名花、カルラ・フラッチ Carla Fracci 逝く・・・・アリベデルチ、20世紀のバレリーナ

ワールドレポート/その他

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

イタリアの世界的バレリーナ、カルラ・フラッチがミラノの自宅で亡くなった、と5月27日に現地の通信社が伝えた。84歳で癌を患っていたという。
カルラ・フラッチは、マリー・タリオーニにも擬えられた20世紀の名花で、バレエのみならずイタリアの文化を象徴するような存在だった。惜しむ声はイタリア大統領セルジオ・マッタレッラやミラノ大司教マリオ・デルビーニなど各界から陸続と寄せられた。27日にはサン・マルコ寺院に多くの人々が参列し、ヴェルディのオペラ『椿姫』のアリアが流され葬儀がとり行われた、という。そしてその後、白いバラの花に覆われた棺は、彼女が70年以上にわたって親しんだミラノ・スカラ座へと向かった。種々の媒体が伝えるところによると、バレエ学校の生徒たちが見守る中、棺はスカラ座のフォワイエに到着し深い悲しみの中、お別れ会が行われた。列席したのは夫でルキノ・ヴィスコンティの助手を務めたこともあるべッペ・メネガッティ、スカラ座総支配人ドミニク・マイヤー、音楽監督リッカルド・シャイー、バレエ団芸術監督マニュエル・ルグリ、そしてフラッチに指導されて『ジゼル』の主役を踊ったニコレッタ・マンニ、ティモフェイ・アンドリヤシェンコ、ロベルト・ボッレ、バレエ学校校長フレデリック・オリヴィエリなどなどなど。

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カルラ・フラッチ『シンデレラ』1955年
© Erio Piccagliani

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カルラ・フラッチ『ジゼル』1964年
© Erio Piccagliani

ドミニク・マイヤー総支配人は「マリー・タリオーニと並びカルラ・フラッチは、ミラノ・スカラ座のバレエの歴史の中で最も重要な人物でした」「今年の1月には、彼女の経験をスカラ座でジゼル役の若いダンサーに伝えてくれたことを大変に嬉しく思いました。そして彼女が古巣に帰ってきたと感じた日々の笑顔を思い出します」(1月にはカルラ・フラッチによるマスタークラスが配信された。現在は以下で視聴可能。
https://www.youtube.com/watch?v=I_yuzY96W6k
また、Rai Playではミラノ・スカラ座『ジゼル』を見ることができる。フラッチとルグリのインタビューも収録されている。(登録とログインが必要)
https://www.raiplay.it/video/2021/01/Giselle-Teatro-alla-Scala-91f1de02-d27c-4561-af6d-df723bc182ca.html

スカラ座バレエ団の芸術監督マニュエル・ルグリは、フラッチの十八番だった『ジゼル』を引いて「フラッチがスカラ座とそのアーティストたちを抱擁しに戻ってきた時、ジゼルのようにポワントで立つ彼女に驚きました。彼女の魂は、稽古場や舞台、そして私たちの心を満たし、決して絶えることなく私たちを魅了しました」「バレエの歴史が凝縮されているスカラ座では、全てのダンサーたちの憧れであり生きている伝説ともいうべきカルラ・フラッチに出会う、という特権に恵まれることができたのです」
と、それぞれの哀悼の言葉を寄せた。

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カルラ・フラッチ、ルドルフ・ヌレエフ『眠れる森の美女』1966年
© Erio Piccagliani

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カルラ・フラッチ『ロミオとジュリエット』1968年
© Erio Piccagliani

カルラ・フラッチは1936年ミラノに生まれた。父親は路面電車の運転手で、母親は工場で働いていた。10歳の時にミラノ・スカラ座バレエ学校に入学。ヴェーラ・ヴォルコワに師事し、54年にミラノ・スカラ座バレエ団に入団。その頃ヴィスコンティが演出し、マリア・カラスが主演したオペラ『夢遊病の女』にも出演している。58年にはプリンシパルに昇級。そしてマーゴ・フォンテインの舞台を見て大きな啓示を受け、自身のバレエを磨いてきたといわれる。『シンデレラ』でヴィオレット・ヴェルディの代役として踊り、58年にはジョン・クランコ振付『ロメオとジュリエット』のジュリエットを踊り国際的なバレリーナとして注目を集めるようになった。エリック・ブルーン、ルドルフ・ヌレエフ、ウラジーミル・ワシリエフ、ミハイル・バリシニコフなどともパートナーを組んで踊り、ABTのプリンシパル・ゲストアーティストにもなり評判を高めた。また、80年にはハーバート・ロス監督の映画『ニジンスキー』にカルサヴィナ役で出演している。バレエの歴史に関心を寄せており、ニジンスキーの『遊戯』の復元に関わり、カルサヴィナの役を踊ったほか、99年には『エクセルシオール』の蘇演にも出演している。

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カルラ・フラッチ、ゲオルグ・イアンク『ジゼル』1983年 © Lelli Masotti

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カルラ・フラッチ、マッシモ・ムッル『シェリ』1996年 © Lelli Masotti

カルラ・フラッチは、世界バレエフェスティバル(日本舞台芸術振興会/NBS主催)の第一回目から全部で五回参加しており、この上なく美しい姿を日本の舞台でも観せてくれた。私は『シェヘラザード』『ロマンティック・バレエの肖像』『ラ・シルフィード』『エスメラルダ』「ロシアの踊り」他を観た。中でも最も深い印象を受けたのは『シェへラザード』(第四回世界バレエフェスティバル1985年)。当時の私にとっては初めて観るバレエ・リュス作品だったのだが、煌めく宝石を散りばめた衣裳を纏ったゾベイダと金の奴隷(ゲオルグ・イアンク)のパ・ド・ドゥが、リムスキー・コルサコフの音楽とともに素の舞台で踊られ、ハーレムの息苦しくなるような豪奢な官能の目眩く美しさに圧倒された。そして「サルタンの愛妾ゾベイダ」という異文化の存在を、いとも自然になりきってみせたフラッチの舞台姿に、私は本当に驚いた。もう35年以上前のことだが、以来、私の脳裡にはカルラ・フラッチのゾベイダが棲みついているのである。

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『ジゼル』終演後カルラ・フラッチに拍手を送るマニュエル・ルグリとミラノ・スカラ座バレエ団の出演者たち © Brescia e Amisano Teatro alla Scala

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『ジゼル』終演後の記念撮影 © Brescia e Amisano Teatro alla Scala

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