金子扶生、前田紗江の熱演がロンドンで絶賛されたロイヤルの シネマシーズン『くるみ割り人形』

ワールドレポート/その他

香月 圭 text by Kei Kazuki

ロイヤル・オペラハウス シネマシーズン2022/23のバレエ第三弾、ピーター・ライト版『くるみ割り人形』が2月24日(金)から全国公開される。ロイヤル・バレエスクールの生徒たちがシュタルバウム家のクリスマス・パーティや、ねずみとおもちゃの兵隊の戦いのシーンに出演するフル・バージョンが三年ぶりに復活した。

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『くるみ割り人形』ねずみの王様
©2015 ROH. Photograph by Tristram Kenton

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『くるみ割り人形』雪の精のワルツ
© 2015 ROH. Photograph by Tristram Kenton

ピーター・ライト版では、発明家・魔術師のドロッセルマイヤーがねずみを退治する罠を発明したが、ねずみの女王の怒りをかって彼の甥ハンス・ピーターがくるみ割り人形に変えられてしまった、というプロローグがつく。彼のことを心から愛してくれる少女が現れれば、くるみ割り人形の呪いから解かれる。ドロッセルマイヤーは甥を救いたい一心で、シュタルバウム家の心優しい娘、クララにくるみ割り人形を贈る。
この設定が加わったことで、ドロッセルマイヤーもまた肉親に愛情を注ぐ血の通った人間として描かれ、観客が共感しやすい登場人物となっている。今回はプリンシパル・キャラクター・アーティストのベネット・ガートサイドがドロッセルマイヤーを演じている。この役は物語の進行役でもあり、劇場の観客一人一人に語りかけるような、一際、大きな身振りで、次の場面は何かということを的確に説明していく。マントをひるがえす身のこなしも英国紳士らしく粋だ。ガートサイドはドロッセルマイヤーという役について「より多くのことを行う必要があり、コンフォート・ゾーンからはみ出ています。舞台には大勢がひしめき合い、階段を上り下りしたりして常に動き回っているので、演技のボリュームを上げる必要があります。聴衆が自分に目を向け続けるように、そういった点に注意を払わなければなりません」と語る(The Ballet Association, 2017年9月)。
クララは純粋な心でくるみ割り人形を大切に思い、夢の中で、くるみ割り人形率いる軍隊とネズミの王様とネズミたちの戦いを目にする。彼女はくるみ割り人形が苦戦を強いられているのを助けようと、ネズミの王様の頭を靴で叩いてネズミの軍隊を撃退する。すると、ねずみの女王がかけた呪いが解けて、人間の姿を取り戻したハンス・ピーターがクララの目の前に現れる。二人はドロッセルマイヤーに導かれて、雪の国やお菓子の王国を旅する。

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© 2015 ROH. Photograph by Tristram Kenton

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©2018 ROH. Photograph by Alastair Muir

今回、クララ役に抜擢されたのは今シーズンからファースト・アーティストになった前田紗江。2014年ローザンヌ国際バレエコンクールで第二位スカラシップ賞を受賞し、ロイヤル・バレエスクールで学び、2017年卒業時にアシュトン賞とニネット・ド・ヴァロワ賞をダブル受賞した。純真な少女クララを表情豊かに演じている。ハンス・ピーター役はプリンシパル昇進の日も近いといわれるジョゼフ・シセンズ。高い身体能力を発揮する一方で、自分の身の上を語るときのマイムも明瞭だ。シセンズと前田が組むと踊りがダイナミックになり、スケールの大きさが倍増する。ピーター・ライト版では、クララとハンス・ピーターは雪の精やお菓子の国の様々なキャラクターとともに踊るため、全幕を通してスタミナが要求される役だが、二人は様々な登場人物とともに様々なダンスを軽やかに踊って次の場面へと駆け抜けていく。

『くるみ割り人形』金子扶生、ウィリアム・ブレイスフル ©2018-ROH.-Photograph-by-Alastair-Muir.jpg

『くるみ割り人形』金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル ©2018 ROH. Photograph by Alastair Muir

主役の金平糖の精には、ロイヤル・バレエが誇るプリンシパルの金子扶生。そして、昨シーズンのシネマで上映されたリアム・スカーレット版『白鳥の湖』でジークフリート王子の演技が絶賛されたウィリアム・ブレイスウェルが高貴な王子を演じている。彼は英国ロイヤル・バレエのなかでウェールズ人初のプリンシパルである。金子はアラベスクやアチチュードなどポーズのひとつひとつが美しく、二人の息の合った美しいグラン・パ・ド・ドゥは最大の見せ場となっている。彼らのコーチを務めたのは、本編の司会も務める元プリンシパルのダーシー・バッセル。パ・ド・ドゥをより魅力的に見せるための秘訣を彼女から彼らに伝授するリハーサルの様子も見られる。
中尾太亮(2017年ローザンヌ国際バレエコンクール第3位)は今回、ドロッセルマイヤーの弟子と中国の踊りとして登場。正確なテクニックを持ち、高い跳躍、軽々とした身のこなしで生き生きと二役を演じている。佐々木万璃子は、花のワルツのソリストの一人として、華やかな踊りをみせている。彼女は12月23日に金平糖の精役でデビューした。また、佐々木須弥奈が雪の精と花のワルツの群舞の一人として主役陣を盛り立てるなど、日本人キャストが随所で活躍している。
ピーター・ライトが1984年に『くるみ割り人形』を改訂振付して以来、40年が経とうとしている。その間にテクノロジーが進化し、クリスマス・ツリーが巨大化する仕掛けは初演時に手回しだったものが自動制御になった。また、ツリーに飾られた電飾のロウソクもLEDへと進化し、サステナビリティに配慮したものとなっている、と話す舞台装置スタッフの話も興味深い。

英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2022/23

ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』
2月24日(金)より TOHO シネマズ 日本橋 ほか全国公開
公式サイト:http://tohotowa.co.jp/roh/

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