小さな目標を達成していくことで夢につながる――ローザンヌ国際バレエコンクール第2位の田中月乃に聞く

ワールドレポート/その他

インタビュー=香月 圭

ローザンヌ国際バレエコンクール2022での2位入賞&ベスト・スイス賞を受賞した田中月乃にオンラインで話を聞いた。ローザンヌに至るまでの歩みと将来の夢についても語ってくれた。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2022
© Gregory Batardon_PDL2022

――月乃さんは4歳でバレエを始めて7歳でYOKOクリエイティブバレエに入門されました。この教室での思い出や先生方から学んだことを教えてください。

月乃:先生方からはバレエ以外にも礼儀や人として心がけることについて教えていただきました。人間性というのはバレエを踊っていたら見えるもので、バレエにつながるものだからそれを大切にしなさいということを繰り返し教えていただき、そのことを心がけながら今も過ごしています。チューリッヒに2020年8月から留学していますが、出発前にサプライズでお別れ会を開いていただきました。皆からたくさんメッセージをいただき勇気をもらえたので、皆からの応援を胸にスイスでも頑張っています。

――モントルーの月乃さんのコンテンポラリーの踊りはとても素晴らしかったですが、留学前もその分野のトレーニングを受けていらっしゃいましたか。

月乃:これからのバレエの世界ではコンテンポラリーが踊れることも必要になるということで、年齢の若い時からでも両方できるようにという方針でご指導を受けてきました。

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『TSUKINO』YAGP2018
Photo courtesy of YOKO Creative Ballet

――過去のコンクールに出場されたときに、ご自分の名前『TSUKINO』というコンテンポラリー作品を踊っていらっしゃいましたね。

月乃:あの作品では、主人公が夢を探して模索するような描写から始まり、最後はその夢が見えたという感じで終わります。音楽もホルストの『ジュピター』の曲で、月と木星という天文のコンセプトが合致し、『TSUKINO』というタイトルで審査の先生方にも名前を覚えていただきやすかったのではないか、と思います。個人的にもすごく思い入れのある作品です。

――ローザンヌ国際バレエコンクールを目指そうと思うようになったきっかけをお教えください。

月乃:10年前、7歳のとき菅井円加さんがローザンヌ国際バレエコンクールで優勝したニュースを見た時に、すごい憧れを持ったことを今でもはっきり覚えています。円加さんの演技を見て私もこんなふうに踊りたい、こんな舞台に立ちたいと思うようになり、それ以来ローザンヌを目標にしてバレエを頑張るようになりました。

――11歳のときOsaka Prix 2016 ジュニアの部で優勝するなど、様々な国内コンクールで上位入賞するようになっていきましたね。

月乃:ローザンヌに出場したいという夢は常に抱いていましたが、先生から与えられたり自分で決めた課題を克服していく、または近い目標を達成していくことで夢につながるということを先生に教えていただきました。コンクールでは賞をとるのが目的ではなく、そこでどう踊るか、どのように自分を成長させるかということを目標にしていました。

――2019年2月にサンクトペテルブルクのエルミタージュ劇場でガラ公演で『ダイアナとアクテイオン』グラン・パ・ド・ドゥに出演なさったそうですが、パ-トナーはどなたでしたか。

月乃:一緒に踊ってくださったのはロシアの劇場で働いていらっしゃる小笠原征諭さんです。ロシアは初めてだったので、ちょっと不安もありましたが、優しくサポートしていただいて、すごく良い思い出です。

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2019年サンクトペテルブルクのエルミタージュ劇場で小笠原征諭と
Photo courtesy of YOKO Creative Ballet

――このガラ公演に出演されるきっかけというのは何でしたか。

月乃:2018年に行われた「第4回びわ湖洋舞コンクール」に出場させていただいた時、ゲスト審査員のアンドレイ・バターロフ先生から「マスタークラス&ガラ公演」に参加するメンバーに選ばれたのです。

――チューリッヒ・ダンス・アカデミーの留学はどのようにして決まりましたか。

月乃:2020年1月、「ヴィクトワールバレエコンペティション in 神戸」に参加した時にチューリッヒ・ダンス・アカデミー芸術監督のシュテフィ・シェルツアー先生がいらして、先生のワークショップを受けてそのコンクールで特別賞という形で短期のスカラシップをいただきました。ですが、新型コロナウィルス感染拡大の影響で5月に留学する予定が行けなくなってしまい、しばらくの間はスイスと日本をオンラインでつないでレッスンしていただいていました。そうしてあらためて年間での留学のオファーをいただき、その年の8月からチューリッヒ・ダンス・アカデミーに入学しました。

――アカデミーの授業は英語で行われていますか。

月乃:学校から一歩出ればドイツ語ですが、学校では全て英語です。英語の授業もあります。

――日本の通信制高校でも学ばれているのですね。

月乃:オンラインで動画の授業を視聴して確認テストを受けたり、レポートを提出することもあります。夏や冬の長期休暇で日本に帰国した際に、実際に登校して対面で授業を受けてレポートを出して学習しています。

――実際に留学してみて、生活に慣れるまでは大変でしたか。

月乃:いえ、私の場合は困ったことが全然なくて。ホームステイ先の家族はとてもいい方々です。パパがレストランを経営しており、毎日美味しいご飯が食べられます。ママは元プロのバレエ・ダンサーで今はプライベート・スクールで教えていらっしゃるので、本当に恵まれていると思います。学校では最初の頃、英語で理解できないこともありましたが、クラスメイトとも仲良くなっていったので、分からないことは誰かに聞いて授業にも徐々に慣れていきました。

――ローザンヌ国際バレエコンクールに応募することが決まった経緯をお教えください。

月乃:この学校に留学しようと決めたのも過去にローザンヌに出場された先輩方がいらっしゃったからです。子どもの頃の夢に少しでも近づけるようにという思いもあり、この学校を選びました。ある日、先生方から「ローザンヌに挑戦してみないか」というお話をいただき、それで応募することになりました。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2022『ジゼル』© Gregory Batardon_PDL2022

――クラシック・ヴァリエーションで『ジゼル』を選んだ理由は何でしたか。

月乃:私自身、ずっと踊ってみたかったヴァリエーションでもあり、日本とスイスの先生方も私に『ジゼル』が一番似合うんじゃないかとおっしゃっていただき、皆の意見が一致して『ジゼル』を踊ることになりました。留学先の学校の衣装は私には大き過ぎたため、スイスの先生が「日本のバレエの衣装は可愛いから、日本で作ったらどうかしら?」とのアドバイスもあり、衣装は日本で用意することになりました。日本の先生が私に似合う色や スカートの形などをすごく考えてくださって、衣装のご担当者様に伝えていただきました。仕上がりにはすごく満足しています。
10月くらいからヴァリエーションのリハーサルが始まりましたが、日本だったらもっと早くから準備していたので、10月からでは残り4ヶ月しかないのではと不安にもなりましたが、毎日練習を重ね、先生もすごく熱心に指導してくださったので、本番では自信を持って臨めてよかったです。

――コンテンポラリー・ヴァリエーションではキンスン・チャン振付作『エコー』を選択されました。

月乃:課題曲のビデオをいろいろ見て検討した末、私はこの作品が一番いいと思い、先生にこれを踊りたいとお伝えしたところ、先生も「ジゼルとの対比でこの作品で鋭さや強さ、そして動きの素速さを見せることができるね」ということで決定しました。

――太鼓の音だけの音楽でしたが、振りを覚えるのは大変ではなかったですか。

月乃:メロディがある曲だったら歌いながら踊ることができますが、この音楽は歌えないのでずっとカウントを取っています。ですからカウントを失った時に後でキャッチアップすることは不可能で、曲を途中から流してやり直すということができないのです。太鼓のリズムは変わりますが、そこが1番難しかったです。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2022にて『エコー』© Gregory Batardon_PDL2022

――今年のローザンヌ国際バレエコンクールは従来とおりの対面で行われ、バレエ・クラスではエリザベット・プラテル先生やニコラ・ビアスッティ先生などが担当されましたが、その感想をお教えください。

月乃:エリザベット先生はパリ・オペラ座のフレンチ・スタイルで、チューリッヒの学校ではロシアのスタイルをベースに学んでいたので、アームスの付け方や音の取り方など少し違っていました。アレグロが難しく感じましたし、振付を覚えるのが苦手なほうだったので多少戸惑いもありましたが、一週間を通してスムーズに慣れていきました。とても新鮮なレッスンで、楽しんで受けることができました。ビアスッティ先生も普段受けているレッスンと少し違う面もありましたが、チューリッヒでのクラスと似ている点も多く、エリザベット先生のクラスよりは多少リラックスして臨むことができました。

――モントルーでのアーマンド・ブラズウェル先生のコンテンポラリー・クラスはいかがでしたか。

月乃:アーマンド先生はとても楽しく面白い方で、クラスも本当に楽しかったです。先生にエクササイズを振付けていただいて、それを踊り込んでいくのではないかと予想していましたが、全体的に全てインプロ(即興)でした。大まかな動きのイメージを先生が提示して、後の裁量はそれぞれのダンサーに任せる感じで進行していきました。エクササイズの振付をいただいて踊る時も、もちろん自分らしさを出すことを意識しますが、インプロの時は体を自由に使って心をより開放して、思うままに自己表現できたのではないかと思います。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2022 コンテンポラリー教師のアーマンド・ブラズウェルと
© Gregory Batardon_PDL2022

――クラシック・ヴァリエーションのコーチはクレールマリ・オスタ先生でしたね。

月乃:コーチングは6分ぐらいの長さで2回行われました。全体的にアームスをもう少し柔らかく使うようにと注意していただきました。最後のマネージュについては、足は鋭く手はソフトに使い、強すぎる印象を抑えて柔らかくフィニッシュするようにといったことを教えていただきました。また、初めのマイムのところはもっと感情を乗せてはっきり伝わるように、顔だけではなく上半身や腕、胸などを使うようにというアドバイスをいただいてすごく勉強になりました。

――コンテンポラリーのコーチはオーレリ・ガイヤールさんでしたが、いかがでしたか。

月乃:『エコー』を踊る女の子の人数が多かったので、コーチングの時ちょっと動きにくかったですが、先生に言われたことは「もっと大きく動きなさい。手を動かすときは呼吸を使い、肩甲骨や背中から腕を動かすこと。鋭さ、強さだけではなく、強さを引き立たせるための 柔らかさ、余韻を大切にするように」といったことでした。その強弱のつけ方についてはすごく勉強になりました。見本のビデオの踊りにできるだけ忠実にしようと学校のコンテンポラリーの先生と一緒に練習していましたが、実際にコーチに指導していただいたとき、「もう少しこうしてほしい」とアドバイスをいただいたり、角度が違っていた箇所もありました。指摘を受けた点はすぐ治すということもコンクール期間中の課題でした。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2022『エコー』のコーチ、オーレリ・ガイヤールと
© Rodrigo Buas_PDL2022

――セレクション(順決選)のクラシックの舞台では途中転んだ後、何事もなかったような笑顔で復帰し、ダメージを感じさせなかった点がすごいと思いました。そのときはどのような気持ちでしたか。

月乃:転んだときは本当に焦りましたが、後半では自分が今できることを最大限見せようと集中して、失敗のことを引きずらず最後まで踊り切ることができました。

――コンテンポラリーの舞台は太鼓のリズムにぴたりと合った音楽性と『ジゼル』で見せた可愛らしい感じから一転、シャープな雰囲気で格好よかったです。そのときの感想を教えてください。

月乃:「舞台に一歩出たら、会場の雰囲気をガラッと変えるような気持ちで踊りなさい」と先生がいつもおっしゃっていました。今回の本番でも、舞台に一歩踏み出した時に会場で見てくださってる方を惹きつけるよう心がけて踊り、強さを視線で表したり最後まで感情を切らさずに終えることができました。踊り終わった時には、生まれ変わったように新鮮な気持ちになりました。

――会場には日本からもYOKOクリエイティブバレエの吉田洋子先生が駆けつけたほか、チューリッヒ・ダンス・アカデミーの校長、オリヴァー・マッツ先生も審査員として臨席されていましたね。入賞後、先生方からいただいた言葉を教えてください。

月乃:洋子先生からは「おめでとう!よく頑張ったね」というお言葉をいただきました。私にとっても先生にこの舞台で踊る姿を見ていただくのは、恩返しでもあり一つの夢でもあったので、そう言っていただけてすごく嬉しかったです。オリヴァー先生にはコンクールが始まる前に「自分を信じて、自分らしく踊りなさい」と言われました。授賞式が終わった後、「だから私が言った通りでしょう?自分を信じてどんなに小さくてもコンプレックスがあったとしても、自分を信じて自分らしくあれば誰かが評価してくれる」と言われました。「自分」を信じることは必要だとあらためて思いました。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2022のモントルーの会場でYOKOクリエイティブバレエの吉田洋子先生と
Photo courtesy of Tsukino Tanaka

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ローザンヌ国際バレエコンクール2022の会場でヤスミン・カヤバイと
Photo courtesy of Tsukino Tanaka

――コンクールの雰囲気はいかがでしたか。

月乃:フレンドリーな感じでした。最初のバレエ・クラスが終わった後に、そのレッスンで教えられたコンビネーションをその後のクラスでも毎回踊るためその振付を覚える必要があったのですが、レッスン後、皆で集まって振りの確認をし合いました。ランチの時にはちょっと雑談したりと、すごくアットホームな雰囲気でした。

――チューリッヒ・ダンス・アカデミーからは、トルコ出身のヤスミン・カヤバイさんも出場し、観客賞を受賞しました。彼女とは学年やグループが違いますが、学校やモントルーの会場で話すことはありますか。

月乃:ヤスミンとは年齢は違いますが学校では一緒のクラスで、普段も一番よく喋るお友達です。可愛くて妹みたいに感じていますが、時には自分を助けてくれたりもする心強い存在でもあります。コンクールの会場では「今日は体調どう?」など声をかけ合って心が和みました。クラスはジュニアとシニアで分かれていたのですが、お互いを励まし合っていました。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2022
© Gregory Batardon PDL2022

――チューリッヒ・ダンス・アカデミーからは近年、佐々木須弥奈さん、住山美桜さん、ルカ=アブデル・ヌールさんなどローザンヌ国際バレエコンクールで入賞する生徒さん達を多数輩出しています。

月乃:入賞した時には学校の先輩方から「おめでとう!」と喜んでいただいて、「これからまたどこかの舞台で見られるのを楽しみにしてるよ」と声をかけていただき、すごく嬉しかったです。エジプト出身のルカ君とは1年間一緒でした。タンツ(チューリッヒ・ダンス・アカデミー)は本当に国際色豊かで、学生は様々な国から来ているのでいろんな文化を学べてすごく面白いです。

――今後のご予定をお教えください。

月乃:通常はもう一年学んで卒業なのですが、就職を考えているので今年で学校を卒業してどこかのカンパニーに入れたらいいなと考えています。

――憧れのダンサー、または好きなダンサーは誰ですか。

月乃:マリアネラ・ヌニェスさんです。テクニックはもちろんすごいのですが、自然な表現や表情を舞台で見せられるのは本当に素晴らしいなと思います。彼女の舞台を拝見するたびにそのような表現が出来る人になりたいと思います。

――将来踊ってみたい、または好きな作品はありますか。

月乃:好きなバレエは『眠れる森の美女』で、いつか全幕で踊れる日が来ればいいなと思います。今回踊った『ジゼル』も全幕で挑戦してみたいです。クラシックと同じようにコンテンポラリー作品も踊っていけたらいいなと思います

――将来どんなダンサーになりたいですか。

月乃:見る人の心を良い方向に動かして踊る楽しさや喜びをお届けし、感動を与えられるようなダンサーになりたいと思っています。

――バレエ・ファンの皆さんへメッセージをお願いします。

月乃:日本でバレエに触れる機会は諸外国に比べるとまだ少ないと思われますが、そういった中でバレエを観ていただけるのはすごく嬉しいです。日本でもバレエ文化をもっと身近で有名なものにできるように頑張っていきたいと思いますので、これからも応援していただけたら嬉しいです。

――プロのバレエダンサーを目指す皆さんへひと言お願いします。

月乃:まず夢を持つことはすごく大事なことだと思います。その夢を実現させるために私は近い目標からクリアしていきました。例えば、先生に注意していただいたことを忘れずに毎日意識していくことなど、少しづつ積み重ねていくことでいつかきっと夢に近づいていくと思うので、小さなことから頑張ってみてください。

――お忙しいところ、たくさんの質問にお答えいただき、ありがとうございました。これからも月乃さんのご活躍を楽しみにしています。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2022授賞式 © Gregory Batardon PDL2022

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