永久メイがジュリエットをフィリップ・スチョーピンと踊り、マリインスキーならではの美を現した

ワールドレポート/その他

梶 彩子 text by Ayako Kaji

The Mariinsky Theatre マリインスキー劇場

"Romeo and Juliet" choreographed by Leonid Lavrovsky
『ロミオとジュリエット』レオニード・ラヴロフスキー:振付

20世紀、クランコ、マクミラン、ノイマイヤー、グリゴローヴィチといった巨匠たちが手がけてきたシェイクスピア原作のバレエ『ロミオとジュリエット』。1940年にキーロフ劇場(現在のマリインスキー劇場)で初演されたラヴロフスキー版『ロミオとジュリエット』(音楽:プロコフィエフ)は、その原点といえるソヴィエト・バレエの傑作である。

2021年2月20日、永久メイとフィリップ・スチョーピン主演の『ロミオとジュリエット』がマリインスキー劇場(新劇場)で上演された。永久がジュリエットを踊るのは初演以来二度目。ロミオ役のフィリップ・スチョーピンとは『ジゼル』や『くるみ割り人形』でも共演している。年末年始は閉鎖まで追い込まれたマリインスキー劇場も、入場制限を段階的な緩和を経て解除し、当日は多くの観客が劇場につめかけた。

一幕はヴェローナの広場で恋に恋するロミオの登場から始まり、キャピュレット家に舞台が移ると、乳母にクッションを放り投げ、追いかけられながら戯れる愛らしいジュリエットの登場が続く。永久のジュリエットはどこまでも軽く、その精密なポワントワークのためか、鋭敏さも感じる。仮面舞踏会の場面では、伏し目がちに、はにかんだような笑顔を浮かべ、可憐なお嬢さまといった印象。回転のバランスも長く、着地までも非常に丁寧で、技術的にも申し分ない出来だった。見どころであるキャピュレット家の舞踏会では、クッションを片手に持つ男性がかかとを床にうちつけ、エスコートされる女性たちが上体を後ろに反らせ長い衣をゆったりと引きずりながら踊り、家来たちがその膝にクッションをあてがう。この宮廷舞踊を想起させるキャピュレット家の踊りは圧巻の迫力だった。一方、若きロミオとジュリエットの出会いは清らかで切ない。スチョーピンのロミオは感情表現が細やかな上品な青年で、正確で洗練されたテクニックと相まって見事である。繊細な永久とのパートナーシップも抜群だった。

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Photo by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

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Photo by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

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Photo by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

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Photo by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

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© Marianna Sorokina

この舞踏会の場面でアクシデントが・・・。まだ吟遊詩人とその恋人を囲んでジュリエットの友人たちが踊っている最中にも関わらず、中幕が降りてしまったのである。隙間からは奥の舞台背景が入れ替わり、暗転してしまった中幕の向こう側でダンサーたちが踊り続けているのが見える。最初状況が理解できなかった客席も、踊りが終わる頃には薄々感づき、ほとんど見えなくなってしまっても踊り続けたダンサーたちへブラボーの声が上がった。
舞踏会が初恋の芽生えの場であるとすれば、バルコニーは二人が初恋に歓喜するシーン。恋を知った二人の目は喜びに輝き、感情の高揚と、リフトや跳躍が一体となり一幕のクライマックスとなった。

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© Marianna Sorokina

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© Marianna Sorokina

二幕はヴェローナの広場で始まり、ジュリエットの手紙を携えた乳母の登場から二人がロレンス神父の僧房で恋を誓うシーンをはさみ、再び広場のシーンに戻る。市井の人々が踊るキャラクター舞踊が鮮やかな広場。その喧噪とは裏腹に、ジュリエットの従弟ティボルトとロミオの親友マキューシオの決闘の場面が繰り広げられ、物語に暗い影を落とす。ティボルトがマキューシオを殺め、逆上したロミオがティボルトを殺してしまい、ヴェローナを追われるのである。運命が悲劇へと加速していく転換点であり、ダンサーの俳優としての能力が問われる重要なシーンでもある。アレクセイ・クズミンのティボルトは血に飢えたような残虐さを持ち、剣をうっとりと眺めるなど、どこかエキセントリック。ダヴィッド・ザレーエフのマキューシオは、茶目っ気たっぷりで身のこなしが俊敏。涼しい顔でティボルトをおちょくっていたのが、挑発を受けて目の色を変え、致命傷を受けるとうつろな目をしながら今際の際のモノローグで華やかに散っていく。観客の視線を文字通り独り占めにした素晴らしい演技だった。

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左:ティボルト(アレクセイ・クズミン)、右:マキューシオ(ダヴィッド・ザレーエフ)
© Marianna Sorokina

三幕は、街から逃亡する前のロミオとひと時を過ごすジュリエットの寝室から始まる。ロミオが去っていった窓辺へ何度も駆け寄り遠くを眺めるジュリエット。乳母と戯れ舞踏会ではにかんでいた少女はもういない。パリスとの結婚を知らされ、ほとんど無の表情で踊るジュリエットの姿は痛ましい。パリスが去った後展開されるジュリエットのモノローグは気迫に満ちていた。政略結婚を毅然と拒否し、それが許されないとわかっても、ロミオと結ばれる道をひたむきに追い続けるジュリエットの強さが垣間見えた。

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© Marianna Sorokina

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© Marianna Sorokina

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© Marianna Sorokina

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© Marianna Sorokina

薬をあおり仮死状態になったジュリエットを、婚礼の朝、友人たちが訪ねる。友人役のヤナ・セーリナは気品あるマイムと安定した踊りで好演した。
ロミオはヴェローナへ戻る道すがら、ジュリエットの死の報せを聞く。ここで完全に運命の歯車が狂ってしまう。スチョーピンの一見クールなロミオが狼狽し悲しみに絶望する様子に胸を痛めずにはいられない。そして仮死状態から目覚めロミオの死を知ったジュリエットは、驚き取り乱し、声にならない叫びを上げ慟哭し、ロミオの短剣を手に取り後を追ってしまう。
『ロミオとジュリエット』は、マイムのシーンも非常に多く演技力が問われる作品だが、主役の永久とチョーピンは、自然でさりげなくも説得力ある演技で観客をドラマに引き込んだ。二人は共通して感情表現を優先しすぎるということがなく、技術面でも演技面でも細部まで大変丁寧に表現しており、その抑制された美はマリインスキーならでは。それだけに、かえって終幕で感情を爆発させるさまが際立ち客席の感情を揺さぶった。永久のジュリエットは、今回が二度目とは思えないほど完成度が高く、間違いなく永久の当たり役だろう。今後、公演数や年齢を重ねどんなジュリエット像を見せてくれるのかも大いに楽しみである。
(2021年2月20日 マリインスキー劇場)

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Photo by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

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