名作映画『赤い靴』がマシュー・ボーン史上最高傑作となって甦る『マシュー・ボーン IN CINEMA/赤い靴』が全国公開される

ワールドレポート/その他

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

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© Illuminations and New Adventures Limited MMXX

マシュー・ボーンの『赤い靴』映画版『マシュー・ボーン IN CINEMA/赤い靴』が、2月11日より Bunkamura ル・シネマ他で順次全国で公開される。昨年6月に上演が予定されていた舞台公演が新型コロナ禍のために中止され、ほかにもダンス公演の中止や延期が相次いでいるだけに大いに期待される。
周知のようにマシュー・ボーンは、アダム・クーパー主演の『白鳥の湖』の世界的大ヒットを皮切りに、チャイコフスキーの三大バレエや『シンデレラ』ほかの古典名作バレエにとどまらず、『シザー ハンズ』『プレイ・ウイズアウト・ワーズ』『ドリアン・グレイ』などの物語バレエも手掛けてきた。そして2016年には、マイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーが1948年に監督して「世界中にバレエの一大ブームを巻き起こした」と言われる映画『赤い靴』をとり上げ、新たに演出・振付けた。そのロンドン、サドラーズ・ウエルズ劇場で行われたワールドプレミアは、開幕前にソールドアウトしてしまい話題となった。
そして多くの舞台芸術の賞を受賞してきたボーンは、英国のローレンス・オリヴィエ賞は常連で、12回ノミネートされて6回受賞しており、この『赤い靴』でも2部門を受賞している。今やアシュトン、マクミラン、ピーター・ライトらとともに "サー" の尊称で呼ばれることとなったマシュー・ボーンは、栄光の只中にいるが、この作品では創作意欲がますます旺盛であることを示している。

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Photo by Johan Persson

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Photo by Johan Persson

「『赤い靴』は私のバレエへの愛を決定的にした映画でした」「画面にはモイラ・シアラー、レオニード・マシーン、ロバート・ヘルプマンなどといった、私が親しんでいた本の中の人々がいました」とボーンが語るパウエルとプレスバーガーによる映画『赤い靴』は、20世紀初頭にヨーロッパを席巻したバレエ・リュスのディアギレフとニジンスキーの関係をモデルとし、主人公の男性と女性を入れ替えたもの、とも言われている。
それはさておき、この映画は、ダンサーとしての頂点を夢見ているヴィッキーことヴィクトリア・ペイジ(モイラ・シアラー)が主人公。彼女はバレエ団を主宰するボリス・レルモントフ(アントン・ウォールブルック)にその優れた才能を見出され、劇中で踊られる新作バレエ『赤い靴』(振付はロバート・ヘルプマン)の主役に抜擢され、大きな成功を収める。そしてカンパニーのトップダンサーとなったヴィッキーは順風満帆に名声を高めていく。しかしそこには、フェティッシュな"赤い靴"の「ダンスに死を賭けて献身する準備ができているか」と言う問いが隠されていた。
やがて、やはりレルモントフに才能を見出されて開花した作曲家ジュリアン・クラスター(マリウス・ゴーリング)とヴィッキーは激しい恋に墜ちる。しかし、愛に溺れ結婚をして「ハウスワイフ」となっては、偉大なダンサーとなることはできない、とレルモントフに宣告される。ヴィッキーは激しく反発し、二人は愛を選んでカンパニーを退団する。だがダンスを失ったヴィッキーは、レルモントフの元で踊った輝ける栄光の舞台へと再び惹き寄せられて行く・・・。そこにはアンデルセン童話で語られた、死ぬまでダンスを踊り続けさせる<赤い靴>の魔力が作用していた、というもの。

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Photo by Johan Persson

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マシュー・ボーンはかつての映画の物語展開の大筋はそのまま使い、登場人物もほぼ同じにしているが、劇中で踊られるメインのバレエ『赤い靴』をはじめ、レルモントフ・バレエ団の劇中バレエを新たに創り、芝居で表現されていた部分はダンスに翻案し、物語を動かす感情を組み立て描いている。また、カンパニーがパリからモンテカルロに移動することは、バレエ・リュスの『青汽車』風のバレエで表す、と言った洒落た気遣いも見せている。音楽は『市民ケーン』『サイコ』などの音楽を手掛けたバーナード・ハーマンの曲をテリー・デイヴィスがオーケストレーションし、追加作曲したもの。(映画『赤い靴』の音楽はブライアン・イースデイル)
ヴィクトリア・ペイジに扮して踊るのはニュー・アドヴェンチャーズのアシュリー・ショー、ボリス・レルモントフには20年ぶりに戻ってきたアダム・クーパーが演じ、新進作曲家ジュリアン・クラスターにはドミニク・ノース扮している。かつての映画ではロバート・ヘルプマンが演じたプリンシパル役イヴァン・ボレスラウスキーはリアム・ムーア、やはりレオニード・マシーンが踊ったバレエ・マスターのグリシャ・リュボフはグレン・グラハムが踊り、怪我をして降板してしまうプリマはミケラ・メアッツァ、というキャストである。また、ボーンの舞台に欠くことのできない舞台美術家、レズ・ブラザーストンの装置は、自在に移動する黄金色のプロセニアムアーチが、架空の舞台の世界から現実の舞台裏のドラマを一瞬のうちにカットバックのように行き来して見せたり、コヴェント・ガーデンやモンテカルロの華やかなバレエの舞台から、イーストエンドの安っぽい大衆受けのミュージックホールへと瞬間移動するなど見事な効果をみせている。

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Photo by Johan Persson

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Photo by Johan Persson

ダンスによる物語の展開も手慣れたもので、開幕冒頭にネストン夫人からヴィッキーを紹介され主役に抜擢するまでを、劇中のバレエ舞台とバレエ・カンパニーの舞台裏の細かな出来事を同時進行のダンスで見せながら、実に巧みにリアリスティックに語っている。
物語の大きな山場となる劇中で踊られるバレエ『赤い靴』は、アンデルセンの同名の童話のイメージにより振付けられている。このバレエの最後のシーンでは、赤い靴を履いた主人公のヴィッキーは精霊のようで『ジゼル』の二幕を思わせた。そしてこの劇中バレエ『赤い靴』の結末は、ドラマ全体の決着とオーヴァーラップしている。
全編を通してダンスの印象深いシーンは多い。クラスターが劇中バレエ『赤い靴』の新曲を作曲するシーン、さらにオーケストラの指揮をとるシーンのソロ・ヴァリエーションは、音楽のディモーニッシュな力が身体の中から湧き上がってくるかのようで印象深い。また、レルモントフとヴィッキーは彼女を『赤い靴』の主役に起用しスポットライトの中に導く運命的なパ・ド・ドゥを踊る。ここはあまり長いシーンではないが、美しく魅力的で、クーパーが実に素晴らしい。コート・ダジュールの保養地の海辺で、結婚する幸せに一抹の不安を感じているヴィッキーと、幸せに満たされたクラスターの大胆なパ・ド・ドゥは、レルモントフの目が光っているだけになかなかスリリングだった。マシュー・ボーン流の独特のダンスの語り口は説得力があり、すべてがドラマティックに展開している。
そして、劇中に舞台で踊られているバレエと、現実の出来事を表しているダンスが同じ時間の流れの中で踊られて、カオスとなり、悲しい結末を迎えることとなる。
『マシュー・ボーン INCINEMA/赤い靴』は、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場で2020年1月に上演された公演を映像化したものである。

『マシュー・ボーン IN CINEMA/赤い靴』97分

2月11日(木・祝)より Bunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー
提供:MORE2SCREEN 配給:ミモザフィルムズ 配給・宣伝協:dbi inc.
© Illuminations and New Adventures Limited MMXX
詳細は https://mb-redshoes.com

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