マリインスキー劇場の白夜祭、若手振付家ワルナワの『ダフニスとクロエ』をゲールギエフの指揮で鑑賞

ワールドレポート/その他

梶 彩子 text by Ayako Kaji

The Mariinsky Theatre マリインスキー劇場

Daphnis et Chloé 『ダフニスとクロエ』
ballet by Vladimir Varnava set to music by Maurice Ravel
ウラジーミル・ワルナワ振付、モーリス・ラヴェル音楽

フォーキン振付『ダフニスとクロエ』(音楽:ラヴェル)はディアギレフのバレエ・リュスによりパリで1912年に初演され、タイトルロールはニジンスキーとカルサヴィナが踊った。初演版の振付は消失したが、その後アシュトンやミルピエら多くの振付家が『ダフニスとクロエ』を手掛けてきた。今回鑑賞したのはマリインスキーで2019年にロシアの若手振付家ウラジーミル・ワルナワによって初演された版である。ワルナワはロシアで最も成功している若手振付家の一人で、マリインスキー劇場では『ダフニスとクロエ』の他に、『粘土』(音楽: ダリウス・ミヨー、2015年初演)、『ヤロスラヴナ。日食』(音楽: ボリス・チーシェンコ、2019年)、『屋根の上の牡牛』(音楽: ダリウス・ミヨー、2020年)などのオリジナル作品がレパートリーに入っている。ワルナワ作品は、『ヤロスラヴナ。日食』以外はマリインスキーのコンサートホールという小さな会場で上演されることがほとんどで、今回の上演もコンサートホールで行われた。

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Photo by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

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Photo by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

2世紀に古代ギリシアの作家ロンゴスによって書かれた『ダフニスとクロエ』は若き恋人たちの恋物語だが、ワルナワ版ではストーリーを辿ることはせずに、「文明が進んだ現代に生きる人間が、古代ギリシアのような自然との一体感を持ち続けているのか」 という問いを投げかけている。
現代のオフィスワーカーたち(5人のダフニスと5人のクロエ)がスーツを脱ぎ捨て踊り、ダフニスとクロエに回帰する。舞台美術及び衣装を手掛けたパーヴェル・セムチェンコは主に演劇で活躍してきた舞台美術家で、動物の頭の被り物を取り入れたり、銀色の細枝を土台の上に差し込む作業を退屈なオフィスワークに見立てるなど独特な作品世界をつくりあげた。赤い棒、巨大な赤い薔薇の花束、後半ダンサーが身に着ける衣装に見られる「赤」が、野性的な衝動を象徴するものとして機能していたのも興味深かった。
羊と山羊の頭の被り物をして横たわる二人のダンサーが、さながら墓地から蘇るように起き上がる場面から始まる。天井から吊り下げられた月や天体は神秘的に動き、音楽に踊りが連動し、クライマックスの乱舞へとつながる。静から動へ、オフィスワークからダンスへ、オフィスから自然へ、スーツから生身の身体へと、わかりやすい変化が重ねられていく。
草をはむように口をもぐもぐさせたり、クロエたちが「メェェ」と羊や山羊の鳴声を発したり四足歩行で歩いたりといった動物らしさや、ダフニスとクロエが互いに関心を抱くシーンや愛を交わす場面に満ち溢れる野性的な好奇心や喜びは、プリミティヴな踊りへの欲望と結びつき、ダフニスたちとクロエたちはより激しく踊りに没頭する。
特に中盤の一組のダフニス(マルコ・ユーセラ)とクロエ(ヴェロニカ・セリヴァーノワ)が愛を交わすデュエットが美しく印象的だった。見えないボールのような何かを全身で投げ合い大事そうに受け止め合う場面もよかった。そして何より序盤のオフィスを思わせるシーンでは無表情だったダンサーたちが、踊りに身を任せるにつれ何かに取りつかれた様にうっとりとする変化がとても自然で、惹きこまれた。ワルナワが自ら選抜したという10人のダンサーたちはそれぞれ個性的で、特にブリリョーワがしなやかで目を引いた。創作の過程ではダンサーたちの即興も用いられたという。現代を生きる振付家とダンサーとの対話の中で生まれた作品が、劇場のレパートリーになっていくことは非常に重要である。今後もワルナワとのコラボレーションが続いていって欲しい。

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Photo by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

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Photo by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

強いて言えば、身体言語に着目したというのであれば、クラシック・バレエの美学からもっと解放された動きを見たかった。
とはいえ、物語を追わない現代の視点からのアプローチは面白く十分楽しめる作品だった。ラヴェルの音楽もバレエのために書き下ろされただけあって「踊らせる」メロディに溢れていた。上演時間の小一時間はあっという間に過ぎ、鑑賞後は不思議な爽快感に包まれた。加えてゲールギエフの指揮も素晴らしかった。余談だがマエストロはカーテンコールに登場しダンサーと共に拍手喝采を浴びた後、マリインスキー新劇場に移動しプラシド・ドミンゴが客演したオペラ『シモン・ボッカネグラ』を約三時間に渡って指揮した。タフである。
*掲載写真は公演当日のものとは異なります。
(2021年6月25日 マリインスキー劇場コンサートホール)

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Photo by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

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Photo by Valentin Baranovsky © State Academic Mariinsky Theatre

『ダフニスとクロエ』
指揮:ワレーリー・ゲールギエフ
ダンサー:
ダフニス/マクシム・ゼーニン、アレクセイ・ネドヴィガ、大澤ホロウィッツ有論、ワフタング・ヘルヘウリーゼ、マルコ・ユーセラ
クロエ/ヴィクトリア・ブリリョーワ、エカテリーナ・ペトローワ、アルビーナ・サティナリエワ、ヴェロニカ・セリヴァーノワ、アンナ・スミルノーワ

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