初演から30年、マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』がスクリーンに甦る!

ワールドレポート/その他

香月 圭 text by Kei Kazuki

2004年に来日公演が行われ話題を呼んだマシュー・ボーン振付『くるみ割り人形』が3月10日から全国の映画館で公開される。映像は2022年1月に上演されたロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場の公演を収録したもので、初演から30周年を記念したアンソニー・ウォードによる新しいセットと衣装による新制作版。マシュー・ボーンはローレンス・オリヴィエ賞を7回受賞し、アメリカのトニー賞ではミュージカルの最優秀振付家賞と最優秀監督賞を受賞した唯一のイギリス人演出家。2016年には大英帝国勲章のナイトの称号を授与され、名実ともにイギリスで最も成功を収めた振付家・演出家となった。

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『くるみ割り人形』 ©Johan Persson

マシュー・ボーンの『くるみ割り人形』は、クララは孤児院で暮らしている。思春期の娘クララが初恋の人、くるみ割り人形を探してお菓子の国を冒険し愛の試練に耐えながら、ついに真実の愛を見出すまでの波乱に満ちた物語が描かれる。暗黒の孤児院からスケーターが集う雪の国、そしてカラフルでポップなお菓子の国へと展開する舞台美術の多彩な変化も見どころ。
クララの住む孤児院の経営者ドロス夫妻は、孤児たちを冷遇している。クリスマス・イブに理事たちによる孤児院の視察が行われ、理事たちからのプレゼントの中で最後に残ったくるみ割り人形をクララは手にする。皆が寝静まった夜、くるみ割り人形は人間と同じ大きさになって戸棚から飛び出した。クララは彼と仲間の孤児たちと一致団結して、ドロス博士夫妻とその子弟シュガーとフリッツに対して反旗をひるがえし、くるみ割り人形と共に孤児院を脱出する。二人がたどり着いたのは、スケートをする人で賑わう雪の国だった。ここに現れたプリンセス・シュガーはくるみ割り人形にひとめぼれし、彼と二人で消えてしまう。クララはその場に一人取り残され、第一幕が終わる。
第2幕では、クララはパジャマ姿でメガネの双子の天使に誘われ、カラフルなお菓子の国へ向かう。様々なゲストが華麗なディヴェルティスマンを披露して、次々と入場していくが、招待状を持たないクララは門番に遮られて入ることができない。何とか隙をついて中に入ると、プリンセス・シュガーとくるみ割り人形の結婚披露宴が行われていた。クララは彼を取り戻そうとプリンセス・シュガーとも対決するが相手にされず、くるみ割り人形と再会したのも束の間、どこかへ消えてしまう。気が付くとクララは孤児院の床で元の小さなサイズに戻ったくるみ割り人形を腕に抱いたまま夢を見ていたようだった。ベッドに戻ると人間になったくるみ割り人形がシーツに隠れていた。二人は孤児院の窓から再び抜け出して真の幸福へと向かうところで幕は閉じる。ヒロインのクララは自分よりも色気のある恋のライバル、プリンセス・シュガーにあっさり恋人を誘惑されてしまい、大人の世界の苦い現実を見せつけられる。派手な演出の底辺を流れるマシュー・ボーンのリアルで繊細な心理描写は、出演者たちの活気あふれるダンスや豊かな表情からもはっきりと伝わってきた。

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『くるみ割り人形』©Johan Persson

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『くるみ割り人形』 ©Johan Persson

ドロス夫妻の娘シュガーとくるみ割り人形を誘惑するお菓子の国のプリンセス・シュガーの二役を演じたアシュリー・ショーは次のように話している。
「ドロス家の生意気な娘、シュガーについては以前のキャストからもヒントを得ていますが、ロアルド・ダール原作でティム・バートンが映画化した「チャーリーとチョコレート工場」の登場人物ヴェル―カ・ソルトからもインスピレーションを受けました。第2幕に登場するプリンセス・シュガーは成熟して大人になり、女性としての魅力に目覚め、それを武器にしようとさえしています。
好きなシーンはプリンセス・シュガーのソロが終わり、その場に招かれていないクララが乗り込んで、くるみ割り人形とプリンス・ボンボンと4人で踊る場面です。私が演じるプリンセス・シュガーはとてもアグレッシブになり、演じていて実に楽しい場面です。そしてついに彼女とクララは互いににらみ合い、両者の間に火花が散るのがまた面白いです。このクライマックスに行きつくように一つ一つのシーンが積み上げられてきたものが、その瞬間にすべて放出されるのです」
第ニ幕のディヴェルティスマンについてボーンは「100年前に作られたクラシック・バレエのオーソドックスなヴァージョンでは、ロシア、中国、アラビアなど各国のダンスが披露される。しかしあまりにもステレオタイプ化しているので、その部分は新しい振付や演出のものに変えようという動きがバレエ界では高まっている」と語る。彼のヴァージョンでは、お菓子の国へ招かれた招待客たちはほぼ無国籍の出で立ちとなっている。「アラビアの踊り」の音楽ではホイップクリームの帽子を被り煙草をくゆらせながらニッカボッカー・グローリーが妖艶で柔軟性の高い踊りを展開する。続く「中国の踊り」はピンクのマシュマロ・ガールズが街を闊歩するダンスに、そして「トレパック(ロシアの踊り)」ではヘルメットを被ったゴブストッパー(丸いキャンディ)たちがマッチョでパワフルな踊りで場を盛り上げる。花のワルツに乗せてプリンセス・シュガーとくるみ割り人形の結婚式が執り行われるなか、背後の巨大なウェディングケーキのセットにプリンス・ボンボンとお菓子の国の招待客たちが乗っていっせいに腰をくねらせ舌をぺろぺろさせながら踊る様は、壮観かつユーモラスだ。
孤児たちを冷遇する孤児院経営者のドロス博士夫妻のモデルは、ボーンによると英国ヴィクトリア朝を代表する文豪チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」の冷酷な守銭奴の老人スクルージだという。また、スケートの雪の国のシーンはノルウェー出身で戦前のオリンピックで三連覇したフィギュアスケート界の女王で、後にハリウッド女優となったソニア・ヘニーをイメージしている。
純真なクララはコーデリア・ブレイスウェイト、くるみ割り人形は『赤い靴』でアントン役だったハリソン・ドウゼル。シュガーとプリンセス・シュガーの二役は『赤い靴』のヴィクトリア・ペイジを演じたアシュリー・ショー、その兄のフリッツとプリンス・ボンボンの二役はジュリアン・クラスターを演じたドミニク・ノース、ドロス博士とお菓子の国のキング・シャーベットをダニー・ルーベンス、ドロス夫人とお菓子の国のクイーン・キャンディをデイジー・メイ・ケンプ。孤児とキューピッドのメガネの双子はキーナン・フレッチャーとカトリナ・リンドン、そのほか日本人の伊藤梢子、釜萢来美は孤児とマシュマロ・ガールズの一員として出演している。

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『くるみ割り人形』ゴブストッパー ©Johan Persson

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『くるみ割り人形』 ©Johan Persson

マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』公開に合わせて二つのトークイベントが開催される。
<第一弾>公開直前トークイベント
森菜穂美(舞踊評論家)x 鎌田真梨(元ニュー・アドベンチャー所属)x 富永明子(編集者)
3月1日(水)20:00よりチャコットの公式インスタグラムにて配信
配信アカウント:chacott_jp(https://www.instagram.com/chacott_jp/
※視聴無料
<第二弾>公開記念トークイベント
柄本弾 x 桜沢エリカ トークショー
3月10日(金)19:00TOHOシネマズ 日本橋にて
https://www.culture-ville.jp/nutcrackertheaterevent

マシュー・ボーン in Cinema『くるみ割り人形』

公開日:2023年3月10日(金)より1週間限定公開
公開劇場:TOHOシネマズ 日本橋/大阪ステーションシティシネマ/TOHOシネマズ ららぽーと福岡
公式サイト:https://www.culture-ville.jp/nutcracker
予告編:https://www.youtube.com/watch?v=CgfziWZeJ7E&t=60s

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