英国ロイヤル・バレエスクールに留学する松岡海人に聞く、ローザンヌ国際バレエコンクールでの挑戦

ワールドレポート/その他

インタビュー=香月 圭

今年、開催された第48回ローザンヌ国際バレエコンクールで、唯一人日本人として決選に進んだ松岡海人。この模様は2020年8月にテレビ放映されたので、彼の踊りをあらためてご覧になった方も多いことだろう。英国ロイヤル・バレエスクールに留学するために、渡英を間近に控えた彼にこれまでの歩みやローザンヌ国際バレエコンクール、今後のことについて話を聞いた。

――新型コロナ禍ではどのように過ごされていましたか。レッスンはいつも通り受けることができましたか。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2020「アルレキナーダ」
PDL2020©Gregory Batardon

松岡 実家といいますか、自宅の2階がバレエスタジオ(愛媛バレエアカデミー/舟見玲子校長)なので、レッスンはいつも通り行われていて、普段と同じ練習をすることができていました。ただマスクを着用しなければならなかったので、それに慣れるのが大変でした。

――2020年8月10日の愛媛バレエアカデミーでの発表会では『白鳥の湖』の道化や『白鳥の湖』第1幕のパ・ド・トロワなどを披露されたそうですが、いかがでしたか。

松岡 『白鳥の湖』の道化や第1幕のパ・ド・トロワを踊るのは初めてだったので緊張していました。新型コロナウィルスの外出自粛が続いているなか、お客様はいつもより少なかったのですが、熱心にご来場いただいたお客様からは、いつもだったら聞こえてくる「ブラボー!」などの歓声の代わりに、そういった感動の気持ちが込められた拍手をいただきました。その想いは舞台で踊っている僕にも十分伝わってきて、いつしか緊張はほぐれて最後まで気持ちよく踊ることができました。道化役を心の底から楽しく演じることができ、お客様にはユーモアを感じていただけたのではないかと思っています。

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愛媛バレエアカデミー創立20周年記念発表会「タランテラ」 ©Ehime Ballet Academy

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(2018年)YAGP日本予選2019 「タリスマン」 ©Ehime Ballet Academy

――この発表会ではコロナということもあり、先輩の中尾太亮さん(2017年第45回ローザンヌ国際バレエコンクール第3位、英国ロイヤル・バレエ アーティスト)とも再会されたのですね。

松岡 中尾さんは僕にとって心の底から尊敬する先輩です。『白鳥の湖』で僕は道化を演じているときに、同じ舞台の上で中尾さんが踊るグラン・パ・ド・ドゥや、ヴァリエーションを間近に見ていました。手のポジションなどを含め、どの角度から見ても完璧で美しく、ジャンプも高くてフォームがきれいです。スタイルもよくて舞台映えする方だと思います。今回の舞台もとにかく「圧巻!」の一言に尽きました。英国ロイヤル・バレエに入団されていっそう磨きがかかったように感じました。僕も中尾さんを目指して頑張っています。

――お母様がバレエの先生でいらっしゃるので、バレエを始めることは自然な流れでしたか。

松岡 そうですね。3歳になった時に母のすすめでレッスンに参加したのがきっかけです。その頃のことはほとんど覚えていませんが、最初のうちは母にべったりだったのではないかと思います。小学校4年生の頃はバレエでスランプに陥っていて、自分は何でこんなにできないんだろうと悩んだ時期がありました。元々好きだったサッカー、それに野球などもやりたいなという気持ちもうっすら芽生えたことがありますが、母から真摯なアドバイスを授かったおかげで、こうして現在までバレエを続けてくることができました。

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2020年8月10日愛媛バレエアカデミーの発表会を終えて。
左から野井要、松岡海人、河島真之先生、中尾太亮、成瀬龍世、中尾洸太
©Ehime Ballet Academy

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初めてのコンクール 小学1年生(2011年第22回NAMUEバレエコンクール)©Ehime Ballet Academy

――国内コンクールに出場するようになったのはいつ頃からですか。

松岡 小学1年生のとき(2011年)、NAMUEバレエコンクールに出場してブルーバードを踊ったのですが、10位に終わりました。帰りの車のなかで副賞にいただいたオレンジジュースを飲みながらくやしい気持ちをかみしめていたのを覚えています。そのときからくやしかった気持ちを無駄にしないよう頑張ろう、自分に負けないぞという気持ちが芽生え、小学6年生のとき(2016年)、YAGP(ユース・アメリカ・グランプリ)2017日本予選でプリコンペティティブ部門 男性第1位を受賞することができました。この頃から自信を持てるようになり、他のコンクールでも好成績を残せるようになりました。この大会が僕の人生にとって転機になったと思います。

――この受賞がきっかけで英国ロイヤル・バレエスクールへの留学につながったのですね。アッパー・スクールへの留学が決まるまでの経緯をお教えください。

松岡 2016年のYAGP日本予選で英国ロイヤル・バレエスクール・サマースクールのスカラシップをいただき、2017年サマーコースに参加させていただきました。2017年YAGP日本予選で英国ロイヤル・バレエスクール短期留学のスカラシップをいただき、2018年に短期留学に参加させていただきました。その後2019年5月に東京で開催されたAsian Grand Prixでサミラ・サイディ先生(英国ロイヤル・バレエスクール集中コース・国際担当の先生)より英国ロイヤル・バレエスクールの短期留学のスカラシップをいただき、「英国ロイヤル・バレエスクール ホワイト・ロッジに来てみない?」とお話をいただきましたが、義務教育などのこともあり、出来るならアッパー・スクールから入学したいとの希望をお伝えしました。すると「2019年の東京で開催される英国ロイヤル・バレエスクール・ウィンターコースを受けてみたら?」とお話をいただき受講させていただきました。そして2020年のサマーコースでアッパー・スクールへ留学出来るかどうか、試験をしていただくということになりました。
その後、ローザンヌ国際バレエコンクールに参加して、クリストファー・パウニー校長先生にも舞台での踊りを見ていただき、サマーコースへ向けて準備を進めていましたが、新型コロナの影響によりサマーコースが海外からの参加者は参加できないということとなってしまいました。そしてサミラ先生と今後のオーディション日程などメールでご相談しているうちに、「ビッグ・ニュースがある!」とメールをいただき、内容を確認しましたらパウニー先生よりアッパー・スクールへの入学許可のお手紙でした。本当ならまだホワイト・ロッジに入学する年齢なので、僕も母もびっくりしました。僕の留学について道を開いていただいたサミラ先生ご自身も驚いていらっしゃいました。

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(2016年) YAGP日本予選2017©Ehime Ballet Academy

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YAGP2017 NYファイナル ©Ehime Ballet Academy

――英国ロイヤル・バレエスクールに短期留学されたときの感想を教えてください。

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(2018年)YAGP日本予選会場にてラリッサ・サヴァリエフ先生と©Ehime Ballet Academy

松岡 英国ロイヤル・バレエスクールにはスタジオが複数あり、クラシック・バレエ以外にもコンテンポラリー・ダンスやジャズダンス、スパニッシュ・ダンスなどの民族舞踊などをそれぞれの専門の先生が教えていらっしゃいました。ダンスを多角的に学ぶという意味ですごく刺激を受けました。コンテンポラリーを始めたのが小学校6年頃と少し遅めだったので苦手意識を持っていたのですが、わかりやすく説明していただいて、他のクラスメイトと同じように動くことができました。
海外でのひとり暮らしは初めてだったので、英語が通じるのか、また生活面でも不安がありましたが、学校では生徒の皆さんが想像以上にフレンドリーで助けてくれました。彼らが「僕が代わりに説明するから伝えたいことを言ってみて」という感じでサポートしてくれたので、英語が流暢に話せなくても困ることはありませんでした。英国ロイヤル・バレエスクールには日本の先輩方もたくさんいらっしゃったので、わからないことを教えていただいて皆さんに大変お世話になりました。このような経験を経て僕自身もすごく成長できたと思います。

――英国ロイヤル・バレエスクールの新学期は今年どのようになっていますか。

松岡 僕は9月14日にイギリスに向けて出発しますが、当初はイギリスに入国したら2週間自主隔離を行った後、9月下旬から2週間遅れて英国ロイヤル・バレエスクールの新学期に合流する予定でした。しかし、英国ロイヤル・バレエスクールより連絡があり入国後2週間の待機がなくなりましたので、9月14日に到着後、1泊ガーディアン宅(現地の保護者宅)に泊まって、翌朝から寮に入り15日からみんなと一緒にレッスンに参加します。少しハードなスケジュールになりましたが、今からとても楽しみでワクワクしています。
僕は地元、愛媛の高校には1学期だけ在籍しましたが、そこで出来た友達から「もういなくなっちゃうの? 向こうでも頑張ってね!」と気持ちよく送り出していただきました。ロンドンでもまた新しい仲間ができるといいなと思っています。

――ローザンヌ国際バレエコンクールに挑戦しようと思われたきっかけを教えてください。

松岡 ローザンヌ国際バレエコンクールの参加資格年齢が引き下がって、決選日に15歳の誕生日を迎える人から応募できるようになりました。18歳になるまで何回も挑戦できるから、ダメもとで挑戦してみようかなと思いました。ビデオ選考の合格の知らせが届いたときは予想もしていなかっただけにびっくりしましたが、言葉に表せないくらい嬉しかったです。それから熊川哲也さんや吉田都さんが立った舞台に自分も立つことになるんだと身が引き締まる思いがしました。

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NYにて©Ehime Ballet Academy

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(2017年 )初めての英国ロイヤル・バレエスクール ©Ehime Ballet Academy

――モントルーでの本選に出場するにあたって、クラシック・ヴァリエーションでは『アルレキナーダ』を選択なさいました。その理由を教えてください。

松岡 15、16歳ジュニア男子向けのクラシックの課題曲のなかから『コッペリア』のフランツのヴァリエーションと『白鳥の湖』第一幕のパ・ド・トロワよりソロ、そして『アルレキナーダ』のヴァリエーションの3つに絞りました。『アルレキナーダ』についてはアルルカン(道化師)という、快活でかわいいキャラクターの役は僕の素の性格にも近く、コロンビーヌという女の子をいつも探しているというイメージが頭の中にすぐに浮かんできました。ローザンヌ国際バレエコンクールに出場するにあたって、ローザンヌという大舞台でおじけずにどこまで表現力を発揮できるか、自分自身で新しい挑戦をしてみようという思いで最終的に『アルレキナーダ』を選びました。

――ローザンヌ国際バレエコンクール本選の会場ではニコラ・ル・リッシュ先生がクラシック・ヴァリエーションのコーチを担当されましたが、いかがでしたか。

松岡 僕のエントリーナンバー(No. 201)は男子全体の中で1番だったので、先生に最初に見ていただくということで初めはすごく緊張しましたが、ル・リッシュ先生はすごく優しくて、日本から準備していった踊りに対して新しい視点でいろいろなアドバイスをしてくださいました。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2020 ニコラ・ル・リッシュ先生 ©Ehime Ballet Academy

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ローザンヌ国際バレエコンクール2020 ヴェロニク・ジャン先生 ©Ehime Ballet Academy

――コンテンポラリーはマウロ・ビゴンゼッティ振付『Furia Corporis(フリア・コルポリス「怒れる肉体」の意)』を選択されました。その理由や作品への取り組みについてお教えください。

松岡 クラシックのヴァリエーションとは真逆のイメージのものを選びました。この作品では内面にくすぶる青く冷たい怒りをイメージしてその世界観を表現しました。これもまた自分にとってもうひとつのチャレンジでした。コンクール本選の会場では同じ作品を踊る数名と一緒にヴェロニク・ジャン先生に見ていただいたのですが、はじめは僕を含め誰もがこの作品について難しいと感じているようでした。ヴェロニク先生から「この作品はこのような世界観だから動きや表現は基本的にはこのようになります。それから先は表現者であるあなたたち自身に委ねます」というように指針を明確に示していただいたおかげでこの作品への理解が深まり、本番では納得して自分の世界を表現することができました。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2020 コンテンポラリーのコーチング。ヴェロニク・ジャン先生 PDL2020©Rodrigo Buas

――ローザンヌ国際バレエコンクール会場でのクラシック、コンテンポラリーの合同クラスについての感想をお教えください。

松岡 クラシック合同クラスのパトリック・アルマン先生とはYAGPでも教えていただいていたので、今回は2回目でした。アルマン先生の指導は自ら大きく動いたり、英語がわからない生徒に向けてゆっくり話していただいたり、簡単な英語を使ってくださったり、僕には日本語で話してくださったりしてとてもわかりやすかったです。先生のクラスは面白くてコンクール期間中、「今日もアルマン先生のレッスンを受けられるんだ」と毎日楽しみでした。
アーマンド・ブラスウェル先生はコンテンポラリーを踊るのをとても楽しんでいる様子が印象的でした。初日から先生がクラスの中で動きのフレーズを考えてそれらのフレーズを日々積み重ね、最後のクラスでひとつの作品として完成させるという流れでした。先生が楽しんでいるうちに出来た作品を僕たちにも踊らせていただけたので楽しかったです。ブラスウェル先生はテンションも高く、大きな声で「もっと大きく体を動かして!」と声かけしてくださいました。実際、やってみると普段よりもっと大きく体を使うことができて体がほぐれていくのを感じました。また最初は苦手だと思っていたコンテンポラリーも一週間後には体が動くようになって成長したなと自分自身でも実感するくらいになり、良いレッスンをしていただいたなと感謝しています。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2020「Furio Corporis」PDL2020 © Gregory Batardon

――過去の出場者の方々は「このコンクールはアットホームな雰囲気だった」と口々に述べています。海人さんご自身はどのようにお感じになりましたか。

松岡 ローザンヌ国際バレエコンクールの会場に足を踏み入れると、他の参加者が皆自分より上手で、近づきがたい雰囲気を感じたりしました。シニア男子グループで参加していた藤島恵太さんや萩本理王さんに助けていただいて、僕は勇気をもって日本人以外の参加者にも話しかけてみました。すると、実は皆さん優しくて面白い方ばかりだということがわかりました。楽屋でも皆とても仲がいいのです。初日からコミュニケーションをとっておけばよかったと思いました。最終日には表彰台で参加者の皆が「おめでとう」と友達になった仲間を祝福し合ったり、とても打ち解けた雰囲気でした。

――ローザンヌ国際バレエコンクールの舞台で踊った感想はいかがですか。会場の大喝采を浴びていらっしゃいましたね。

松岡 舞台に上がる前にうまくできるかなとか、失敗したらどうしようと緊張していましたが、「緊張するくらいの大舞台こそ精一杯踊りなさい」という先生の教えを思い出してここでプレッシャーに負けてはだめだと思い、思い切り舞台で踊れることを楽しもうと考えを前向きに切り替えました。『アルレキナーダ』の踊りもカチカチに緊張していては楽しげなキャラクター像が壊れてしまいます。心からこの舞台を楽しもうと思ったら体が勝手に動いてくれて失敗もほとんどなかったくらいです。舞台を楽しむことは成功につながるんだなと実感しました。

――決選に進出したときはどんなお気持ちでしたか。

松岡 まさか自分がファイナルに残れるとは思っていなかったので驚きました。決選に残ったのは日本人では僕一人だけだったので、プレッシャーも感じていたのかもしれませんが、幼い頃からレッスンでお世話になっている山本康介先生や河島真之先生にもモントルーでずっとご一緒していただきアドバイスも毎日たくさんいただいていました。ですから最後の練習では失敗することもありましたが、本番では楽しいという気持ちがこみ上げてきて、日本人代表として誇りをもって踊ることができました。踊り切ったあと、お客様から掛け声や拍手をいただいたので、これまで踊ってきた中で最高の舞台になったと思います。

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ローザンヌ国際バレエコンクール2020にてPDL2020©Gregory Batardon

――これからローザンヌ国際バレエコンクールに挑戦する人にアドバイスをお願いします。

松岡 憧れのバレエコンクールということで緊張すると思いますが、ベストを尽くして踊ることを楽しんでほしいと思います。現地では参加者に話しかけてお友達をたくさん作ってください。

――英国ロイヤル・バレエの舞台がお好きだと伺っていますが、その魅力をお教えください。

松岡 カルロス・アコスタさんの『ドン・キホーテ』を見てハートを射抜かれました。ロシアやアメリカのバレエも好きなのですが、英国ロイヤル・バレエの舞台はノーブルで美しく、何か光るものを感じます。僕は英国ロイヤル・バレエの舞台を見るとたとえ映像であっても必ず鳥肌が立ってしまいます。「これが正統派のバレエなんだ。僕も絶対に英国ロイヤル・バレエに入りたい!」と直感して、それ以来、ずっと目標にしてきました。

――ワディム・ムンタギロフさんが目標とのことですが、どのような点が素晴らしいでしょうか。

松岡 彼のスタイルにも憧れますが、それだけでなく、王子、海賊、青年とどんな役でも演じることができるところがすごいと思います。どの作品を見てもその役そのものだというリアリティを感じさせます。いつか僕もムンタギロフさんと同じ舞台に立つようになりたいと思っています。

――英国ロイヤル・バレエで踊ってみたい作品はなんですか。

松岡 『くるみ割り人形』の王子をいつか踊ってみたいです。グラン・パ・ド・ドゥで華麗に登場する自分の未来の姿を夢に描いています。素敵な女性ダンサーの方とパートナーを組んでひとつの舞台を一緒に作り上げていきたいと思っています。

――本日はイギリスにご出発される直前のお忙しいところ、お時間いただきありがとうございました。これからのご活躍を楽しみにしております。

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