600リットルの水を張った舞台でスイミング・キャップを被って踊られた前代未聞の『白鳥の湖』、A.エクマン振付
- ワールドレポート
- パリ
掲載
Ballet national de Norvège ノルウェー国立バレエ団
"A Swan Lake " Alexander EKMAN
『白鳥の湖』(1幕新バージョン)アレクサンダー・エクマン:振付
2014年秋に始まったシャンゼリゼ歌劇場のトランサンダンス・シリーズの第1回公演(2014年9月22、23、24日)に招聘され、イリ・キリアン振付の『ベラ・フィギュラ』『神と犬』『詩篇交響曲』で高い評価を得たノルウェー国立バレエ団が再びパリに戻ってきた。
今回の演目はスウェーデンの若手振付家、アレクサンダー・エクマン(33歳)が同バレエ団のイングリット・ロレンツェンの委嘱を受けて、2014年にオスロ・オペラで世界初演された『白鳥の湖』だった。エクマンはオスロで上演した時は、1877年にボリショイ歌劇場で初演された原作をほぼ辿った第一部と、現代においてこの作品がどうなったか、を問う第二部からなる二部構成で発表した。パリ版は全一幕の新ヴァージョンである。
シャンゼリゼ歌劇場公演より (C) Jean-Philippe Raibaud
公演は舞台幕の前に置かれたスクリーンの映像で始まった。エクマン自身がどのようにして、このプロジェクトが生まれたかをユーモアも交えながら語り、水を実際に張った舞台でのリハーサルの模様も映し出された。それから、『白鳥の湖』がロシアで生まれてから、その後の歴史が黒白画像で辿られた。そして、この作品が現在、どんな意味を持っているか、という問いとしての「舞台」が始まった。
幕が開くと600リットルの水を張った水面が、暗めの照明に浮き上がった。コール・ド・バレエのダンサーたちは水泳帽を被り、綿の衣装をまとっている。バックに流れる音楽はチャイコフスキーではなく、すでにエクマンの8つの作品の音楽を担当しているミカエル・カールソンの曲だ。ダンサーたちは浅いプールを滑るように動いたり、そろって水のしぶきを上げる。薄暗がりの中で、水が光に輝いているイメージは見事なヴィジュアルとなっていた。
(C) Jean-Philippe Raibaud
やがて白鳥と黒鳥に扮した防水の衣装を着けたバレリーナ二人が登場し、黒鳥役が白鳥役の頬を思いっきり殴る。すると、白鳥は相手の頬をやさしく撫でる。そして聖書の文言のように、自らの頬を黒鳥に向かって差し出し、何度も殴られる。この場面はかなり長かった。
(C) Jean-Philippe Raibaud
続いて傍観者(プログラムでは「オブザーバー」)の男性(稲尾芳文)が現れ、女性にヘルメットとプロテクターを付けてもらう。天井から白い球があられの様に降ってきて、彼は逃げ惑う。稲尾芳文は存在感があり、狂言回しのように動き回り、他のダンサーたちと違い本来の意味で踊る。しかし、この人物が一体何をしているのかは最後まで分からなかった。男性としては舞台の中心となる人物だが、王子ではないようだ。 ここで、実に奇妙な宴が湖の上ではじまった。プラスチックの鳥が千羽も天井から降ってきたり、さまざまな風船や空気枕が飛び交ったりする。水上での蝋燭を灯したディナーがあるかと思うと、白鳥の形をしたボートがダンサーを乗せて湖を横切る。
(C) Jean-Philippe Raibaud
(C) Jean-Philippe Raibaud
次いで、ソプラノ歌手がしばらく歌うが、彼女がなぜかはわからないが突然ドライヤーを湖に落としてしまい、ショートする音とともに舞台と客席が真っ暗になった。歌手は蝋燭を手にして客席に向かって詫びるとともに、水の中にいたダンサーたちが死んでしまったのではないか、と不安がるが、やがて照明が元に戻ってみなほっと胸をなでおろした。
最後には437年後の世界となり、宇宙飛行士のような服装に白鳥の首を付けたロボットが登場する。
こうして80分のスペクタクルが終わると、若者の姿が目立った観客は大きな拍手をダンサーたちに贈った。過激な表現が話題となり、ネットや口コミで広がり、翌日以降の公演は、たちまち完売となった。筆者自身は、この舞台を実現するために厖大な時間とエネルギーを費やしたダンサーたちには脱帽したものの、「振付」の意図が最後まではっきりととらえられないもどかしさが残った。
なおエクマンはオーレリー・デュポン・パリ・オペラ座バレエ監督の招きで、今年12月にガルニエ宮で『Play』を発表する。マッツ・エクとイリ・キリアンに学んだ振付家の新作が、ますます興味が深い。
(2017年3月29日 シャンゼリゼ歌劇場)
(C) Jean-Philippe Raibaud
(C) Jean-Philippe Raibaud
『白鳥の湖』全1幕バレエ
振付・装置 アレクサンダー・エクマン(2014年オスロ、改訂版 2017年3月29日 パリ)
音楽 ミカエル・カールソン
衣装 ヘンリック・ヴィブスコフ
照明 トム・ヴィッセル
配役 カミラ・スピショ(白鳥) メリッサ・ヒュー(黒鳥) 稲尾芳文(オブザーバー) 他
歌手 リナ・ジョンソン
オスロの公演より Photo (C) Erik Berg
オスロの公演より Photo (C) Erik Berg
オスロの公演より Photo (C) Erik Berg
オスロの公演より Photo (C) Erik Berg
ワールドレポート/パリ
- [ライター]
- 三光 洋