パリ・オペラ座バレエのヌレエフ版『ドン・キホーテ』と『眠れる森の美女』の舞台映像が映画館で上映される

ワールドレポート/その他

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

2021年の「パリ・オペラ座バレエ シネマ」は、ヌレエフ版『ドン・キホーテ』と『眠れる森の美女』の再公開で始まることとなった。どちらの舞台にも、いまをときめくダンサーたちが多数出演しており、ヌレエフ版ならではの豪華絢爛の演出と華麗なテクニックの競演が夢のような境地へと誘ってくれる。

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© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

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© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

まず、ヌレエフ版『ドン・キホーテ』は、力強くエネルギー溢れるダンスが山盛りの136分休憩なしの上映。舞台はもちろんスペインだが、全編を通して踊られるパワフルなダンスは情熱的なスペイン舞踊にロシアの民俗舞踊のパワーが巧みに注入されている、と言った観を呈している。周知のように、ヌレエフは若き日には民俗舞踊の優れた踊り手だったのである。
演舞は全体的には、マイムのパートを踊りの中に流し込むかのようにしてリズムを作り、力強い踊りが起伏を見せつつも止めどなく流れていくように留意していた。そのためか、コミカルなキャラクターが演じるシーンは、しばしばスラブスティッブ風のコミカルな展開だ。通常版では、ロレンツオやガマーシュ、サンチョ・バンサなどは、しばしばストーリーの展開を補う小芝居をする。だが、ヌレエフ版はそうした補完的なことはあまり意に介していないかのようだ。確かにこのバレエのストーリーは、大筋でこそ原作の趣意を借りているものの、スペイン舞踊の見せ場のために作られているとも言えるかもしれない。
また、ジプシーのシーンでは、駆け落ちしたキトリとバジルが宵闇の中で愛し合っていると、背後から山賊風の出で立ちのジブシーたちが、続々と姿を現す。ここは、一瞬、幻想と現実が混濁するようなシーンとなっていて、バレエの舞台では珍しいサスペンスがある。そしてこのムードは、第2幕の森のシーンでドン・キホーテが夢想するシーンの伏線となって、程好い効果をあげている。さらにジブシーたちが次々と群舞とソロヴァリエーションを織り混ぜた雄壮なダンスを見せ、会場をおおいに沸かせた。ロシア民俗舞踊に精通したヌレエフの面目躍如である。あるいは、バレエ・リュスの「ポロヴェッツ人の踊り」をみたシャトレ座の観客もまた、バスチーユ・オペラと同様にエキサイトしたのではないか、などと空想を巡らせた。

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© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

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© Julien Benhamou / Opéra national de Paris

ドロテ・ジルベールは、美しい町娘キトリを成熟した魅力を発露してのびのびと踊った。長身のカール・パケットのバジルともなかなかの似合いのコンビだった。
ヌレエフのヴァージョンでは、キトリとバジルは追いかけてくるロレンツオやガマーシュから逃れるために、ジプシーの衣裳を借りてその集団に紛れこむ。そしてバジルはそのジプシーの衣裳のまま、居酒屋のシーンで狂言自殺をしてみせる。なるほど駆け落ちして隠れたジプシーたちの扮装で狂言をはかれば、バジルの行動はいっそう際立ち、彼の願いはロレンツオのみならず街の人々への訴えかけも一段と強まるだろう。さすがに世界中の舞台で踊った経験豊かなヌレエフのうまい演出だと思った。
ドロテ・ジルベールもドリアードの女王に扮したエロイーズ・ブルトンもスペインの血が流れており、ラストのグラン・パ・ド・ドゥの街もスペイン情趣が横溢していて、クラシック・バレエとスペイン舞踊のマリアージュがロシアの民俗舞踊を介して行われたかのようだった。躍動感に溢れ情趣に満ち、音楽との一体感をもって踊られた、ヌレエフ+パリ・オペラ座バレエならではの逸品である。
2012年12月18日、バスチーユ・オペラで収録。

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© Christian Leiber / Opéra national de Paris

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© Christian Leiber / Opéra national de Paris

そしてヌレエフ版『眠れる森の美女』。オーロラ姫はミリアム・ウルド=ブラーム、王子はマチアス・エイマンというダンサーとして良い季節を迎えているエトワールが主役を踊った。ウルド=ブラームは品良く、ローズアダージオは軽やかに命の輝きが煌めくようだった。王と王妃、四つの大陸からの王子たちにその貴重な輝きを分かち与えたかのよう。
エイマンは身軽に魅力的にスピードに乗って、難技も軽々と微笑みをうかべてこなす。王子らしい品格も技の中に織り込んでいるのはさすがという他ない。理想的とも見える細身のウルド・ブラームのスタミナが少し心配だった。プロローグ以外はほぼでずっぱり踊りっぱなしだったから、さすがにグランパ・ド・ドゥを豪華絢爛に踊り終えると少し疲労感が表れたのは致し方あるまい。むしろその方が人間的で共感が持てた。サイボーグではないのだから。
青い鳥のパ・ド・ドゥは、ヴァランティーヌ・コラサントとフランソワ・アリュが踊り、神秘的雰囲気を湛え舞台を引き締めた。また、オーロラ姫を称える四人の王子は、オードリック・ベザール、ヴァンサン・シャイエ、フロリアン・マニュネ、ジュリアン・メザンティという期待の男性ダンサーたちが踊ったが、長身のベザールが強い印象を残している。
プロローグからカバリエを引き連れた妖精たちの華やかなヴァリエーションが次々と踊られ、舞台上は満開の踊りで賑わった。リラの精はマリ=ソレーヌ・ブレ、カラボスはステファニー・ロンベール。
ヌレエフは芝居的な部分は足早にすぎて、次から次へと踊りを繰り出し、息もつかせない力感を秘めた美しいヴァージョンに仕上げている。衣装も実に色彩豊かで、魅惑的な色を何回も塗り重ねる油絵の如く、複雑な濃淡で彩られていた。色もまた舞台というカンバスの上で踊っていたのである。衣装はフランカ・スカルシャピノ。
装置は重量感があり、格調高く聳える城を背景に太陽王の存在を感じさせる宮殿の広間。まるで泰西名画の絵巻物を見ているかのよう。筆舌を駆使しても表現できるわけではないので、ぜひ、一見をおすすめする。装置はエッツィオ・フリジェリオ、演奏も素晴らしかった。音楽監督はフェサル・カムイ。
2013年12月16日バスチーユ・オペラで収録、166分休憩なし。

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© Christian Leiber / Opéra national de Paris

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© Christian Leiber / Opéra national de Paris

【公開劇場】
◎東劇(東京・東銀座)、新宿ピカデリー(東京・新宿)
1月15日(金)〜『ドン・キホーテ』/『眠れる森の美女』(同日公開)

◎ミッドランドスクエアシネマ(愛知・名古屋)/なんばパークスシネマ(大阪・なんば)
神戸国際松竹(兵庫・神戸)/札幌シネマフロンティア(北海道・札幌)
1月8日(金)〜『ドン・キホーテ』/1月15日(金)〜『眠れる森の美女』
詳細は https://www.culture-ville.jp

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© Christian Leiber / Opéra national de Paris

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