『うたかたの恋-マイヤリングー』ルドルフ皇太子を踊った平野亮一に聞く、英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン

ワールドレポート/その他

香月 圭 text by Kei Kazuki

英国ロイヤル・オペラ・ハウスで上演されたバレエとオペラの舞台を、特別映像とともにスクリーンで体験できる《英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン》。 2022/23年度バレエ・シーズンは平野亮一主演『うたかたの恋-マイヤリングー』で、12月16日(金)〜12月22日(木)、全国のスクリーンで上映される。

1889年、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子ルドルフが17歳の愛人、マリー・ヴェッツェラとマイヤリングの狩猟館で心中した衝撃的な事件をもとに、ケネス・マクミランはルドルフを主人公ととして、母エリザベートや様々な女性との関係に苦悩する姿を描き、バレエ『うたかたの恋-マイヤリングー』を創作した。この作品は1978年に初演され、『ロミオとジュリエット』『マノン』と並んで彼の最高傑作となった。マクミランは1992年、同作品の上演中に心臓発作に倒れ、そのまま帰らぬ人となる。今年は彼の没後30年目にあたり、平野亮一が10月5日の初日、ルドルフ皇太子という大役を務めた。この模様は世界各地の映画館で中継され、彼の演技は歯に衣着せぬ英国の批評家たちを絶賛させるものであった。
ルドルフ皇太子が憑依したかのような演技をみせた平野亮一にオンラインで話を聞いた。午前中のバレエ・クラス直後の短い時間ではあったが、本番の醍醐味やルドルフの母、エリザベート皇后との関係などについてじっくり話を伺うことができた。

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『うたかたの恋 ーマイヤリングー』平野亮一 © 2018 ROH. Ph by Helen Maybanks

――本日はお忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます。現在はどの作品に取り組んでいらっしゃいますか?

平野:『くるみ割り人形』です。急に怪我人が出たので、急遽今日、明日とリハーサルして、来週、出演する予定です。

――前回の2018年の『うたかたの恋-マイヤリングー』初日もエドワード・ワトソンさんの降板を受けて急遽ルドルフ役のデビューでしたね(平野は今シーズンも怪我でルドルフ役を降板したスティーヴン・マックレーの代役として、11月29日、マリー・ヴェッツェラ役の高田茜と共演した)。
『うたかたの恋-マイヤリングー』では両親から愛されず政略結婚を強いられ、愛人たちの間を彷徨い転落していくルドルフの壮絶な人生を演じた平野さんの体当たりの演技に衝撃を受けました。リハーサル映像では、プリンシパル・コーチのエドワード・ワトソンさんから演技やタイミング、見せ方など細部に渡ってチェックが行われています。ルドルフ役のダンサーは神経衰弱に陥った状態を演じる必要がありますが、男役としてはパートナーの安全のためにきちんと女性を支えなくてはいけないのですね。映画ではオシポワさんと踊られましたが、本番ではより気持ちが高まって、リハーサルとは異なる状態になりましたか?

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平野亮一 © Johan Persson, 2020

平野:はい、一回一回の舞台が全て一緒だというわけでもないし、これこそが生の舞台の魅力だと僕は思います。リハーサルで踊っているのがベースラインとなり、そこから応用して上下に波をしっかりつけていくことになります。毎朝起きて感じるムードも全然違うように、舞台に立ってその都度、誰の目とアイコンタクトをするかによって、いろんなところで違う雰囲気になります。この物語の持っていきかたについての基本はもちろんありますが、次の展開までもっていくのに、僕たちダンサーはいろんな見せ方を持っているわけです。演劇と違って、同じセリフを言わなくてはいけないということではないのです。もし毎回が全く同じ展開だったら、見てる方も演じる方もすごく面白くないと思います。ですから、リハーサルと同じように本番の舞台が進まないというのは、たぶん普通にあることですね。
リハーサルというのは、本番で毎回同じようにするためではないと僕は思っています。リハーサルで、ストーリー展開の基礎をしっかり確立させて、そこからは個人一人ひとりの芸術面や個性、表現力などを見せていくのです。個々のダンサーがいろんな形でニュアンスをつけてルドルフを演じるので、それぞれ違う雰囲気で異なった表現になるのです。リハーサルの都度、雰囲気は違ってくるし、舞台で踊るたびに変わっていきます。自分の中にはいろんなアイデアがあるのですが、こういう表現をしたら観客には伝わりやすいと思うこともあれば、今度はこのやり方で演じてみたらうまく伝わらず、違ったニュアンスに読み取れるなどと、ずっと試行錯誤を繰り返しています。毎回のリハーサルや舞台で工夫して、少しでも自分らしさを出して、より大きい感動をお客様に与えたいと願いつつ、いろいろ考えながら僕たちは踊っています。怖がって挑戦できないと上には行けないと思っています。

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『うたかたの恋 ーマイヤリングー』
平野亮一、ナタリア・オシポワ
©2018 ROH. Photograph by Helen Maybanks

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『うたかたの恋 ーマイヤリングー』
平野亮一、ナタリア・オシポワ
©2018 ROH. Photograph by Helen Maybanks

――エドワード・ワトソンさんもかつてルドルフを演じていますが、平野さんは「彼の解釈と僕のは少し違います」とコメントされていますね。

平野:確かに彼の演じたルドルフ像と僕自身のものは異なっていますが、具体的にどういう点が違うかということについては、今となっては記憶がおぼろげで、言葉では言えません。しかし、コーチとはリハーサルのときに意見の交換を行っています。エドワードから「もう少しこういう風に考えてみたら」と言われて、そういう見方も面白いかなと思うときもあります。彼の考えを取り入れて挑戦してみるときもあります。その方が自分でもしっくりくる場合は、そちらを採用することもあります。

――ルドルフ皇太子は母親であるエリザベート皇后に愛されていないように見えて非常に心痛みました。この親子の関係性について、平野さんはどのようにお考えでしょうか?

【ROH(2)】:うたかたの恋_Ryoichi-Hirano-as-Crown-Prince-Rudolf-and-Marianela-Nuñez-as-Mitzi-Caspar-in-Mayerling-©2018-ROH.-Photograph-by-Helen-Maybanks.jpg

『うたかたの恋 ーマイヤリングー』平野亮一、マリアネラ・ヌニェス ©2018 ROH. Photograph by Helen Maybanks

平野:男の子にとって、初めて知る異性というのは母親だと思います。女性に対しての男性の見方というのは、母親との関係によってすごく変わってくるのではないかと思います。ルドルフは子供の頃に母親から引き離されて育ちました。幼いときから厳しい軍事訓練を課せられてきたので、母親というものを知らずに育ったようです。そのため、彼が初めて知った女性というのは、母親ではなくて普通の女性だったと思います。彼女とは恐らく、肉体関係も結んだはずで、彼が女性を好きだという感情は、そうした行為を通してしか実感を得られなかったのではないでしょうか。しかしながら、母親に対する愛と普通の女性に対する愛というのは、やはり愛情の示し方がそれぞれ違うものです。でも、ルドルフはそのことを知らないから、自分の知っている愛し方でしか母親には表現できなかったのだと思います。
一方、エリザベートの立場からすれば、自分のかわいい息子のことはすごく愛していたと思いますが、皇后の義務として、自分の大切な息子を皇太子として国に差し出さなければならなかったのです。彼と関わってはいけないと国から言われていたので、やはりすごくつらかったと思います。「あなたの母親でいたいけれど、やはり駄目なの」という思いをもった、ものすごく哀しい母親だったと思います。
ルドルフはエリザベートに対して「僕を愛して」と懇願しますが、彼女は世間一般の母親のように息子に対して愛情を表現することが許されなかったのです。彼はそういった彼女の苦悩を知らずに「自分は母親に見放された」と勘違いしてしまったのです。ルドルフは皇太子なので、皇帝に次ぐ権力をもった人物で、負ける経験などしたことがない男です。これまで自分を拒む女性などいなかったはずです。自分を突き放す初めての異性が自分の母親だったわけで、彼にとってはすごく辛かったと思います。

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『うたかたの恋 ーマイヤリングー』平野亮一 ©2018 ROH. Photograph by Helen Maybanks

――ルドルフとエリザベートの関係について、すごく深い解釈を伺うことができました。作品を鑑賞するうえで大変ためになると思います。最後に《英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン》で平野さんの踊りを楽しみにしていらっしゃるたくさんの方々にメッセージをお願い致します。

平野:英国ロイヤル・バレエのレパートリーは実にドラマチックな作品が揃っています。また、このカンパニーのダンサーの面々はドラマチック・バレエを踊ることに実に長けていると思います。なぜこれほどドラマチックにできるかというと、やはりダンサー一人一人がその作品で演じてきた伝統というものが引き継がれていくからだと思います。昔の人が次の世代の人に、どのようにドラマチックに見せるかという秘訣を伝授していくのです。それを今、僕たちが教わっているのです。僕もまた後世のダンサーたちに伝えていく必要があります。英国ロイヤル・バレエのドラマチックな作品を魅力的に見せるために連綿と引き継がれてきた伝統に則って、僕たちがどれだけドラマチックに演じることができるかというチャレンジ・スピリットを、スクリーンの画面からも楽しんでいただきたいと思います。

――本日はお忙しいなか、お話いただき、ありがとうございました。これからも平野さんのご活躍を楽しみにしております。

《英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2022/23》公式サイト
http://tohotowa.co.jp/roh/

『うたかたの恋-マイヤリングー』作品情報
http://tohotowa.co.jp/roh/movie/?n=mayerling2022

《英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2022/23》予告編

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