マリインスキー劇場「バレエ・ガラ」名教師コワリョーワ先生を囲んで、ヴィシニョーワら教え子が見事に踊った

ワールドレポート/その他

梶 彩子 text by Ayako Kaji

Mariinsky Theatre BALLET GALA Marking the anniversary of Lyudmila Kovaleva
マリインスキー劇場「バレエ・ガラ」リュドミラ・コワリョーワ先生を記念して

I. PAS DE QUATRE Music by Cesare Pugni Choreography by Anton Dolin
『パ・ド・カトル』チェーザレ・プーニ:音楽 アントン・ドーリン:振付:
II. "PAQUITA" GRAND PAS Music by Ludwig Minkus Choreography by Marius Petipa (1881) Reconstruction and staging of Marius Petipa's choreography: Yuri Burlaka
『パキータ』よりグラン・パ リュードヴィグ・ミンクス:音楽 マリウス・プティパ:振付(1881年)ユーリー・ブルラーカ:振付復元
III. THE OLD MAN AND ME Music by J.J. Cale, Igor Stravinsky, Wolfgang Amadeus Mozart  Choreography by Hans van Manen
『老人と私』J. J. ケイル、イーゴリ・ストラヴィンスキー、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト:音楽 ハンス・ファン・マーネン:振付:
IV. MARGUERITE AND ARMAND  Music by Franz Liszt (Piano Sonata in B Minor)  Orchestrated by Dudley Simpson Choreography by Frederick Ashton
『マルグリットとアルマン』フランツ・リスト(ピアノソナタロ短調):音楽 ダドリー・シンプソン:オーケストレーション フレデリック・アシュトン:振付:

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Photo by Natasha RazinaⒸMariinsky Theatre

2021年7月8日、ワガノワ・バレエ・アカデミーの伝説の名教師リュドミラ・コワリョーワ先生の生誕80周年を記念したガラ公演がマリインスキー劇場で行われた。
リュドミラ・コワリョーワ先生は元キーロフ・バレエのソリストで、引退後ワガノワ・バレエ・アカデミーの教師に転身。生徒の長所と個性を伸ばす教授法で、ディアナ・ヴィシニョーワ(95年卒)を筆頭に多くのスターダンサーを送り出し、教師生活は約40年になる。日本人ではマリインスキー・バレエの石井久美子や、モスクワ音楽劇場バレエの直塚美穂らが師事した。

公演は三部構成で、第一部では『パ・ド・カトル』と『パキータ』のグラン・パ、第二部では『老人と私』、第三部で『マルグリットとアルマン』が上演された。このうち『パキータ』のグラン・パを除く全ての作品にヴィシニョーワが主演しており、ヴィシニョーワ主催といっても良いほどの出ずっぱりであった。実際、5年前の2016年4月1日にもコワリョーワ先生を記念した公演が行われており、「ディアナ・ヴィシニョーワ。先生に敬意を表して」というタイトルであったことからも、今回の公演もヴィシニョーワが主導しているのだろう。

冒頭、劇場総裁ゲールギエフが舞台上に花束を持って登場し、コワリョーワ先生に、ソ連崩壊後、新世代のダンサーを育ててきた功績を称え、感謝の言葉を述べた。

第一部の『パ・ド・カトル』は、1845年、当時最高のバレリーナ4人(マリー・タリオーニ、カルロッタ・グリジ、ファニー・チェリート、ルシル・グラーン)に振付けたジュール・ペローの作品で、プロットの無いロマンティック・バレエ。原振付は残っていないが、当時のリトグラフをもとにしたアントン・ドーリンの振付(1941年初演)がマリインスキー劇場のレパートリーに入っている。ヴィシニョーワ(タリオーニ)、オリガ・スミルノーワ(グラーン)、クリスティーナ・シャプラン(グリジ)、アナスタシア・ルキナ(チェリート)というガラ公演ならではの組み合わせで、程よい緊張感のあるバレリーナたちの優美な競演を見た。コワリョーワ先生がかつて踊ったグラーンのパートを、今回はボリショイ・バレエのプリンシパル、オリガ・スミルノーワ(11年卒)が好演した。

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『パ・ド・カトル』ⒸIrina Tuminene

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『パ・ド・カトル』オリガ・スミルノーワ
Photo by Natasha Razina Ⓒ Mariinsky Theatre

『パキータ』のグラン・パでは若手が出揃い華やいだ。抜きんでていたのがアナスタシア・ルキナ(15年卒)。丁寧で伸びやかな踊りが好印象で、しなる膝下から高い甲までのラインが生かされて美しかった。ソリストを務めたマリア・ホーレワ(18年卒)は、アカデミーの卒業公演やマリインスキー・バレエでの『パキータ』主演で踊り慣れているだけあり、バロネやフェッテも危うさを感じさせず、さすがの安定感を見せた。また、マリア・ブラーノワ(18年卒)がダイナミックな跳躍で目を引いた。他にもミハイロフスキー・バレエでソリストとして踊るアナスタシア・スミルノーワ(20年卒)や、マリインスキー・バレエで活躍するアナスタシア・ヌイキナ (18年卒)、ダリア・イオノワ(18年卒)、ズラータ・ヤリーニチ(08年卒)がそれぞれヴァリエーションを披露した。総じて動きがダイナミックで脚が強い印象を受けた。ホーレワと共にソリストを踊ったウラジーミル・シクリャローフも華を添えた。

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『パキータ』よりグラン・パ マリア・ホーレワとウラジーミル・シクリャローフ
Photo by Natasha RazinaⒸMariinsky Theatre

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アナスタシア・ヌイキナ
Photo by Natasha RazinaⒸMariinsky Theatre

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ダリア・イオノワ
Photo by Natasha RazinaⒸ Mariinsky Theatre

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アナスタシア・スミルノーワ
Photo by Natasha RazinaⒸMariinsky Theatre

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『老人と私』ⒸIrina Tuminene

第二部の『老人と私』は、ハンス・ファン・マーネンの作品で、1996年にネザーランド・ダンス・シアターで初演された。J. J. ケイル("The Old Man and Me")、ストラヴィンスキー(『サーカス・ポルカ』))、モーツァルト(『ピアノ協奏曲第21番ハ長調K. 467 第二楽章』)の音楽が順に用いられる。
老人(マラーホフ)に興味津々の私(ヴィシニョーワ)。J. J. ケイルの歌詞――魚釣りをする老人とその様子を見つめる私を描く――と重なり合うように、私は老人と距離をつめていく。お互いに空気を吹き込み合うユーモラスなシーンでは思わず笑みが浮かび、ヴィシニョーワは茶目っ気たっぷりの笑顔を客席に見せる。『サーカス・ポルカ』に合わせて威勢よく行進したかと思えば、モーツァルトのピアノ協奏曲ではつらい別離が描かれる。ベンチが時に対話の場として二人をつなぎ、時に壁のように二人を分かつものとして用いられ興味深かった。老いることの仄暗い哀しみのただよう作品だった。
レヴァランスでふらふらと力なくマラーホフに歩みよるヴィシニョーワを、マラーホフがきつく抱きしめた。まるで一つの人生を生き切ったような疲労感が見て取れた。マラーホフはあまり老人には見えなかったが、良いパートナーシップだった。

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『老人と私』ⒸIrina Tuminene

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『老人と私』ⒸIrina Tuminene

ガラ公演を締めくくる第三部の『マルグリットとアルマン』(振付:フレデリック・アシュトン)では、ヴィシニョーワの女優としての一面が遺憾なく発揮された。アレクサンドル・デュマ・フィスの『椿姫』を原作に、高級娼婦マルグリットの死の床のプロローグから始まり、彼女の回想という形で、青年アルマンとの出会い、二人きりの逢瀬、決別、マルグリットの死が5つのパ・ド・ドゥで描かれる。
コワリョーワ先生はヴィシニョーワの目を見てアカデミーに入学させたというが、なるほど物語る印象的な目で終始惹きつけられた。アルマンとの出会いでは瞳を輝かせ、目だけで思いを通じ合わせる。アルマンの父に別れるよう告げられると、愛の喜びに満ちた目は、身を引くほかない憂いと悲しみに満ち溢れる。社交の場で作り笑顔もできなくなるほど病に侵されたところに、何も知らぬアルマンに怒りをぶつけられその目はついに光を失う。出会いから死まで愛のドラマを細部まで丁寧に演じ切った。悲しく美しいファム・ファタールをドラマチックに演じながら、ラインの美しさやつなぎのなめらかさにも十二分に気が配られており、ヴィシニョーワの芸術の至高を垣間見た。アルマンを演じたティムール・アスケローフは脚のラインが大変美しく踊りも安定しており、マイムも品があって良かった。

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『マルグリットとアルマン』ⒸIrina Tuminene

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『マルグリットとアルマン』ⒸIrina Tuminene

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カーテンコール ⒸIrina Tuminene

最後のナンバーのカーテンコールの後、再び幕が上がると、ステージの真ん中にはコワリョーワ先生が佇み、客席から惜しみない拍手が送られる。コワリョーワ先生は両手をいっぱいに広げ、万感の思いを抱きしめるようにそっと胸に手を組んであてお辞儀をした。そして、ドレスアップした教え子たちが次々と登場し、手にした花束を先生の足元に置いてゆき、ハグやキスで恩師を祝福する。ヴィシニョーワやオリガ・スミルノーワのように、アカデミー卒業後も先生に教えを乞うダンサーは多い。ずらりと並んだ教え子たちに囲まれるコワリョーワ先生を見て、先生は彼女たちにとって「アカデミー時代の先生」以上の存在なのだと改めて感じた。教え子たちが一堂に会し先生に感謝の気持ちを公に示す機会が、ガラ公演という形で設けられたことはとても喜ばしい出来事だった。
(2021年7月8日 マリインスキー劇場)

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アナスタシア・ルキナ
Photo by Natasha RazinaⒸ Mariinsky Theatre

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ズラータ・ヤリーニチ
Photo by Natasha RazinaⒸMariinsky Theatre

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マリア・ブラーノワ
Photo by Natasha RazinaⒸMariinsky Theatre

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マリア・ホーレワ
Photo by Natasha RazinaⒸMariinsky Theatre

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