パリ・オペラ座バレエ シネマ「ジェローム・ロビンズ・トリビュート」が大スクリーンに甦る

ワールドレポート/その他

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

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© Jacques Moatti

パリ・オペラ座バレエが2018年11月8日にガルニエ宮で上演した「ロビンズ・トリビュート」が、舞台映像となって映画館のスクリーンに登場する。この公演はジェローム・ロビンズの生誕100年と没後20年にちなんで開催された。オペラ座のダンサーのデフィレと共に幕を開け、ロビンズがオペラ座バレエのダンサーたちに振付けている懐かしい映像も上映された、特別な公演だったという。蛇足ながら、ニューヨーク・シティ・バレエ団はロビンズ生誕100年の公演を、スプリング・ガラ「ロビンズ100」として2018年5月に行っている。

パリ・オペラ座バレエ シネマの映像では、ジェローム・ロビンズ振付の4作品が上映された。
まず、1944年初演の『ファンシー・フリー』。これはロビンズが以後コンビを組んで秀作を生むことになるレナード・バーンスタインの曲に初めて振付けた初バレエ作品で、ニューヨークの観客を喜ばせる大ヒット作となった。『ファンシー・フリー』はミュージカルに発展して『オン・ザ・タウン』となり、映画化されて『踊る大紐育』となった。今日でもこのバレエは人気があり、各国でしばしば上演されている。

とても貴重な一日だけの休暇をとった3人の水兵が、映画のセットのようなカウンターのあるバーにやって来て、女性たちと出会い、活発に踊り明かす。3人の水兵と1人の女性、3人と2人の女性、という組み合わせで踊り、その他愛ないがちょっと微妙な関係が粋なタッチで繰り広げられる。クラシック・バレエからシアター・ダンス、ボールルーム、ジャズあるいはチャールストンなど様々なスタイルのダンスが巧みに組合わされ、速いテンポで軽快に踊られる。
底抜けに明るいアメリカ人ダンサーたちの舞台とはまた少し違った、オペラ座のダンサーならではニュアンスも感じられた。3人の水兵に扮したステファン・ビュリオン、カール・パケット、フランソワ・アリュが、技と魅力を競って踊るそれぞれのヴァリエーションも見応えがあった。女性はエレオノーラ・アバニャート、アリス・ルナバンで、足捌きやエポールマンにもオペラ座ダンサーらしい爽やかな色香が漂い、それに反応して男性ダンサーたちが張り切って踊って小競り合いにまで至る、、、明るく楽しいダンスだった。
世界大戦さなかの水兵たちの限定された休日という、実はシリアスなシュチュエーションで、生きることを懸命に楽しもうとする姿を、コミカルなオブラートに包んで表している。弱冠26歳のロビンズの味のある秀逸な演出振付である。

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「ダンス組曲」マチアス・エイマン
© Sebastien Mathe / Opéra national de Paris

『ダンス組曲』はミハイル・バリシニコフのために振付けられたバレエ。舞台に上がれば、どんな些細な振りでも美しかったバリシニコフを彷彿とさせる動きを、ロビンズ流にアレンジした詩集のようなダンス。真紅の衣裳で踊るマチアス・エイマンの姿から、バリシニコフの流れるような愛らしい動きが重なって見えた。後ろ向きになってシャツを引っ張ってみせたり、茶目っ気のある軽いユーモアも懐かしく感じられた。バッハを奏でるチェロの奏者(ソニア・ヴィーダー=アサートン)とも心を通わせながら、ダンサーの優しい心も覗かせるような素敵なそして見事な舞台だった。

『牧神の午後』はまたがらりと趣向が変わって、スタジオで仮眠していた牧神に扮する男性ダンサー(ユーゴ・マルシャン)の夢の中に、ニンフに扮する女性ダンサー(アマディーヌ・アルビッソン)が現れ、彼と踊り去って行く、という設定。音楽はバレエ・リュスで初演されたニジンスキーのヴァージョンと同じクロード・ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』である。
冒頭、仮眠から覚め未だ朦朧とした牧神に扮するダンサーに、にわかに獣性が湧きあがる。何かに動かされているかのようにマルシャンは振りを繰り返す。するとニンフ役のアルビソッンが姿を現し、ドビュッシーの気だるい音楽とともに踊る。2人とも鏡の中の自分を見つめ、時に視線が合う体勢になるが、お互いの目の中にその姿が結像することはない。それぞれがそれぞれの鏡の中の姿とともに練習を続ける。そして踊り終わるとマルシャンは、初めてアルビッソンを認識して頬に口吻をする。するとニンフは夢の彼方へと消える。午後の閑かなスタジオに、マルシャンの濃密な官能が潮のように満ちて、やがて消える。夢と現実が欲望とともに生起する緻密な構成による夢幻バレエとも言うべき傑作だろう。ロビンズは慎重に熟考を重ねて、この設定を決めたと言う。

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「牧神の午後」

『グラス・ピーシズ』はフィリップ・グラスの曲に振付けた1983年の作品。3部で構成されている。セウン・パクとフロリアン・マニュネがプリンシパルを踊っている。美術もロビンズが担当しており、背景の小さな網目模様がミニマル・ミュージックを踊る舞台にふさわしく見える。ロビンズらしい色彩を表す衣裳とダンスの混淆が、音楽の構造を美しく描いている。
フレンチスタイルのバレエとロビンズのジャズ感覚の精緻な振付のマリアージュが、洗練された一流の舞台を作っており、存分にに楽しめる1時間54分の映像であった。

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© Sebastien Mathe

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「グラス・ピーシズ」

6.24(金)東劇ほか公開 『ジェローム・ロビンズ・トリビュート』

公開情報詳細 https://www.culture-ville.jp/parisoperaballetcinema

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