カスバートソンとプレイスウェルが踊ったスカーレット版『白鳥の湖』が上映される、英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマシーズン

ワールドレポート/その他

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photo/Bill Cooper

英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマシーズン2021/2022のラストを飾るのは、リアム・スカーレット版『白鳥の湖』。スクリーンからも伝わる荘厳な世界は、新たなキャリアを歩み出した2人のダンサーの門出を祝うにふさわしい舞台となっている。

ジークフリート王子を踊るのはウィリアム・ブレイスウェル。主演を多く務めたバーミンガム・ロイヤル・バレエ時代を経て、英国ロイヤル・バレエに移籍して約5年。来シーズンより満を持してプリンシパルに昇格する注目の存在である。丁寧に披露されるポジションの数々は、暗めな舞台演出を咎めたくなるほどの美しさを誇る。彼の手先や足先が見せる1つ1つの上品な表情は、踊りとしてのクオリティのみならず、この物語の世界の品位の高さを描き出すことに貢献している。これからの英国ロイヤル・バレエを牽引するダンスール・ノーブルとして、特に古典作品好きな観客を安心させるような存在となっていくであろう。

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ローレン・カスバートソン photo/Helen Maybanks

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ウィリアム・プレイスウェル photo/Helen Maybanks

このシネマ作品の主役は、産休から復帰したローレン・カスバートソン。オデット/オディールを踊った公演映像のみならず、インターミッション部分には、彼女のためにDidy Veldmanが振付けた新作コンテンポラリー作品を娘ペギーと共に踊った映像も組み込まれている。また、カーテンコール中に行われた彼女の英国ロイヤル・バレエ在籍20周年のセレモニーや、昨年受賞が叶わなかったナショナル・ダンス・アワード 2020(Outstanding Female Classical Performanceを受賞)のトロフィー授与の様子も収められている。産休後の彼女には細かな変化は見られるものの、格式高い『白鳥の湖』という古典的振付の中にも彼女らしい自由さの光るニュアンスや間の取り方が垣間見え、「あのローレンが戻ってきた」と印象付けている。

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photo/Bill Cooper

スカーレット版『白鳥の湖』は、今回がシネマシーズン2回目の上映であり、NHK TVでも放映があり既にご覧になった方も多いかと思われる。このヴァージョンは、オデットがロットバルト(ギャリー・エイヴィス)により白鳥に変身させられるプロローグが付く。そしてロットバルトは宮中では、女王(クリスティーナ・アレスティス)の側近として振る舞っており、何くれとなく気遣いをする友人ベンノ(アクリ瑠嘉)とともに、王子の孤独をより鮮明に表す構成になっている。
今回のシネマ・スクリーニングでは、冒頭のオルガ・ユリノフ(指導)とケヴィン・オヘア(芸術監督)のコメントが特別に楽しめる。ケヴィンが度々口にしたのは、スカーレットが古典作品へのリスペクトをどれほど大切にしていたかという点。また、ユリノフも「特に2幕は "変えられない" 」のだと強調していた。もちろん多くの新しい試みがなされているものの、2人の言う通り、スカーレットが数多くの先代の『白鳥の湖』を尊重して本作を形作ったことが感じ取られるはずだ。例えば、各役のキャラクター像や、ストーリー展開が明確に目に止まるように設計されている点は、ピーター・ライトが重んじた演劇的要素を意識しているのではないか、とも受け取ることができる。また、2幕の湖畔のシーンに見られる振付やフォーメーションへのスカーレット独自の細やかな工夫も、決してプティパ版を大きく揺らがせるものではない。一方で、3幕の華やかな世界観は、他のヴァージョンにも類を見ない格別な印象を受けたが、黄金に輝く装置や大胆な仕掛けに負けず劣らず、あの空間に忘れられない華やぎを与えているのは、スカーレットが生み出した豪快なステップが盛り沢山な数々のディヴィルティスマンであろう。

古典バレエの歴史で最も重要な位置を占める『白鳥の湖』。長い歴史の中で多くの改訂がなされ、また、ダンサーにとっては一人前になるための登竜門として、これまでに数えきれないスターを輩出してきた。主役はもちろんのこと、日本出身の若き才能たち(アクリ瑠嘉、佐々木万璃子、前田紗江)も主要なキャスティングを射止め、この公演を通じてまた一歩成長したことであろう。
音楽を聞くだけで背筋がピンとするこの大作が、遠い将来の観客・ダンサーにも決して飽きられることのない「揺るぎない古典バレエ」として存在し続けるために、スカーレットは大きな役目を果たしている。世界各国でのシネマ・スクリーニングを通して、このスクリーンを楽しむ観客の声が天国のスカーレットに届くことを願う。

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photo/Helen Maybanks

公開作品情報

ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』
http://tohotowa.co.jp/roh/movie/?n=swanlake2021
2022年7月15日(金)よりTOHOシネマズ 日本橋 ほか全国公開
(約3時間21分)
2022年5月19日収録

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