イングリッシュ・ナショナル・バレエの新星たちをクローズアップする「エマージング・ダンサー2020」

ワールドレポート/その他

香月 圭 text by Kei Kazuki

イングリッシュ・ナショナル・バレエの優れた新人ダンサーたちにスポットライトを当てる「エマージング・ダンサー・アワード Emerging Dancer Award」。
2010年から始まったカンパニー内のコンペティションは2013年に加瀬栞、2017年に金原里奈が優勝し、今年で11回目を迎える。

_Emerging-Dancer-2020-finalists.-Photography-©-Laurent-Liotardo-post-production-by-Nik-Pate.jpg

エマージング・ダンサー2020ファイナリスト© Laurent Liotardo post production by Nik Pate English National Ballet

2020年9月22日に開催された今回のコンペティションで日本出身の鈴木絵美里、ウィリアム山田を含む6名のファイナリストが選出されたなかでイヴァナ・ブエノが優勝した。ブエノはアメリカ生まれのメキシコ人。メキシコ国内青少年コンクールで早くから頭角を現し、プリンセス・グレース・アカデミー卒業後2018年にイングリッシュ・ナショナル・バレエに入団した。プティパ振付の『タリスマン』でブエノは優雅でたおやかな踊りで観客を魅了。ムトゥトゥゼリ・ノヴェンバー振付のコンテンポラリー『Full-Out』でも柔軟な体躯を生かしつつパートナーの山田とユーモラスな身体のコミュニケーションを見せた。

ブエノと金原里奈の母校でもあるプリンセス・グレース・アカデミーはローザンヌ国際バレエコンクールでも三連覇しており、今回もその教育水準の高さを実感する結果となった。審査にあたった芸術監督タマラ・ロホはブエノの選出理由について「彼女はクラシック、コンテンポラリーどちらにおいても強固なテクニック、正確さ、クリーンな踊りを見せてくれました。彼女の素晴らしい存在感とカリスマ性が舞台から観客に伝わりました」と説明する。優勝したブエノは受賞スピーチで「とてもうれしく、すべてのことに感謝しています。このコンペティションの過程をひとつずつ進めていくのはとても楽しかったです。私にとっては大きな挑戦でしたが、与えられたチャンスを大切にして頑張ろう、そしてベストを尽くそうと思いました。努力が報われてとても幸せです」と述べた。

Ivana-Bueno-and-William-Yamada-performing-Talisman.jpeg

イヴァナ・ブエノ、ウィリアム山田『タリスマン』©Laurent Liotardo English National Ballet

Ivana-Bueno-and-William-Yamada-performing-FULL-OUT.jpeg

イヴァナ・ブエノ、ウィリアム山田『FULL OUT』(振付:Mthuthuzeli November)© Laurent Liotardo English National Ballet

また観客賞にはヴィクトール・プリジェントが選ばれ、コール・ド・バレエ賞はクレア・バレットに授与された。コール・ド・バレエ賞の選出にあたっては振り覚えが早く同僚の群舞メンバーにも目配りができ、卓越した音楽性、舞台以外の様子なども評価の対象なるという。
彼らのコーチはカンパニーの先輩ダンサーが担当し、ジュニア・ソリストの康 千里(こう・せんり)もファイナリストたちの指導に当たった。鈴木とプリジェントのコーチ兼メンターを務めたファースト・アーティストのサラ・クンディは「本番前のテスト・ショーケースでちょっとしたアドバイスを与えたところ、彼らはそのエッセンスを吸収して1週間後の本番に彼らはアーティストとして見事に花開いた。二人を誇りに思う」と述べた。

カンパニーのファースト・アーティストであり振付作品を多数発表しているスティナ・クアジャバー、バレエ・ブラックのムトゥトゥゼリ・ノヴェンバーなど現在英国で注目の若手振付家たちはこのコンペティションのダンサーたちのために新作を提供し、ダンサーたちも創作の過程に没入する機会を得た。こういった創作活動はロックダウン期間中不可能だったために「生の舞台で作品を披露することへの渇望は非常に大きいものだった」とノヴェンバーは語る。半年にも及ぶ外出自粛期間中、具体的な公演の予定もなく広いスタジオでの十分なトレーニングができなかったダンサーたちは、数週間という短期間に驚くほどの集中力を発揮して観客に生の舞台の喜びを届けることができた。このイベントはイングリッシュ・ナショナル・バレエの劇場再開への幸先良い第一歩となった。

Emily-Suzuki-and-Victor-Prigent-performing-Satanella.jpeg

鈴木絵美里、ヴィクトール・プリジェント『サタネラ』©Laurent Liotardo English National Ballet

Emily-Suzuki-and-Victor-Prigent-performing-Hollow.jpeg

鈴木絵美里、ヴィクトール・プリジェント『Hollow』(振付:Stina Quagebeur)©Laurent Liotardo English National Ballet

今年の開催にあたってはロンドン東部の新開発地区ロンドン・シティ・アイランドに新たにオープンしたホロウェイ・プロダクション・スタジオから有料ライブ配信された。会場では社会的距離を開けて置かれた円卓に人数を限っての観客がまばらに着席しており、音楽監督キャヴィン・サザーランド率いるイングリッシュ・ナショナル・バレエ・フィルハーモニックは舞台とは別のフロアでの演奏だった。司会はTV・ラジオのプレゼンター、オレ・オドゥバが務めた。観客賞の選出に際して、視聴者はショート・メッセージにて投票することができた。2019年度優勝のジュリア・コンウェイと観客賞のリス・アントーニ・イェオマンスがゲストとして出演し華を添えた。

Carolyne-Galvao-and-Miguel-Angel-Maidana-performing-Diana-and-Acteon.jpeg

カロリン・ガルヴァオ、ミゲル・アンヘル・マイダナ『ダイアナとアクテイオン』©Laurent Liotardo English National Ballet

イングリッシュ・ナショナル・バレエはロイヤル・アルバート・ホールにほど近い南ケンジントンのマルコワ・ハウスを本拠地としてきたが、2019年からこのロンドン・シティ・アイランドにオフィスも移転している。舞台同様の広さをもつ4つのスタジオと付属のイングリッシュ・ナショナル・バレエスクールがあり、英国の権威ある建築専門誌「アーティテクツ・ジャーナル Artitects' Journal」が選出する2020年度AJ100アワードにおいて「Building of the Year」――2019年に建てられたビルのなかでデザイン、実用性、持続可能性などにおいて最も優れた建築物――として受賞したばかりだ(2020年9月22日授賞式にてタマラ・ロホがイングリッシュ・ナショナル・バレエと建築デザインを担当したグレン・ハウエルズ・アーキテクツ社を代表して「ビルディング・オブ・ジ・イヤーBuilding of the Year賞」を授与された)。

エマージング・ダンサー2020の会場となったホロウェイ・プロダクション・スタジオはイングリッシュ・ナショナル・バレエへ多額の寄付を行ってきた篤志家チャールズ・ホロウェイにちなんでタマラ・ロホが命名したもので、2020年9月18日に命名式が行われた。このコンペティションがスタジオの本格的活動のスタートとなった。

エマージング・ダンサー2020 Emerging Dancer 2020

2020年9月22日ホロウェイ・プロダクション・スタジオ Holloway Production Studio からライブ配信

◆受賞結果
エマージング・ダンサー2020:イヴァナ・ブエノIvana Bueno
観客賞 ヴィクトール・プリジェント:Victor Prigent
コール・ド・バレエ賞:クレア・バレット Claire Barrett

◆審査員
タマラ・ロホ(イングリッシュ・ナショナル・バレエ芸術監督)
エドワード・ワトソン(元・英国ロイヤル・バレエ プリンシパル。 2020年8月現役引退が発表された)
ナタリア・オシポワ(英国ロイヤル・バレエ プリンシパル)
マシュー・ハート(英国ロイヤル・バレエ、ランバート・ダンス・カンパニーで活躍。フロリダ州サラソタ・バレエ振付家)
ケリー・ニコルズ(2007年スタジオ・ウェイン・マクレガー・クリエイティブ・ラーニング共同ディレクター。英国ロイヤル・バレエスクール、イングリッシュ・ナショナル・バレエスクールでの教育にも携わる)
ケネス・ティンダル(振付家。元ノーザン・バレエ プリンシパル)

◆公演プログラム
・クラシック・レパートリー
鈴木絵美里/ヴィクトール・プリジェント『サタネラ』
イヴァナ・ブエノ/ウィリアム山田『タリスマン』
カロリン・ガルヴァオ/ミゲル・アンヘル・マイダナ『ダイアナとアクテイオン』
・コンテンポラリー・クリエイション
鈴木絵美里/ヴィクトール・プリジェント
『Hollow』 振付:スティナ・クアジェバーStina Quagebeur/音楽:ジョヴァンニ・ソリマGiovanni Solima
イヴァナ・ブエノ/ウィリアム山田
『Full-Out』 振付:ムトゥトゥゼリ・ノヴェンバー Mthuthuzeli November/音楽:デイヴィッド・ラングDavid Lang
カロリン・ガルヴァオ/ミゲル・アンヘル・マイダナ
"both of two..." 振付:ジェフリー・シリオ Jeffrey Cirio/音楽:ダニロ・ワルデDanilo Walde、トマゾ・アルビノーニTomaso Albinoni
・2019年受賞者によるパフォーマンス
ジュリア・コンウェイ Julia Conway『エスメラルダ』よりヴァリエーション 
リス・アントーニ・イェオマンス Rhys Antoni Yeomans『マニャーナ・イグアナMañana Iguana 』振付:アリエル・スミスArielle Smith/音楽:ボビー・マクファーリンBobby McFerrin
出場者(ファイナリスト)プロフィール
・イヴァナ・ブエノ Ivana Bueno アメリカ生まれ、メキシコ国籍。メキシコ国内青少年コンクール(2011年グランプリ、2009、2011、2013年第一位)で突出した成績を残す。プリンセス・グレース・アカデミー卒業後2018年にイングリッシュ・ナショナル・バレエに入団。
・ヴィクトール・プリジェント Victor Prigent パリ・オペラ座バレエ学校、フランス国立コンセルヴァトワール、ジョフリー・バレエスクール、サンフランシスコ・バレエスクールなどを経て2017年入団。2006、2007年フランス国立舞踊センター・コンクール優勝、2013年パリ・ショソン・ドール国際バレエコンクール・ファイナリスト。
・鈴木絵美里 Emily Suzuki 埼玉出身。アクリ・堀本バレエアカデミーで学ぶ。2012年全日本バレエ・コンクールジュニアBの部(女性部門)第二位。イングリッシュ・ナショナル・バレエスクールに留学し、イングリッシュ・ナショナル・バレエに2016年入団。
・ウィリアム山田 William Yamada 北海道生まれ。母親にバレエの手ほどきを受ける。渡英後、ヤング・ダンサーズ・アカデミー、英国ロイヤル・バレエスクールを経てイングリッシュ・ナショナル・バレエには2015年に入団。
・カロリン・ガルヴァオ Carolyne Galvao ブラジル出身。2018年ローザンヌ国際バレエコンクール第7位入賞、2018年ジャクソン国際バレエコンクールで第二位入賞。2018年にイングリッシュ・ナショナル・バレエ入団。
・ミゲル・アンヘル・マイダナ Miguel Angel Maidana パラグアイ生まれ。2016年ベルリン・タンツオリンプ国際バレエコンクール2位入賞、2016年ヴァレンティーナ・コズロワ国際バレエコンクール クラシック・ジュニア男子部門銅メダル。2017年韓国国際舞踊コンクール第2位。2018年ローザンヌ国際バレエコンクール第6位、2018年イングリッシュ・ナショナル・バレエ入団。

◆イングリッシュ・ナショナル・バレエ公式サイト
エマージング・ダンサー2020
https://www.ballet.org.uk/onscreen/emerging-dancer/
エマージング・ダンサー2020予告編動画
https://youtu.be/Wr3wDQL9hOw

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る