで知られるバレエ・リュスで踊られたニジンスキーの『牧神の午後』は、インスピレーション源が古代エジプトの絵画、あるいは古代ギリシャの壺に描かれたデッサンで、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」に振付けられた。シェルカウイもステファン・マラルメの詩『半獣神の午後』にインスピレーションを得ての創作したというが、ニジンスキーの作品と違い、ここではニンフとの関係が作品の最後まで続く。
作品は長髪でヒゲを生やし、ショーツだけが衣装のジェームズ・オハラのソロでスタート。午睡する半獣神の、下半身に重心をおいた悶えるようなダンスだ。ニンフのデイジー・フィリップスが登場すると、水浴びをするシーンを連想させるような水紋が照明によって床に描かれ、ドビュッシーの牧歌的な音楽とハーモニーをなす。水浴びをするニンフのソロは自由で大胆だ。その後に半獣神とニンフのデュオ。脚を絡ませ、腰をひねり、床をはい周り、回転するといった低い動きが野生的かつ官能的に展開される途中に、シェルカウイはドビュッシーの曲にお経のように抑揚のないニティン・ソウネーによる現代音楽を混在させている。

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

休憩の後は、リル・バックの『瀕死の白鳥』。今から5年くらい前にヨーヨー・マが奏でるチェロにあわせて踊るリル・バックをスパイク・ジョーンズが映像に納め、一躍リルを有名にした作品である。チュチュではなく日常着で、トゥシューズではなくスニーカーで踊られるのだが、リルの肩から腕が抜けたような動きが表現する白鳥の羽は詩情あふれるもの。短い作品ながら、スタンディングオベーションで大きな拍手を得ていた。

プログラムの最後は、シェルカウイがシュツットガルト・バレエ団の依頼で創った『火の鳥』だった。彼は探検家のようにさまざまなトライアルをするストラヴィンスキーの作曲にインスピレーションを得ての創作。その一部であるパ・ド・ドゥをオペラ座のマリー=アニエス・ジロとシュツットガルト・バレエ団のフリーデマン・フォーゲルが踊った。これは鳥たちが交わす愛の儀式にヒントを得ているそうで、二人は身体を触れ合い、こすりあい、ときに身体が溶け込むように・・と、ほとんど離れることなく、しなやかで流れるようなパ・ド・ドゥを展開した。何回もポルテがあり、そのたびに上に持ち上げられたマリー=アニエスはまるで鳥が羽を広げるように美しく長い両腕を広げる姿が印象的だった。

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

© Fondation Louis Vuitton / Marc Domage

伝統と革新。これはルイ・ヴィトンの創業当時からのモットーである。このダンスのイヴェントにおいても、その精神は見事に貫かれているようで、この後に続くイヴェントへの期待が高まる。
フォンダシオン・ルイ・ヴィトンのアトリウムで、『近代美術のアイコン シチューキン・コレクション』に付随して開催されるダンスのイヴェントについて以下に紹介しておこう(詳細はhttp://www.fondationlouisvuitton.fr/ja.htmlにて)。

「ダンス実演付きレクチャー」
バレエ・リュッスのレパートリーの傑作の一つである『牧神 の午後』をニコラ・ル・リッシュが自由に解釈(フォンダシ オン ルイ・ヴィトン委嘱作品)。
牧神と私:コメディ・フランセーズ座エリック・ジェノヴェーズ、エトワール・ダンサーのクレール=マリー・オスタ、および音楽家一名。
2016年11月26日(土) 15時 、2017年1月8日(日) 15時 、1月14日(土) 15時

「ダニエル・リネハン振付の『春の祭典 』」
アメリカ出身の振付家リネハンが独自の解釈を加えた『春の祭典』を、コンテンポラリー・ダンス専門 学校 P.A.R.T.S. 出身の若いダンサー約20名が踊る。ダニエル・リネハンは、イゴール・スト ラヴィンスキーの傑作を2台のピアノ用編曲で生演奏する手法を選び、踊りと音楽の双方を堪能 する体験を観客に提供する。舞台を挟んで両側に観客席を配置したユニークな50分の公演。
2016年12月2日、3日- 20時30分

「クリエーション:フランソワ・シェニョーに委嘱した新作 」
ダンサー、振付師、研究者の三つの顔を持つフランソワ・シェニョー。フランソワ・マルコフスキー のフリーダンス、イザドラ・ダンカン、『春の祭典』について研究を重ねている。最近では、セシ リア・ベンゴレアと組んで、ヴッパータール舞踊団やリヨン・オペラ座バレエ団で振付を担当。フォンダシオン ルイ・ヴィトンから白紙依頼をされ、 ダンスの歴 史を新たな視点から簡潔に語る作品を創作する。
2017年2月16日、17日

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