パフォーミング・アーツの新たな地平を目指すフェードラ賞の授賞式が王立モネ劇場で行われた

ワールドレポート/その他

香月 圭 text by Kei Kazuki

パリ・オペラ座やハンブルク州立歌劇場の音楽監督を務めたスイスの作曲家ロルフ・リーバーマンが提唱した「次世代の芸術家を支えていくべきだ」という理念に、ヨーロッパの篤志家たちが賛同して、2014年にネットワーク「フェードラ・プラットフォーム」が立ち上げられた。劇場やオペラハウス、音楽や演劇フェスティバル、ダンス・カンパニーといった文化団体が参加して、ヨーロッパを中心にアメリカやオーストラリアを含め、その広がりは26カ国96団体に及んだ。近年はこの仕組みを使って国際共同制作される良質な作品が増えてきた。
そして2014年より、オペラとバレエの革新的な作品を創作する有望なクリエイターや国際共同チームを表彰する「フェードラ賞 Fedora prizes」が始動。現在はオペラ、バレエ、教育、デジタルの4部門がある。
バレエ部門では、ジョージ・バランシンやバンジャマン・ミルピエの創作活動をサポートしたり、妖精やバレリーナ・モチーフのアクセサリーのコレクションなどでも知られるフランスのハイ・ジュエリー・ブランド「ヴァン・クリーフ&アーペル」が賞のスポンサーとなっている。
バレエ賞の審査員は、ユーリ・ファテーエフ(マリインスキー・バレエ)、オーレリ・デュポン(パリ・オペラ座バレエ)、ローラン・イレール(国立モスクワ音楽劇場バレエ)、テッド・ブランセン(オランダ国立バレエ)、マニュエル・ルグリ(ウィーン国立バレエ在籍時に担当)、ケヴィン・オヘア(英国ロイヤル・バレエ)、タマラ・ロホ(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)、ニコラ・ル・リッシュ(スウェーデン王立バレエ)、エレオノーラ・アッバニャート(ローマ歌劇場バレエ)、イーゴリ・ゼレンスキー(バイエルン国立バレエ)などが歴任している。

Peter-de-Caluwe-and-Edilia-Gänz-at-the-Royal-Theatre-of-La-Monnaie---FEDORA-Prizes-Award-Ceremony-2021---©-Tristan-Piechocki.jpg

王立モネ劇場でのフェードラ賞2021授賞式にて司会のピーター・デ・カルウェ劇場総裁とフェードラ・ディレクターのエディリア・ゲンツ © Tristan Piechocki

フェードラ賞の授賞式は、2021年6月17日にブリュッセルの王立モネ劇場で無観客、オンラインで行われた。モネ劇場は、ベジャールの二十世紀バレエ団やアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル率いるローザスの本拠地だったことで知られ、バレエファンにとっては縁が深い劇場だ。授賞式のホストを務めた劇場総裁のピーター・デ・カルウェは「この1年間、創作を続けてきましたが、ほとんどの欧州の劇場はオンライン配信するところまでしか辿り着いていない。しかし、劇場再開の日は近いと信じます。われわれは創造性、卓越性、革新性といったフェードラと同じ価値観を共有しています。EUの中心、ベルギーの首都ブリュッセルの文化発信地から、今回2020年、2021年の2年間に跨る8つの賞を発表することができて光栄です」と述べた。
フェードラ賞は元来、オペラとバレエの革新的進化を目指し、新たな観客を獲得し次世代へ繋いでいくことを目標としているが、コロナ時代に突入したこともあり、リアルとデジタル手法を組み合わせた斬新な作品が増える傾向にある。

2021年度フェードラ・バレエ賞を受賞したのはイタリアのレッジョ・エミリア劇場財団と振付家のガブリエラ・カリーソ、マラモッティ・コレクション美術館の3つのチームが共同制作した『La Visita』だった。ガブリエラ・カリーソはベルギーのダンス・カンパニー「ピーピング・トム Peeping Tom」をフランク・シャルティエと主宰し、その独創的な視点かつ幻惑的な作風から現代のピナ・バウシュとも称され、たびたび来日公演を行っている。『La Visita』はマラモッティ・コレクション美術館で撮影されている。この美術館はファッション・ブランド「マックス・マーラ」の創始者アキーレ・マラモッティが創始した現代美術プライベート・コレクションを所蔵している。美術館で働く警備員や清掃員はその存在を鑑賞者に対して主張することはないが、彼らは何を考えているのか、という問いをカリーソは投げかけた。美術館ならではのサイト・スペシシック・アート(公開場所を考慮しての芸術作品)として、イタリア北東部エミリア=ロマーナ州で開催されているレッジョ・エミリア・アペルト・フェスティヴァルにて来秋上演予定である。
2021年度フェードラ・バレエ賞の審査員を務めたランバート芸術監督ブノワ・スワン・プッフェー Benoit Swan Poufferは「このプロジェクトが提供する美術館でのダンス体験へのユニークなアプローチは、境界線を曖昧にし、限界を押し広げ、根源的な問いを観客に投げかけた点に感銘を受けました。美術館で働く人々へ寄せる思いから発想した、舞踊と美術が互いに領域を拡張するプロジェクトは、芸術の形態とは一体何であるかを考えさせられます」と講評した。ガブリエラ・カリーソは受賞スピーチで「ピーピング・トムとレッジョ・エミリア劇場財団を代表して、この賞を受賞したことを大変嬉しく思います。特に審査員と賞のスポンサーであるヴァンクリーフ&アーペルに感謝致します。このご支援のおかげで、私たちは美術館という全く新しい領域で、このプロジェクトを生み出し、ダンス・シアターと視覚芸術が出会ったらどうなるか掘り下げ、ダンスが観客とコミュニケーションを取ることができる新たな方法を探求することができました。レッジョ・エミリアでお会いしましょう」と語った。

Peeping-Tom-La-Visita---Fondazione-I-Teatri-Reggio-Emilia,-Italy---©-Oleg-Degtiarov.jpg

Peeping Tom/La Visita choreographed by Gabriela Carrizo - Fondazione I Teatri Reggio Emilia, Italy - © Oleg Degtiarov

2020年バレエ賞はホフェッシュ・シェクター・カンパニーによる『LIGHT: Bach dances (ライト:バッハ・ダンス)』が受賞した。この作品はデンマーク王立劇場で2021年5月8日に世界初演された。審査を務めたフィンランド国立バレエ芸術監督のマドレーヌ・オンネは「この作品は、18世紀のバロック時代のバッハの音楽に現代のコンテンポラリー・ダンスの舞踊言語を組み合わせています。バッハのカンタータにのせてダンス、コーラス、デンマーク・バロック・オーケストラによる演奏が重層的に呼応し合って見事です。審査員はホフェッシュ・シェクターの大いなる才能を確信しています」とコメントした。
シェクターは「死が目前に迫った人々に取材を行い、彼らの証言から〈死〉について考えることによってわれわれの〈生〉についての感覚が研ぎ澄まされていきました。われわれは生かされていることを最大限享受するという感覚を捉えてより軽やかになり、死への恐怖は薄らいでいくのです」。そして「この大変な時期に、フェードラにご支援いただくという幸運に預かり、心より感謝致します。作品は無事に完成し、ゲネプロでも高評価を得ております。そしてついに初日を迎えることができました。これからもできるだけ多くの方々とこの作品を共有していきたいと思います」と謝意を述べた。

Hotel----Birmingham-Royal-Ballet,-United-Kingdom---©-Sami-Fendal.jpg

Hotel - Birmingham Royal Ballet, United Kingdom - © Sami Fendal

Coppélia-in-the-digital-age----Edinburgh-International-Festival,-UnitedKingdom---©-Mihaela-Bodlovic.jpg

Coppélia in the digital age - Edinburgh International Festival, United Kingdom - © Mihaela Bodlovic

フェードラ・ヴァン・クリーフ&アーペル・バレエ賞
FEDORA-VAN CLEEF & ARPELS Prize for Ballet

Raymonda---English-National-Ballet,-United-Kingdom---©-English-National-Ballet.jpg

Raymonda - English National Ballet, United Kingdom - © English National Ballet

◆2021年 (第7回)受賞作品
『La visita』レッジョ・エミリア劇場財団(イタリア)
◆2021年(第7回) 観客賞
『Hotel(ホテル)』バーミンガム・ロイヤル・バレエ(イギリス)
◆2021年(第7回)ノミネート作品
『ライモンダ』イングリッシュ・ナショナル・バレエ(イギリス)
『Coppélia in the digital age(デジタル時代のコッペリア)』エジンバラ国際フェスティバル

◆2020年(第6回)受賞作品
『LIGHT: Bach dances (ライト:バッハ・ダンス)』ホフェッシュ・シェクター・カンパニー(イギリス)
 2021年5月8日、デンマーク王立劇場にて世界初演
◆2020年(第6回)ノミネート作品
『Bis N.S.(as usual)』リヨン国立オペラ(フランス)
『Planet [wanderer] (プラネット[放浪者])』シャイヨ国立舞踊劇場(フランス)
『Traplord(トラップロード)』サドラーズ・ウェルズ劇場(イギリス)

◇フェードラ・プラットフォーム公式サイト
https://www.fedora-platform.com/

Bis.N.S.-(as-usual)----Opéra-National-de-Lyon,-France---©-Patrick-Tourneboeuf.jpg

Bis.N.S. (as usual) - Opéra National de Lyon, France - © Patrick Tourneboeuf

Planet-[Wanderer]---Chaillot-Théâtre-National-de-la-Danse,-France---©-Rights-Reserved.jpg

Planet [Wanderer] - Chaillot-Théâtre National de la Danse, France - © Rights Reserved

LIGHT-Bach-dances---Hofesh-Shechter-Company,-United-Kingdom---©-Chris-Nash-1.jpg

LIGHT Bach dances - Hofesh Shechter Company, United Kingdom - © Chris Nash

Traplord---Sadler's-Wells-Theatre,-United-Kingdom---©-Glodi-Miessi.jpg

Traplord - Sadler's Wells Theatre, United Kingdom - © Glodi Miessi

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る