タマラ・ロホ新演出版『ライモンダ』が来年早々に初演される、イングリッシュ・ナショナル・バレエ
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ワールドレポート/ロンドン
香月 圭 text by Kei Kazuki
イングリッシュ・ナショナル・バレエ芸術監督タマラ・ロホが、1850年代のクリミア戦争で活躍した看護師ナイチンゲールを題材に、初めて振付・演出した新版『ライモンダ』が2022年1月、ロンドン・コリシアムほかで上演される。
1898年にマリインスキー劇場で初演以来踏襲されてきた従来の『ライモンダ』では、中世を舞台に十字軍の騎士ジャン・ド・ブリエンヌとサラセンの騎士アブデラクマンがライモンダをめぐって恋のさや当てが展開するが、タマラ・ロホはライモンダを演じる度に、このヒロインの人物造形に物足りなさを常々感じていたのだという。アブデラクマンの性格や行動も西洋人中心主義のなかで対立的に設定された異国人といった従来の紋切り型の人物として登場するため、現代の観客には共感が得られにくい。タマラ・ロホは「『ライモンダ』は物語に検討の余地がありますが、グラズノフの音楽やプティパの振付といった芸術面は後世に引き継いでいくべきと考えられます」と語る。
『ライモンダ』リハーサルにて
English National Ballet in rehearsal for Raymonda by Tamara Rojo © Laurent Liotardo
タマラ・ロホはドラマトゥルク(作劇)のルシンダ・コクソンと新たな女性像を求めて入念なリサーチを重ねた末、クリミア戦争で活躍した看護師フロレンス・ナイチンゲールをモデルにストーリーを展開していくことにしたという。「クリミアの天使」と称されたナイチンゲールは男性の庇護に頼るしかなかった従来の女性と異なり、経済的に独立して自活することができたイギリスの新世代の女性の一人だった。タマラ・ロホの新演出版では、ライモンダは安住な生活を捨てて看護師となりクリミア戦争に赴く。彼女は兵士ジョン(ジャン・ド・ブリエンヌに相当する役)と婚約するが、ジョンは戦地へ赴任することになり、彼の留守中のライモンダの世話を友人であるオスマン帝国軍の上官アブドゥル(アブデラクマンに相当する役)に託して旅立つ。アブドゥルは教養のある紳士的な人物として描かれており、ライモンダは彼の優しさに心を揺り動かされる。
『ライモンダ』の初演でタイトル・ロールを演じたのは1890年代に活躍した技巧派バレリーナ・アッソルータ、イタリアのピエリーナ・レニャーニだった。プティパは彼女の身体能力の高さを存分に活かした振付を行った。ライモンダのヴァリエーションが全幕を通して5つにも及んだ理由の一端がこの辺りにもあるのではと納得させられる。
今回、編曲を担当したギャヴィン・サザーランドと振付リサーチ・舞踊譜担当のダグ・フリントンはハーヴァード大学所蔵の舞踊譜のコレクション「セルゲイエフ・コレクション」より『ライモンダ』のノーテーションを閲覧し、プティパ存命時に採譜した原典にあたった。この舞踊譜はニコライ・セルゲイエフがステパノフ式記譜法で著したものである。主役ライモンダの振付はプティパのオリジナル版をできるだけ活かしているという。一方、プティパが活躍した19世紀末頃の男性ダンサーは、女性の踊りのサポートに徹し、現在のように華麗なテクニックを披露することはなかったという。新版におけるジャン・ド・ブリエンヌ(ジャン)やアブデラクマン(アブドゥル)をはじめとした男性陣の踊りは、通常の現代バレエ作品の様式に則った勇壮な跳躍や回転技などが取り入れられたものとなっている。
『ライモンダ』リハーサルにて、鈴木絵美里、ダニエル・マコーミック
English National Ballet's Emily Suzuki & Daniel McCormick in rehearsal for Raymonda by Tamara Rojo © Laurent Liotardo
『ライモンダ』リハーサルにて、前列中央はイサック・ヘルナンデス
Isaac Hernández & English National Ballet dancers in rehearsal for Raymonda by Tamara Rojo © Laurent Liotardo
アレクサンドル・グラズノフの音楽はプティパが創作した登場人物の行動や感情の動きなどに寄り添っているため、この作品をよく知る観客であれば、グラズノフの楽曲を聴くと従来版のストーリーへ引っ張られてしまいがちだという。タマラ・ロホの新演出版では、登場人物の描写をさらに丁寧に行うべく1幕の上演時間を延長するなどの改変が行われ、グラズノフのスコアもその変化に合わせてギャヴィン・サザーランドとアレクサンドル・ペインが編曲を行っている。第3幕では通常ピアノで演奏されるエキゾチックな音調のライモンダのヴァリエーションが、ハンガリーを中心とする東欧で用いられる打弦楽器「ツィンバロム」で演奏される。また、「ハーディ・ガーディ」というハンドルと鍵盤で演奏する弦楽器も3幕に登場する。
舞台美術・衣装を担当したアンソニー・マクドナルドは、クリミア戦争を撮影したロジャー・フェントンの写真に触発され、舞台美術や衣装の構想を練り上げていった。舞台にも当時の人物の写真を引き伸ばした二次元の人体モデルが複数並ぶ。タマラ・ロホから「この作品ではチュチュではないものを」という指針が示され、クリミア戦争当時に撮影された写真を参考に630点にも上る衣装を創り上げていった。トニー・リチャードソン監督の1968年のクリミア戦争を描いたイギリス映画『遥かなる戦場』も参考にしたという。
リハーサルを捉えた写真や動画では高橋恵理奈、加瀬栞のほか、鈴木絵美里の姿も見られる。
アンソニー・マクドナルドがデザインした看護師の衣装を着た高橋絵里奈
Erina Takahashi wears Raymond's nurse costume designed by Antony McDonald for English National Ballets Raymonda by Tamara Rojo
『ライモンダ』リハーサルにて、加瀬栞
English National Ballet's Shiori Kase in rehearsal for Raymonda by Tamara Rojo © Laurent Liotardo
イングリッシュ・ナショナル・バレエ
『ライモンダ』
ロンドン・コリシアム 2022年1月13日〜23日、メイフラワー・シアター(サウサンプトン)2022年11月30日〜12月3日
◆イングリッシュ・ナショナル・バレエ公式サイト『ライモンダ』
https://www.ballet.org.uk/production/raymonda/
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