ジュリー・ケントがヒューストン・バレエの共同芸術監督に、大石裕香が振付ける『ボレロ』ほか、NYCB、ABT、サンフランシスコ・バレエの新シーズン
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ワールドレポート/その他
香月 圭 text by Kei Kazuki
ヒューストン・バレエ
アメリカのバレエ界の話題をいくつかお伝えする。
まず、10月末に来日公演を行ったヒューストン・バレエに、2015年から7シーズンに渡ってワシントン・バレエの芸術監督を務めてきたジュリー・ケントが2022-23シーズン後、共同芸術監督として加入する。ヒューストン・バレエの現芸術監督のスタントン・ウェルチは引き続き続投し、彼女をサポートしていくという。ケントは1986年〜2015年の29年にわたってアメリカン・バレエ・シアター(ABT)で活躍し(これはABTの83年に及ぶ歴史において最長のキャリアとなる)、2016年よりワシントン・バレエの芸術監督に就任した。夫のヴィクター・バービーは同カンパニーの副芸術監督である。在任中、彼女は26の新作を手がけ、アンソニー・テューダーの『リラの園』など20世紀の作品や、夫妻による『眠れる森の美女』新演出版を上演した。
ウェルチは「ジュリー・ケントはバレエ界のスターというだけではなく、ダンサー、コーチ、演出家、教師としても非常に優秀で、ヒューストン・バレエの次章へ進むパートナーとして、これほどの適任者はいない」と期待を寄せている。11月2日に公開されたワールド・バレエ・デー2022のワシントン・バレエのバー・レッスン動画では、ケントの指導の様子が見られる。
https://www.instagram.com/p/CkdjJUgqA-K/
ニューヨーク・シティ・バレエ
ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)は9、10月秋シーズンのハイライトとして、9月28日に「Fall Fashion Gala(秋のファッション・ガラ)」を開催した。気鋭の振付家による新作のためにファッション・デザイナーが舞台衣装をデザインし、毎年観客の目を楽しませている。カンパニーの副理事を務めている女優のサラ・ジェシカ・パーカーが2012年に発案した行事で、今年は10回目の開催となり、彼女の功績とこれまで創作された約30の作品を称えるものとなった。
今回上演されたプログラムはジャンナ・ライゼン振付『Play Time』とカイル・エイブラハムによる『Love Letter (on shuffle)』世界初演2作と、パンデミック中に創作され、オンラインで公開されたカンパニーの常任振付家ジャスティン・ペックによる『Solo』(出演はアンソニー・ハクスリー)の舞台初上演、そしてバランシンの『シンフォニー・イン・C』の抜粋だった。
ライゼンの『Play Time』の衣装は「パロモ スペイン」のデザイナー、アレハンドロ・ゴメス・パロモ、エイブラハムの『Love Letter (on shuffle)』の衣装はジャイルズ・ディーコン、そしてペックの『Solo』の衣装はラフ・シモンズが担当した。ライゼンの作品の音楽をビヨンセの妹のソランジュが手がけたことも話題を呼び、「夢見るようなジャズ風味の音楽は好印象」だったが、振付に関しては手厳しい評価だった(「NYタイムズ 」2022.10.21ジア・クーラス)。10月1日のマチネ公演には、ストリート・ファッションや奇抜なファッションに身を包んだソランジュ目当ての観客が押しかけ、チケットも完売したという。
ライゼンの『Play Time』にはコール・ド・バレエとして2021年に入団した高橋啓(NYCB公式サイトでは「KJ Takahashi」として紹介)が出演した。彼は「DUBSTEP(ダブステップ)」と呼ばれるアニメーション・ダンスの動画で、2014年頃から話題になっていた。テキサス州ダラス生まれ、元ABTのリサ・スラーグルが校長を務めていたテキサス・バレエ・アカデミーにて学び、ポール・メヒアやエリオット・フェルドの学校を経て2016年にスクール・オブ・アメリカン・バレエに入学。2019年にNYCB研修生となり、2021年にカンパニーのコール・ド・バレエとして入団した。
2022 フォール・ファッション・ガラ 2022 FALL FASHION GALA
https://www.nycballet.com/discover/stories/2022-fall-fashion-gala/
KJ Takahashi YouTube チャンネル
https://www.youtube.com/channel/UC-znFFqtu6OhDpSbgn_5EUw
KJ Takahashi, India Bradley, Davide Riccardo, David Gabriel, and Emma Von Enck in Play Time. Photo credit Erin Baiano
Sterling Hyltin in George Balanchine's The Nutcracker. Photo credit Paul Kolnik
NYCBのクリスマス・シーズン(11月25日〜12月31日)にはバランシン版『くるみ割り人形』が上演される。2003年にNYCBに入団、2006年にソリスト、その翌年の2007年にプリンシパルとなって15年間活躍を続けたスターリング・ヒルティンが12月4日に金平糖の精の役で出演し、この舞台を踊って引退する。これは彼女が初めて主役を演じた役だという。パンデミックの最中に長女を出産し、2歳になる彼女の成長を見守りたいということもあり、37歳という比較的若い年齢で現役を退く。彼女は2016年から務めるスクール・オブ・アメリカン・バレエでの教職を当面は続けるという(「プレイビル」2022.10.10 チャールズ・イシャーウッド)。
スターリング・ヒルティン紹介ページ
https://www.nycballet.com/discover/meet-our-dancers/principal-dancers/sterling-hyltin/
バランシン版『くるみ割り人形』について
https://www.nycballet.com/discover/ballet-repertory/george-balanchines-the-nutcracker/
続く2023冬シーズン(1月17日〜2月26日)では『ストラヴィンスキー・ヴァイオリン・コンチェルト』のように頻繁に上演される人気演目と並んで、1947 年にアレクセイ・ハイエフの音楽に振付けられた『ハイエフ・ディヴェルティメント』のように、四半世紀ぶりの2020年にレパートリーに復活された作品も上演される。
世界初演されるジャスティン・ペック初の長編作品は、アメリカの作曲家アーロン・コープランドの音楽にのせて画家・彫刻家ジェフリー・ギブソンとのコラボレーションとなる。
『火の鳥』はバランシンとロビンズの共作による1949年初演、マリア・トールチーフが主演した名作バレエで、ニューヨークの観客に永く愛されている。この作品のオリジナルの舞台美術と衣装はシャガールが手がけ、1970年の再演の衣装はカリンスカが担当した。
「クラシック NYCB II」プログラムにおけるジェローム・ロビンズの『ロンド』はモーツァルトの「ロンド イ短調 K. 511」の音楽を用いた二人の女性が登場する1947年初演の作品で、これまでめったに上演されてこなかったが、彼のブロードウェイ・ミュージカル『オン・ザ・タウン』が創作されるきっかけとなった『ファンシー・フリー』とともに復活上演される。
「21世紀の振付家」と題したプログラムでは、カイル・エイブラハムのカンパニー 「A.I.M」に在籍するダンサーの Keerati Jinakunwiphat (キーナラティ・ジナクンウィハット)がNYCBのために初めて作品を創作し、アレクセイ・ラトマンスキーの2020年初演作品『Voices』と同時上演される。NYCBの2023年冬シーズンは出演者総勢100名を超えるカンパニーの最大規模の作品であり、2幕に簡素化したピーター・マーティンス版『眠れる森の美女』で幕を閉じる。
Taylor Stanley and Sara Mearns in Stravinsky Violin Concerto. Photo credit Rosalie O'Connor
Unity Phelan and Harrison Ball in Haieff Divertimento. Photo credit Erin Baiano
Roman Mejia in Fancy Free. Photo credit Paul Kolnik
Isabella LaFreniere and Company in Firebird. Photo credit Erin Baiano
New York City Ballet in The Sleeping Beauty. Photo credit Erin Baiano
NYCB 2023年冬シーズン:2023年1月17日〜2月26日
◆オール・バランシン
『ストラヴィンスキー・ヴァイオリン・コンチェルト』
『ハイエフ・ディヴェルティメント 』
『ワルツ・ファンタジー』
『ドニゼッティ・ヴァリエーションズ』
◆クラシック NYCB I
『アレグロ・ブリランテ』バランシン振付
『典礼』ウィールドン振付
『ワルプルギスの夜』 バランシン振付
『火の鳥』バランシンとロビンズ振付
◆ニュー・ペック(ジャスティン・ペック新作)
◆クラシック NYCB II
『ファンシー・フリー』ロビンズ振付
『ロンド』ロビンズ振付
『ソロ』ジャスティン・ペック振付
『エピソード』バランシン振付
◆21世紀の振付
『Voices』ラトマンスキー振付
Jinakunwiphat 新作
『Everywhere we go』ジャスティン・ペック振付
◆『眠れる森の美女』ピーター・マーティンス版(プティパ版に基づく)。「花のワルツ」はバランシン振付
NYCB 2023冬シーズン
https://www.nycballet.com/season-and-tickets/winter-23
アメリカン・バレエ・シアター
アメリカン・バレエ・シアター(ABT)はデイヴィッド・H・コーク劇場の2022秋シーズン(10月20〜30日)を終えた。今季上演されたのは、ラトマンスキーの『ホイップクリーム』『四季』、アシュトン版の『真夏の夜の夢』、ジェシカ・ラングの『Children's Songs Dance』、キリアンの『シンフォニエッタ』、それからジャマイカ出身のクリストファー・ラッド振付によるスタッフ、キャスト共すべてアフリカ系で創作した意欲作『Lifted』の世界初演という陣容だった。ラッドはジャマイカ生まれで、2008年にアジアで上演されたシルク・ド・ソレイユ『ザイア』のダンスの創作にも携わり、コンテンポラリー・バレエとサーカスや演劇性を含むさまざまなジャンルのダンスを融合させ、社会問題を背景にした創作に取り組んでいる。ブラック・ライヴズ・マター運動に想を発したという『Lifted』は舞台美術もラッド自身が手がけ、音楽はジョン・F・ケネディー・センター常任作曲家のカルロス・サイモン、指揮は2018年にゲオルグ・ショルティ指揮者アワードを受賞したロデリック・コックス、衣装はニューヨークを拠点に活動するファッション・デザイナーのカーリー・クシュニーなど。出演はプリンシパルのカルヴィン・ロイヤル3世とコール・ド・バレエのエリカ・ラル、コートニー・ラヴィーン、メルヴィ・ラウォヴィ、ホセ・セバスチャン。
ジェシカ・ラングの『Children's Songs Dance』はジャズ・ピアニストのチック・コリアによる曲名に由来し、2020年ABTステュディオ・カンパニーのために振付けられた。子どもから大人に成長する過程で遊び心を忘れないでほしいという思いが込められている。本作のクリエイティブ・アソシエイツはラングの夫で、アルビン・エイリー・アメリカン・ダンス・シアターの瀬河寛司が務めた。
ABTの芸術監督ケヴィン・マッケンジーはバリシニコフの後任として1992年の就任以来30年目を迎える今季を持って引退し、2020年よりピッツバーグ・バレエ・シアターの芸術監督を務めるスーザン・ジャフィが12月より後任となる。ワールド・バレエ・デー2022ではケヴィン・マッケンジーの軌跡を辿る短編動画が公開された。
スーザン・ジャフィはコール・ド・バレエ時代にバリシニコフに抜擢されて、彼と踊る機会も多かった。1980年〜2002年までABTで活躍し、NYタイムズは「アメリカの最もアメリカ的なバレリーナ」と評し、『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』などのクラシック ・バレエやアントニー・ チューダー、ジョン・クランコ、ケネス・マクミランのドラマチックな作品群、また、トワイラ・サープ、ジェローム・ロビンズ、マース・カニングハム、ナチョ・ドゥアト、マーク・モリス、イリ・キリアンなど、現代振付家の作品にも多く出演した。英国ロイヤル・バレエやキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)ほか世界中の劇場に客演し、ABT来日公演では1992年『眠れる森の美女』や1996年『白鳥の湖』で主演を務めた。引退後はABTジャクリーン・オナシス・スクールの教師、ABTでは理事会会長の顧問やバレエ・ミストレスも務めた。ニュージャージー州プリンストン・ダンス・アンドシアター・スタジオ(PDT)を共同設立し、共同監督を務め、2012 年には、ノースカロライナ州ウィンストン セーラムにあるノースカロライナ大学芸術学部 (UNCSA) のダンス学部長に任命される。2020年、ピッツバーグ・バレエ・シアターの芸術監督に任命され、デジタル・プログラム、屋外公演、美術館での公演を通じて、パンデミック期間中にリーダーシップを発揮した。また、ABT、ABTステュディオ・カンパニー、UNCSA、YAGPガラなどに振付作品を提供している。
ABTのダンサーの昇進については以下のとおり:キャサリン・ハーリンとロマン・ザービンがプリンシパルに昇進、そして2022夏シーズンのゲスト・プリンシパルを務めたダニエル・カマルゴがプリンシパル・ダンサーとして加入した。ソリストに昇進したのはブリアン・グランランドとスンウー・ハン、ベッツィー・マクブライド、クロエ・ミッセルダイン、パク・ソンミ。パクは2017年モスクワ国際バレエコンクールで韓国人初の優勝者だった。日本からはコール・ド・バレエに木村楓音(2021年〜)、住谷健人(2015年〜)、山田ことみ(2022年〜)が在籍し、2021年にロイヤル・バレエスクールを卒業した松浦祐磨が今年よりABTの研修生となっている。ワールド・バレエ・デー2022で彼がABT ステュディオ・カンパニーの公演で出演した『グラン・パ・クラシック』の模様も配信された。
サンフランシスコ・バレエ
サンフランシスコ・バレエは5月にヘルギ・トマソンの『白鳥の湖』で在任37年のシーズンを終え、タマラ・ロホの下で、90年目の新シーズンが始動した。この節目の年を祝うべく、トマソンは「next@90」と題した9名の新進の振付家たちによる新作の祭典を企画し、2023年1月20日〜2月11日に戦争記念オペラハウスで開催する。作品を提供する一人であるサンフランシスコ・バレエの常任振付家ユーリ・ポソホフが手がけるのはストラヴィンスキーの音楽によるバランシン振付の『ヴァイオリン・コンチェルト』で、彼自身お気に入りの作品であり、何度も踊ってきたこの作品を新鮮な目と彼の音楽性によって再度アプローチする予定だという。7組のカップルと一人のリード・バレリーナという構成になる。
左より『ヴァイオリン・コンチェルト』リハーサル中のプリンシパル、ティート・ヘリメッツとユーリ・ポソホフ
© Lindsay Thomas
『ボレロ』をリハーサル中の大石裕香とアシスタントのオーカン・クリストファー・ダン
© Chris Hardy
また、「next@90」では、大石裕香がサンフランシスコ・バレエのために初めて振付作品『ボレロ』を提供する。彼女は長男を出産したが、その愛する息子が思いがけず亡くなってしまうという人生における大きな嵐を経て、2020年からその創作は始まったという。「あの時は、死と生とがお互いにキスをし合ったのです」と大石は当時の経験をこう語り、胸が張り裂けそうな作風ではなく、エネルギーに満ちたものを作ろうと決意した。「ラヴェルの『ボレロ』の音楽を聞いていると、動かずにはいられないんです。リズムとメロディの繰り返しが絶え間ない鼓動のように聞こえ、細胞が宇宙規模にまで成長するというイメージに到達しました」と彼女は作品意図について説明している。制作アシスタントには、2012年、ノイマイヤーの招待でハンブルク・バレエのために『RENKU(連句)』を創作した際の縁で、オーカン・クリストファー・ダンを起用、さらに清川進也による楽曲、西田淳と猪口大樹による映像も加わる。衣装デザインはエマ・キングズベリー。
サンフランシスコ・バレエのワールド・バレエ・デー2022映像も届いた。「next@90」のリハーサル、2023年シーズンのクリストファー・ウィールドン振付『シンデレラ』のリハーサルや2019年よりプリンシパルを務める倉永美沙のヘルギ・トマソン版『ジゼル』のリハーサルの模様も。
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