ベンジャミン・エラは語る、ヌニェス、マグリ、金子、ムンタギロフ、ボール、ブレイスウェルなどが踊る新作について

ワールドレポート/その他

インタビュー=香月 圭

英国ロイヤル・バレエのソリストとして活躍中のベンジャミン・エラが、8月開催の「The Artists ‐バレエの輝き‐」で世界初演となる振付作品を発表する。この新作にかける思いや、近年スタートさせた創作活動について、大いに語ってもらった。

―― 8月の東京でのガラ公演「The Artists ‐バレエの輝き‐」で、ベンさんの新作はヴァイオリニストの山田薫さんとピアニストの松尾久美さんの生演奏に合わせてマリアネラ・ヌニェスやマヤラ・マグリ、金子扶生、ワディム・ムンタギロフ、マシュー・ボール、ウィリアム・ブレイスウェルといった英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルたちによって踊られますね。

Benjamin Ella _ Andrej Uspenski.jpg

© Andrej Uspenski

ベンジャミン・エラ(以下「ベン」):素晴らしいダンサーたちが勢ぞろいするので、これはすごい舞台になると思います。彼らと創作を始めた当初は、出演陣の豪華さに思わず感嘆のため息が出て、怖じ気づいてしまうほどでした。一方で、彼らとは長い間一緒に過ごしてきた仲間でもあります。ワディムとはロイヤル・バレエスクール時代からの知り合いで、ルームメイト同士でした。マット(マシュー・ボール)やマヤラとは特に親しく、他の皆とも仲良しです。僕の作品に出てくれるのは冒険だと思いますが、これだけのスターダンサーたちが集結してくれました。
僕がいかなる振付を施しても、彼らは自在に動いて素晴らしく見えることでしょう。個々のダンサーやカップルが持つ雰囲気に合わせて音楽を選び、自身の経験を用いてオーダーメイドの振付を行いました。結果的に、それぞれのカップルやダンサーたちが元々持ち合わせている個性が引き出されたと思います。そして舞台では異なる個性を持つカップルが一堂に会することになります。一流のダンサーたちが僕の作品で勢ぞろいして創り上げる輝きをお見せすることができ、とても楽しみです。ゴージャスで美しい舞台になると思います。

―― シベリウスの音楽を使うそうですね。

ベン:両親とも元バレエダンサーで、オーストラリアでバレエスクールを経営し、そこで教えています。僕も稽古場などで、チャイコフスキーなどのクラシック音楽を聴いて育ちました。そして、コロナ期にチャイコフスキーやシベリウスなどをたくさん聞き、あらためてクラシック音楽の良さを再発見しました。シベリウスはチャイコフスキーより少し後の時代の作曲家ですが、自然や人間といった主題に強く惹かれた曲を残しています。ここ数年はシベリウスをたくさん聴き込んで、彼の音楽にはまっています。
シベリウスの曲に振付けたのはこれが二作目です。一作目はピアノ曲でしたが、今回はピアノとヴァイオリンの曲で、自然の美しさと人間の感情をも感じさせてくれます。作品を通して、男女の出会いの場面がさりげなく展開しますが、あまり説明的に陥らないように、抽象性とのバランスを考慮しています。人間の感情を綴った短編小説のような感じです。
僕の場合、音楽がまずあって、そこからシーンが浮かんでくるのです。音楽を聞くと、まるで感情を込めて僕に語りかけられているかのように聞こえるのです。様々な美しい音楽からロマンスを語る美しい踊りのシーンが見えてくると同時に、人間味あふれる、たわいのない場面も思い浮かびました。創作におけるこの過程はとても楽しかったです。
今回の作品の最初の音楽は「スカラムーシュ」という道化のキャラクターから想を得て、パントマイムのような人間味に満ちた動きが中心となりました。マリアネラとウィル(ウィリアム・ブレイスウェル)がクラシカルでゆったりとした美しいパ・ド・ドゥを踊り、シーンが展開していきます。そして別のカップルが現れ、踊りの流れに加わっていきます。

―― コンテンポラリーではなく、クラシカルな作品なのですね。

Benjamin Ella_(c)Andrej Uspenski_WhatsApp Image 2023-06-29 at 16.44.30.jpg

© Andrej Uspenski

ベン:ええ、とてもクラシックな雰囲気にしました。女性陣はチュチュではなく、ドレスを身に着け、男性陣は長袖のシャツを着る予定です。実は、クラシック作品に挑戦するのはニ度目です。クラシックとコンテンポラリーの中間に位置するような作品も作ったことがあります。コンテンポラリーの作品のときは、クラシック作品とは異なる思考回路で作りましたが、楽しかったです。今回は、クラシックの作風を探求する喜びを感じました。クラシック・バレエを堪能して、その良さを皆様に知っていただきたいと思います。

―― ノーザン・バレエでもこの新作のリハーサルが行われたそうですが、感触はいかがでしたか。

ベン:リーズ(ノーザン・バレエの本拠地のイングランド北部の街)に滞在してリハーサルを行いましたが、2週間があっという間で素晴らしい経験でした。ロンドンではマリアネラやウィル、ワディム、マット、マヤラといった英国ロイヤル・バレエの素晴らしいダンサーたちと振付をある程度進めていたので、とても良い作品になってきました。そのクオリティをノーザン・バレエのダンサー達に伝えようと努めました。リーズでは、残りの部分の振付の仕上げをしていました。ノーザン・バレエの団員たちの仕事に対する姿勢は申し分のないもので、これ以上ないくらい協力的で、最善を尽くそうと頑張っていました。頭の中にはまだいくつかアイデアがあり、これから振付を加えるなどの変更があるかもしれません。この作品は8月の東京での初演の後、ノーザン・バレエでも9月に上演され、その後ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスのリンバリー・シアターで10月末から上演されます。

―― 振付に興味を持たれたのはいつ頃ですか。

Benjamin Ella_(c)Andrej Uspenski_WhatsApp Image 2023-06-29 at 16.44.30 (4).jpg

英国ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』
© Andrej Uspenski

ベン:実は、コロナの感染が拡大するまで、振付には全く興味がありませんでした。この時期に人々の生活ががらりと変わり、僕自身の生活も変化しました。劇場で踊れないのであれば、やったことがある振付でも始めてみようと思ったわけです。そこで、友人と振付作品を作ってみました。こうして停滞期も前に進んでいくことができたのです。英国ロイヤル・バレエ団の「ドラフト・ワークス」にエントリーし、それ以来、試作品をほとんど全て完成させてきました。それから突然、作品作りが楽しくなって、すっかりはまっています。アイデアもまだまだ浮かんできているので、新作を作り続けたいと思います。
以前は、自分には振付の才能がないと思い込んでいましたが、良き友人のマットから助言を受けたのです。彼も振付をしており、作品づくりが上手いのですが「上手、下手にかかわらず、作品というものは自分で作るしかない。失敗するかもしれないが、そこから学ぶことがある。失敗を繰り返すかもしれないが、そこから改良して成長するのだ」と言ってくれたのです。そこで僕は「そうか、失敗など気にしなくていいのだ。何か作ってみよう。出来がそれほど良くないとしても気にすることはない」という気持ちになりました。ロイヤル・オペラ・ハウスでの「ドラフト・ワークス」では試してみたいアイデアに挑戦して発表することができる、めったにない機会でした。この企画ではプレッシャーもそれほど大きく感じることはありませんでした。
振付をするということは、自分の心を外にさらしているようなもので、ある意味、とても傷つきやすい状態だと思います。それでも、僕はまだ振付を続けていきたいと思います。まだ先は長く、学ぶべきことはたくさんあるという気がします。数年後には余裕をもって、振付をもっと楽しめるようになるのではと思います。

―― 国内外で活躍する振付家についてはどうご覧になっていますか。

ベン:振付を始めたばかりなので、自分が取り組んでいることに集中しています。どちらかというと僕よりは前の時代か、まだ現役でも有名な振付家の方に注目しています。ここ数年は、英国ロイヤル・バレエでこれほど素晴らしい振付家の方々の作品と関わることができるのは何と素晴らしいことなのだろう、とあらためて思います。僕たちが上演しているバレエを「どのように作ったのか」「彼らがある動きを振付けたときに、何を考えていたのだろう」「協力者たちと、どのように創作を進めていったのだろう」などと、単にダンサーの視点だけではなく振付家の視点でも観察し、研究しています。
「ドラフト・ワークス」の時期に、英国ロイヤル・バレエの才能のあるダンサーや振付家をたくさん発見しました。多分、あまりに忙しくて、それまで周りをしっかり見ていなかったのでしょう。
先ほども触れましたが、友人のマットからもインスピレーションを受けています。もちろん、彼は素晴らしいダンサーですが、振付も始めています。マヤラとのパ・ド・ドウをはじめ、作品をいくつか作っています。彼とは親友なので、振付についても腹を割って話せるのです。互いの作品について「これは気に入った。これは好みではなかった」などと率直に意見交換ができるのです。彼もシベリウスが大好きで、彼の作品にも用いています。彼の作風はもっと現代的だったり、ときにはネオ・クラシックだったりします。彼は、日々面白い動きを発見しています。彼とは、創作の過程についてもたくさん話してきました。
今回はタイラー・ペックに会うのを楽しみにしています。僕がリーズでのリハーサルを終えてロンドンに戻ってから、彼女が後でリーズに来たそうで、彼女にはまだお会いしたことがありません。日本でお会いしたときに、彼女の経験についてお話を伺いたいと思います。

―― 「The Artists ‐バレエの輝き‐」では、ロイヤルのいつもの同僚のほかに、アメリカン・バレエ・シアターとニューヨーク・シティ・バレエのダンサーたちのバレエ・クラスの教師役としても出演されます。このプログラムでの抱負をお聞かせください。

Benjamin Ella_(c)Andrej Uspenski_WhatsApp Image 2023-06-29 at 16.44.30 (2).jpg

英国ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』
© Andrej Uspenski

ベン:ダンサーたちにはパ・ド・ドウや僕の作品などを踊る仕事が後に控えていますが、バレエ・クラスでは彼らの良さを引き出しながらも疲れさせすぎないようにと考えています(笑)。作品を踊るのは本当に疲れることですから。一流のダンサーたちとのバレエ・クラスでは、ちょっとしたお楽しみの要素もあるといいなと思っています。クラスは彼らにとってウォームアップの過程ではあるのですが、ショーケースということなので、楽しんでいただける形でお見せしたいと思います。まるで本当のクラスを見学しているかのような雰囲気で、ダンサーたちが毎日しなければいけないルーティンをご覧いただけます。普段のクラスであっても、彼らがどれほど素晴らしく見えるかを実感していただけると思います。
イギリスとアメリカの一流カンパニーのダンサーたちが一つの場所に集結し、さらに舞台上でクラスをお見せするという機会は非常に珍しいことです。クラスのショーケースを楽しんでいただくために、元英国ロイヤル・バレエのダンサーだったカメラマンのアンドレ(・ウスペンスキー)もビデオカメラを手に参加されるそうですし、今回のクラスのピアノ伴奏を担当される蛭崎あゆみさんとも一緒に何かできないか、と思っています。

―― ご両親も、あなたがこの舞台で教師としてご活躍されることを誇りに思っていらっしゃることでしょう。

ベン:ええ、両親は僕の舞台を観に来てくれることになっています。彼らはオーストラリア以外でも教えているので、僕の公演にも都合をつけてくれているようです。僕のことを誇りに思ってくれていると思います。

―― 実際にバレエ・クラスを教えたことはありますか。

ベン:オーストラリアや日本、フィリピンで少し教えたことがありますが、今は現役のダンサーとしての仕事がメインです(英国ロイヤル・バレエ団の来日公演では『ロミオとジュリエット』のベンヴォーリオやマンドリン・ダンス、そして『ジュエルズ』「ダイヤモンド」[全編]にも出演した)。

―― 昨年9月にロンドンで開催された「ヌレエフ:伝説と遺産」のガラ公演でナターリヤ・オシポワやセザール・コラレス、崔由姫、マリアンナ・ツェンベンホイ、五十嵐大地と『ローレンシア』に出演されました。ヌレエフゆかりのこの演目を踊った感想を教えてください。

ベン:ヌレエフの時代の古典的な『ローレンシア』を踊るのはとても面白い経験でした。正直に言うと、(五十嵐)大地についていくだけで精一杯でした(笑)。彼は若くて、とても才能がある優れたダンサーです。一方、僕は32歳で、もうそれほど若くはありません。彼のような若くて素晴らしいダンサーを見ると、やる気が出ます。だからがんばって彼についていったというわけです。ヌレエフが踊ったこの作品を他のダンサーたちと一緒に踊れて、とても楽しかったです。

―― 日本で楽しみにしていることはなんですか。

ベン:日本は大好きで、これまで何度も来日しました。日本の人々や文化や歴史、テクノロジーに接するのを楽しみにしています。日本の食べ物はとても美味しく、僕の口に合います。ラーメンや焼肉を食べに行きたいです。フリータイムができたら、これまで訪れたことのないきれいな場所に行ってみたいですし、温泉にも行きたいです。訪日が待ち遠しいですね。

―― 最後に、あなたが作る舞台を楽しみにされているお客様へメッセージをお願いします。

ベン:一流のダンサーたちが日本に集結しますが、このような機会は滅多にありません。彼らによる素晴らしい踊りの数々をご覧いただけます。才能あふれるダンサーたちや、舞台で繰り広げられるパフォーマンスに圧倒されると思います。この公演は皆様にお楽しみいただけること間違いなしです。

The Artists -バレエの輝き-

会期:2023年8月11〜13日
会場:文京シビックホール 大ホール
公式サイト:https://www.theartists.jp/
出演:マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル、五十嵐大地(英国ロイヤルバレエ)/タイラー・ペック、ローマン・メヒア(ニューヨーク・シティ・バレエ)
/キャサリン・ハーリン、アラン・ベル、山田ことみ(アメリカン・バレエ・シアター)
演奏:蛭崎あゆみ、滑川真希、松尾久美(ピアノ)/山田薫(ヴァイオリン)

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る