ダンサーの視線や表情を消して、身体の動きとフォームだけで構成したJ.ペックの最新作

ワールドレポート/パリ

三光 洋
text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

『Entre chien et loup』Justin PECK 『黄昏時 』ジャスティン・ペック:振付(世界初演)
『Brahms-Schönberg Quartet』 George BALANCHINE 『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』ジョージ・バランシン:振付

夏休み前にパリ・オペラ座バレエ団は、ガルニエ宮でフォーサイスを上演するのと並行して、バスチーユ・オペラではジャスティン・ペックの世界初演作とバランシンのレパートリー入りする作品によるダブルビルを公演した。
ペックはカリフォルニアで1987年に生まれた。ニューヨーク・シティ・バレエでダンサーとして活躍するとともに、振付家として精力的に作品を発表している。パリ・オペラ座ではすでに今年7月にフィリップ・グラスの音楽を使った『イン・クリーシズ』が取り上げられている。

『黄昏時』(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

新作の『黄昏時』は男性6人、女性5人の合計11人のダンサーが登場するが、いずれも最初は色とりどりの同じ形をした丸い面をかぶっている。濃い緑と明るい緑、ローズと赤、といった色の違いだけしかない。「お互いに相手が見えない二人のダンサーの間で何が起こるのかに興味があった」と振付家のペックは語っているが、舞台上のダンサー同士の間で相手がわからないだけでなく、観客からもダンサーが誰だかわからない。フランス語の題名は「犬と狼の区別がつかない」ような薄明りの黄昏の時間を指すが、面によって相手がわからない状態を示すしゃれた表現だ。観客はダンサーの顔や表情ではなく、その身体の動きだけを集中して見ることになる。やがてダンサーが面を外していき、素顔の状態となっての踊りが続いていく。

しかしペックの振付は、視線や表情という重要な要素が取り去られ身体のフォームと動きだけで構成された、という斬新さだけにはとどまっていなかった。アメリカ音楽の影響を受けたプーランクの「二台のピアノとオーケストラのための協奏曲」を使うことで、アメリカ人である自分とパリのダンサーとの関係と重ね合わせようという意図もあったという。
ペックの関心は音楽と身体の動きとの関係にある。このことは、ニューヨーク・シティ・バレエのダンサーとしてバランシンとロビンズを踊りつづけることで、この二人の先人のアプローチを身体を通じて自分の内部に身に付けたことと結びついている。

『黄昏時』(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

どの場面を取っても音楽にぴったりと寄り添い、微妙な細部の動きに工夫が凝らされている。その中で一つ一つの所作に優美さが感じられ、面を付けているのにも関わらず、すぐにその人だとわかったのはローズの面を付けたオニール 八菜だった。匿名性を前面に出した作品でも自ずと他から抜きんでて際立っている。こうした彼女を初めとする若手ダンサーたちの動きを追っているうちに、25分はあっという間に過ぎ去っていた。

『黄昏時』マリオン・バルボー (C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』マリオン・バルボー
(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』オニール 八菜 (C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』オニール 八菜
(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』
(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

後半はペックに「もしバランシンがいなかったら、私は振付家になろうとは思わなかったろう」と言わしめた、バランシンの『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』だった。ブラームスの「ピアノと弦楽のための四重奏曲」をシェーンベルクがオーケストラ用に書き換えたもの。ゆったりとした音楽に乗って、カール・ラガーフェルドが考案した装置と黒と白のシックな衣装をまとったダンサーたちが優雅な舞いを見せてくれた。
第1楽章で第1キャストを踊ったマチュー・ガニオとドロテ・ジルベールが絶賛されたのを見逃したのは残念な限りだったが、7月8日の公演では第3楽章のアンダンテが最も印象に残った。高くしなやかなエイマンの跳躍と、ちょっとした腕や手先の所作にも独特の詩情の漂うミリアム・ウールド=ブラームの二人が醸し出す雰囲気はバランシン作品にふさわしい気品にあふれるものだった。
(2016年7月8日 バスチーユ・オペラ)

『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』マリオン・バルボー、ステファン・ブリヨン (C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』
マリオン・バルボー、ステファン・ブリヨン
(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『黄昏時』(世界初演)
音楽 フランシス・プーランク 「二台のピアノとオーケストラのための協奏曲」
振付 ジャスティン・ペック
装置 ジョン・バルデッサリ
衣装 マリー・カトランツゥー
照明 ウルス・シェーネバウム
ピアノ演奏 フランク・ブラレー、エマニュエル・ストロセール
ダンサー
オニール 八菜(ローズ)、マリオン・バルボー(薄紫)、マリーヌ・ガニオ(オレンジ)、レティシィア・ガローニ(濃緑)、ジェニファー・ヴィゾッキ(浅緑)、フロリモン・ロリユー(黄)、アリステール・マダン(藍)、ミカエル・ラフォン(紫)、アレクサンドル・ガス(コバルトブルー)、アントニオ・コンフォルティ(赤)、チュン・ウィン・ラム(灰)

『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』(レパートリー入り)

音楽 ブラームス「ピアノと弦楽のための四重奏曲 作品25」のシェーンベルクによるオーケストラ版(1937年)
振付 ジョージ・バランシン(1966年)
公演指導 マリア・カルガリ、バート・コック
衣装・装置 カール・ラガーフェルド
照明 マーク・スタンリー
パトリック・ランジュ指揮パリ国立オペラ座管弦楽団
ダンサー
第1楽章(アレグロ) ヴァランティーヌ・コラサント、ヤン・シャイユー、サブリナ・マレム他
第2楽章(インテルメッゾ) マリオン・バルボー、ステファーヌ・ブリヨン 他
第3楽章(アンダンテ) ミリアム・ウールド=ブラーム、マチアス・エイマン他
第4楽章(ロンド・アラ・チンガレーゼ) アリス・ルナヴァン、ジョシュア・オファルト 他

『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』ヴァランティーヌ・コラサント、ヤン・シャイユー (C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』
ヴァランティーヌ・コラサント、ヤン・シャイユー
(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』 マリオン・バルボー、ステファン・ブリヨン (C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』
マリオン・バルボー、ステファン・ブリヨン
(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』 ヴァランティーヌ・コラサント、ヤン・シャイユー (C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』
ヴァランティーヌ・コラサント、ヤン・シャイユー
(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』ミリアム・ウルド=ブラーム、マチアス・エイマン (C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』
ミリアム・ウルド=ブラーム、マチアス・エイマン
(C) Opéra national de Paris/ Francette Levieux

ページの先頭へ戻る