英国ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』がアナ=ローズ・オサリバンとマルセリーノ・サンべ主演で上映される

ワールドレポート/その他

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズンでは、ケネス・マクミラン版『ロミオとジュリエット』を4月8日から全国で上映する。
周知のようにマクミラン版の『ロミオとジュリエット』は、英国ロイヤル・バレエの代表的なレパートリーであり、フォンテーンとヌレエフを始め、舞踊史上に名を残すダンサーたちが踊ってきた。そして今回はジュリエットにアナ=ローズ・オサリバン(2021年にプリンシパル)、ロミオにマルサリーノ・サンベ(2019年にプリンシパル)がキャスティングされた。ともにこれからの英国ロイヤル・バレエを背負って立つことが期待されているダンサーである。

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アナ=ローズ・オサリバン、マルセリーノ・サンべ
© 2019 ROH. Photograph by Helen Maybanks

ぬいぐるみを振り回し無邪気に乳母(ロマニー・パイダク)と戯れ、自分だけの世界に没入していたジュリエットが、ある日、父キャピュレット卿(ギャリー・エイヴィス)が進めている結婚の相手、パリス(ニコル・エドモンズ)を紹介される。しかしなぜかその人に親愛の情を感じることはできなかった。その感受性に富んだ少女、ジュリエットのヴィヴィッドな感覚が初対面のパリスとの挨拶のダンスで描かれる。また、その天真爛漫に振る舞っていた少女がキャピュレット家の舞踏会で華やかなドレスを纏って踊ると、そのかけがえのない輝くような美しさが大いに注目を集め、ロミオはたちまち恋に陥る。オサリバンは率直な表現の中に初々しい存在感を描き、ジュリエットの女性像をくっきり表した。
このまさに美しい花が開く瞬間のようなジュリエットと出会ったロミオは、彼女が爪弾くリュートのメロディに身体をゆだね、恋の霊感に打たれた一人の若者の喜びを表情豊かなダンスで表す。それまでは街に屯する娼婦をからかい、ロザラインに想いをよせても軽くあしらわれていたのだが、ここでは全身の感情を解放させ、叙情的でありナラテヴな要素も織り込んだ見事なソロを踊った。舞踏会の人々がその姿に思わず見惚れているありさまがリアルに感じられ、サンベの優れた表現力には大いに感心させられた。
このキャピュレット家舞踏会のロミオとジュリエットの出会い、それに続くバルコニーのパ・ド・ドゥは、物語の流れがスムーズでしかもフレッシュな情感に溢れるダンスで構成されており、さすがは英国ロイヤル・バレエの十八番の演目だと感じられた。
マクミラン版『ロミオとジュリエット』のもうひとつ魅力は、娼婦や物売り、ホームレスが跋扈し、対立するキャピュレット、モンタギュー両家の若者たちと共存する活力漲る街の広場。ここでロミオ、マキューシオ(ジェームズ・ヘイ)、ベンヴォーリオ(レオ・ディクソン)の3人組とティボルト(トーマス・ホワイトヘッド)が小競り合いを繰り返し、ついには激しい剣戟となって取り返しのつかない命が失われる事件が起きる。ロミオは、両家の厳しい対立の狭間に立って身動きが取れなくなってしまう。この場面の剣戟のスペクタクルは迫力があり素晴らしかったが、ロミオとマキューシオ、ベンヴォーリオの三人組の友情と共感が今ひとつ切実に伝わって来なかったようにも感じられた。ティボルトは日本の舞台でも踊ったホワイトヘッドで、マキューシオに対抗して熱演していたが、マキューシオはどちらかというと性格俳優的なダンサーが踊るのが通例だが、ヘイはダンスール・ノーブルのタイプに見えた。

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© 2019 ROH. Photograph by Helen Maybank

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© 2019 ROH. Photograph by Helen Maybanks

密かに結婚式を挙げ、ロミオが夜明けの寝室から去ったのち、未だ名残りがあるジュリエットの寝室に、乳母、キャピュレット卿とその夫人(クリステン・マクナリー)、パリスがやって来る。そしてジュリエットの必死の抵抗も虚しく、母も乳母さえも彼女の気持ちを慮ることはできず、パリスと結婚式を挙げよ、と父に厳しく命じられる。キャピュレット卿の怒り(背景にはキャピュレット家の経済問題があるとするヴァージョンもある)、愛娘の気持ちを知りながらも説き伏せようとする母、秘密の結婚も昨夜のことも知りながらただオロオロとするだけの無力な乳母。昨日までは蝶よ花よと育てられながら、今は孤立無援に陥ったジュリエットの痛々しい姿は、短い途切れ途切れのダンスと演技的な荒々しい一連の動きによって表現される。
進退極まったジュリエットはベッドに腰掛け、全脳力を駆使して考えを巡らせても思いあぐねる。しかしやがて、ロミオへの深い愛が、絶望に打ちひしがれたジュリエットにこの危機をなんとか脱出しようとする力を与え、ロレンス神父のもとへと走る。その間のジュリエットの心が律動すような変化を、オサリバンはちょっと不器用ながら終始誠心誠意演じ感動的だった。特にマクミラン版は、このジュリエットの女性としての成長をひとつのモチーフにしている演出である。

アナ=ローズ・オサリバンは、多国籍化する英国ロイヤル・バレエのダンサーたちの中でダーシー・バッセル、ローレン・カスバートソンなどに続く英国出身のプリンシパルとして、これからのカンパニーをリードする役割りを期待されているのであろう。その点ではさらに深い内面的な表現も求められるのかもしれないが、今回のジュリエットは全身を賭けての熱演だったと思う。
一方、マルセリーノ・サンべはリスボンのコンセルバトワールからロイヤル・バレエスクールに入学し、アッパースクールではオサリバンとは同級生だったそうだ。二人の踊りにもそうした気心の知れた様子が感じられ、それが舞台の雰囲気にも現れて好感を持てるパートナーシップを見せた。
マクミラン版『ロミオとジュリエット』は、フォンテーンとヌレエフによる初演に続いて、アレッサンドラ・フェリとウエイン・イーグリング、近年ではマリアネラ・ヌニェスとフェデリコ・ボネッリ、あるいはフレンチェスカ・ヘイワードとウイリアム・ブレイスウェルなどに踊り継がれてきたが、オサリバンとサンベのペアもまた後世に残る舞台を創ることになるであろう。
(2022年2月3日コヴェントガーデン収録/上映時間:2時間55分)

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© 2019 ROH. Photograph by Helen Maybanks

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© ROH

4月8日(金)よりTOHOシネマズ 日本橋 ほか全国公開

公式サイト:http://tohotowa.co.jp/roh/
配給:東宝東和

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