『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』、未曾有の危機から新エトワール誕生までを追ったドキュメンタリーが公開される

ピアノが響くスタジオでゆっくりと身体を温めるダンサーたち。この見慣れた光景が、尊い特別な瞬間であると感じるようになったのは、今だからこそ抱く気持ちであろう。今年8月19日より日本全国各地で公開が予定されているドキュメンタリー映画『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり(Une saison (très) particulière)』は、新型コロナウイルス感染症拡大によって閉鎖をよぎなくされたパリ・オペラ座バレエが、ヌレエフ振付の大作『ラ・バヤデール』で再始動するまでの2020年に密着したオペラ座ファン必涎の映像作品だ。

日付と出来事が綴られるテロップをダイアリーのように追いながら、レッスン再開直後からリハーサル、劇場入り、本番にかけて、あの荘厳なバヤデールの世界の舞台裏を追いかける。止むを得ず、幕ごとに異なる複数プリンシパルキャストを組み合わせた無観客ライブ配信となってしまった『ラ・バヤデール』は、多くの人々を落胆させた一方で、世界中からのオンライン視聴を可能にしたことで、途絶えることなきパリ・オペラ座の伝統とポール・マルクのエトワール昇進の瞬間をフランス国外にも華々しく届けることができた。終盤にはコロナ後初の有観客公演となった『ロミオとジュリエット』の一部も紹介され、マルクに続いて発表されたパク・セウンのエトワール昇進によって、エトワールというダンサーたちの夢はコロナ禍に阻まれるものではないと勇気づける様子も描かれている。

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オーレリー・デュポン

この映画の魅力は、ダンサーが本番に向かって抱く想いを描き出す何気ないシーンの数々だ。レッスン再開直後のクラスで「始めたばかりだから大きなジャンプは控えておこう」と言われても「動きたい」と声をあげるダンサーたち。隔離期間中に家に閉じ込められた彼らが失ったのは、筋力や身体の使い方だけではない。バスティーユやガルニエといったあの広大な空間に立つために取り戻すべき感覚は数多い。また、ダンサーたちが感じた怖さを隠さずに映しているところも興味深い。リフトを決めることへの重圧や、影のコール・ドの足元のふらつき。選ばれしパリ・オペラ座のダンサーと言えども、長い間舞台に立てなかった時間を取り戻すには苦労が伴う。こうして徐々にダンサーとしての自分を取り戻す頃に映る楽屋の廊下には、ソールをカットしニスを流したポアントが数多く並べられている。いよいよ古典全幕公演が続くということへの期待と覚悟の象徴に見えた。

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アマンディーヌ・アルビッソン

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マチュー・ガニオ

それぞれのシーンには、ダンサーのみならず指導者やディレクターたちからの言葉も多々散りばめられている。中でも印象に残っているのは、「できなかったことは受け止めて。それを糧にして成長することが大切」という言葉。舞台稽古前の幕袖の様子を映した一場面で、荘厳な装置に彩られた舞台に立ち向かうダンサーたちに優しく送られた励ましの言葉だが、これはコロナ禍を生きる現代人にも通ずるエールではないか。舞台の傾斜や、あの広い空間でライトを浴びること、装置や衣裳やオーケストラに囲まれて舞台に立つことはプロであっても容易なことではない。時間をおいて感覚を失った自分達自身に落胆するのではなく、今の状況を受け入れて前に進むことが大事だと改めて気付かされた。

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ユーゴ・マルシャン

一般に知られるように、パリ・オペラ座バレエの定年は42歳と定められている。この映画作品に映るスターたちには、マチュー・ガニオ、マチアス・エイマン、ドロテ・ジルベール、その次の世代として花開いたアマンディーヌ・アルビッソン、ユーゴ・マルシャン、ジェルマン・ルーヴェ、レオノール・ボラックなど。いつまでも見ていたいと願ってしまう彼らでも、舞台に立てる時間には限りがある。ただでさえ短い彼らの舞台人生が、こういった公演の中断によって、より尊い時間に思える。特に、ユーゴが静かにこぼした本音からは刺さるような痛みをおぼえた。「キャリアの長さは決まっている。ずっと鍛錬を重ねてやっと迎えたピーク時期に何ヶ月も舞台に立てないことの辛さは大きい」と。ほかにも『ラ・バヤデール』の無観客上演の決定に対して明らかな憤りを見せたダンサーたちもいた。それも当然、このパンデミックが彼らから奪ったものは我々の想像以上の重たいものだ。この言葉を胸にこの映画に向き合うと、本作中に切り取られたダンサーたちの素顔が語る、開幕への喜びや舞台に立てないことへの落胆といった感情の起伏が、より一層強い心の声を伴うように感じられるだろう。

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ポール・マルク、パク・セウン

『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』
(原題 : Une saison (très) particulière)

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出演:アマンディーヌ・アルビッソン、レオノール・ポラック、ヴァランティーヌ・コラサンテ、ドロテ・ジルベール、リュドミラ・パリエロ、パク・セウン、マチュー・ガニオ、マチアス・エイマン、ジェルマン・ルーヴェ、ユーゴ・マルシャン、ポール・マルク、アレクサンダー・ネーフ総監督、オーレリー・デュポン舞踊芸術監督
監督:プリシラ・ピザート

配給:ギャガ

2022年8月19日(金)Bunkamuraル・シネマ 他、全国順次公開予定

※フランス語・日本語字幕付き。
 2021年/フランス/73分。

公式 HP: gaga.ne.jp/parisopera_unusual

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