ナターシャ・マイヤー「マニュエル・ルグリが去るウィーンの今」

ワールドレポート/その他

インタビュー=矢沢ケイト

「世界からバレエの舞台が消えた時」<1>
ナターシャ・マイヤー(ウィーン国立バレエ団 プリンシパル)=インタビュー

ウィーン国立バレエ団でプリンシパルを務めるナターシャ・マイヤー。その可憐さと美しい足先で入団当初から輝きを放っていた彼女は、芸術監督マニュエル・ルグリに与えられたチャンスを次々と自分の糧とし、今やバレエ団を牽引するプリンシパルとなった。ルグリの芸術監督退任の集大成となるガラ公演の舞台まで奪ってしまったコロナウイルス感染症による外出制限期間に、現在の生活や心境を聞いた。
(マニュエル・ルグリはウィーン国立バレエ団の芸術監督を6月で退任し、12月よりミラノ・スカラ座バレエ団の芸術監督に就任することが決まっている)

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© Marian furnica

----外出制限が出ていますが、ご無事で過ごしていますか。

元気に過ごしています。舞台で踊りたいと思うけれど、このような状況にいるのは私だけでなくて誰でも同じ。仕方がないと思います。ダンサーがレッスンができないなんて、世界大戦以来はじめてくらいなのではないでしょうか。両親の世代にだってなかったことだから、一生忘れない出来事になると思います。

----どのように過ごしていますか。

毎日オンラインでバレエのクラスを受けています。午後はピラティスをしたり、オンラインでミーティングに参加したりすることもあります。最初は、一般に公開されているインスタグラムのライブ配信や、イングリッシュ・ナショナル・バレエがYouTubeで配信しているタマラ・ロホのクラスを受けていました。最近では、同じバレエ団のダンサーと一緒にZoomをして、日替わりで各所から先生を招いて、プライベートクラスをしてもらっています。いろいろなクラスが配信されているので受けてみたいものが多いのですが、今はこうしたプライベートクラスに専念しています。バレエ団にもよく教えに来てくれる元パリ・オペラ座バレエのステファン(Stephane Phavorin)にもお願いしていて、バレエの他にもフロア・バーのクラスを教えてもらっています。カンパニーのメンバーと一緒に受けられるので、楽しいです。

----ウィーン国立バレエ団は、いち早くリノリウムをダンサーに配布していましたね。

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はい! この素晴らしいアイデアに感動しました。劇場に残っていた古い舞台用の床素材(リノリウム)を団員に配布するという連絡を受けて、みんな劇場に取りに行きました。それぞれ自宅に必要な長さをカットしてもらえて、1.5m四方くらいのものを自宅の床に敷いて使っています。私は自宅にスタジオがなくて、家の床は滑るので、リノリウムがもらえて本当に助かっています。バーと、ちょっとしたセンター、ポアントで立つことも安心です。大きな動きやジャンプはできないけれど、いつ終わるかわからないこの外出制限期間に、少しでも自宅で動けるパが増えてよかったです。全然動かないまま来シーズンを迎えてしまったら、自分も周りもショッキングな状態になってしまいますしね。スモールジャンプは、家にあったマットの上で跳んでいます。自宅の庭でグランジャンプをしようとしましたが、難しいですね (笑)。

----外出制限が始まってから、どれくらい経ちますか。

最初に公演がキャンセルになったのは、たしか3月半ばでした。ついに今シーズンの残りの全演目がキャンセルになってしまいましたが、朝のレッスンやリハーサルの再開については、まだ聞いていません。もしかするとこのまま夏休みに突入してしまう可能性もありますね。

----ウィーンの街の様子について簡単に教えてください。

オーストリア政府の対応が迅速だったこともあって、早くも良い方向に向かっていると思います。感染者数もかなり減ってきて、周りの国と比べても状況改善が速く進んでいる印象です。マスクをしてスーパーに買い出しに行ったり、たまに自転車に乗ったりもしています。医療機関も機能していると思います。

----この外出制限の期間に新たに始めたことはありますか。

オンラインでピラティスの資格を取ろうとしています。何か将来に役立つことを得る時間にしたいと思って。ピラティス自体は、以前から自分でクラスを受けていて、シーズン中でも週に3回ほどウィーンの市内のスタジオに通っていましたし、この生活が始まってからは、ほぼ毎日オンラインで受けています。
また、家にいる時間が確保できることで、家族と一緒に過ごす時間が増えました。普段はなかなか一緒にいられないので、貴重な時間です。

----ご自身ではオンラインでクラスを配信されていますか。

はい。カンパニーで一緒のヤコブ (Jakob Feyferlik) と一緒にバレエのクラスを配信したり、イタリアのバレエ学校に向けたクラスを教えたり、BLOCHからも打診がありインスタグラムでクラスを教えました。
他には、インスタグラムで舞台メイクのレッスンをライブ配信しました。これは、マニラでバレエショップやバレエスクールを運営している日本人の友人からお話をいただいて実現したものです。以前そのスクールで教えたことから、何かライブ配信をするというお話が出ました。Q&Aセッションもしたのですが、特別なことをしたいと考えた末に、ステージメイクアップ講座になりました。私から教えたけれど、メイクは個々にアレンジしていくものなので、完成した顔写真を受講生たちが送ってくれた時は、見ていてとても嬉しかったです。普段なかなか練習する時間を取れないと思うので、やってみて良かったと思います。
普段やらないことと言えば、古いポアントにカラーペンでペイントをしてみました。潰れてしまったもので試してみましたが、楽しかったです。インスタグラムに写真を載せたところ好評でした。

----バレエ団のお話に移りたいと思います。ウィーン国立バレエ団は、芸術監督の交代もあり、大きな変化の時期ですよね。

途中で公演がキャンセルになってしまった今シーズンは、私たちの今の芸術監督であるマニュエル・ルグリにとって最後のシーズンでした。こんな形で終わってしまうなんて、今でも信じられないくらい本当に悲しいです。
来シーズンからは、マーティン・シュレップァー(Martin Schläpfer)が就任します。ドイツのバレエ・アム・ラインの芸術監督で、作品を多く作っています。芸術監督が交代する節目の年だったせいか、新規入団の公募オーディションは予定されていなかったと思います。昇格は毎シーズンの最後に発表なのですが、今回はその機会がないし、こちらも同じく芸術監督の交代時期なので無いのではと予想しています。

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デニス・チェレヴィチコ(左)、ナターシャ・マイヤー、マニュエル・ルグリ

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2019年ヌレエフ・ガラより / ローランプティ振付「Delirienwaltz」
© Ashley Taylor Wiener Staatsballett

----キャンセルされてしまった今シーズンのプログラムについて、お聞かせください。

新しいトリプルビルがありましたが、3回公演をしたところで劇場が閉まってしまい、最後の2回がキャンセルになってしまいました。ウィーンでの初演になる作品もあったので、残念ですが、数回でも上演できて良かったです。
その他に楽しみにしていた作品は、ランダーの『エチュード』やフォーサイスの『セカンド・ディテール』。そしてマニュエルが振付けた『シルヴィア』全幕も予定されていました。
何よりも残念なのは、ヌレエフ・ガラです。マニュエルが最後に全てを詰め込んで上演しようとしていた舞台で、私たちも本当に楽しみにしていました。彼は、もっと良くしよう、もっと良くしようと、毎日考えては内容を変えて、ずっと準備をしていたんです。

----ウィーンのレパートリーは、とても充実しているように思います。ダンサーとしてはどのように思いますか。

幅広い作品に恵まれていて、毎シーズンがとても充実しています。世界的にみると、古典作品の上演が減っているカンパニーも多いけれど、ウィーンは古典作品もしっかり上演し続けています。それでも同時にフォーサイスやマクレガーなど、各国の振付家が作り出す作品もプログラムに取り入れられていて、バラエティに富んでいます。
マニュエルが来てから、このバレエ団は本当に良くなりました。彼が、ウィーンの中でのバレエの存在を大きくしたんです。公演のクオリティが高くなったと思うし、良いダンサーが集まって層が厚くなりました。劇場のチケット販売数も、彼の功績を表していると思います。シュターツオーパーとフォルクスオーパーの両方の劇場で、ほぼ全てのバレエ公演が完売です。オペラが有名なウィーンで、バレエがここまで良くなったことは、ウィーンで生まれ育った私の目にも、この数年で街に起きた大きな変化に映っています。

----ルグリさんについて、もう少しお聞かせいただけますか。

マニュエルは、私たちのみんなの"バレエ ダッド"。私が17歳の時にカンパニー入団した際も、マニュエルが採用してくれました。入団以来、たくさんのチャンスをくれたし、いつも背中を押してくれて、本当にたくさんのことを教えて育ててくれました。
彼と離れてしまうのは本当に悲しいけれども、私たちの人生に無くてはならない存在だし、常にそばにいてくれる気がするんです。彼はバレエの全てにつながっているから、世界中どこでも誰のことでも知っていますし、世界中の皆が彼のことを知っています。どこの国にいても、舞台を観に来てくれたり、遊びに来てくれたりしてくれるでしょうし、また一緒に仕事もできるかもしれません。

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プリンシパル昇格の時。ナターシャ・マイヤー、マニュエル・ルグリ

----ルグリさんの魅力を短くまとめると、どのような方でしょうか。

本当に素晴らしい指導者です。バレエと関わる全てを知り尽くしています。レッスン中に注意してくれることも好きだし、作品のコーチングをしてくれる時も大好きです。スタジオでは、短い時間でも驚くくらい多くのことを教えてくれます。彼に教わることができることは、本当に幸せです。
彼自身の人柄も、とても素敵です。周りの人のことを理解してくれるし、いろいろな方面に気が使えて、寛大で、スマートです! もちろん芸術監督としても素晴らしかったけれど、マニュエルがいてくれたからこそ、このカンパニーにこれだけのダンサーが集まってきたし、長年このカンパニーに在籍し続けたダンサーが多いのだと思います。私自身もその1人です。彼はいつでも、追求したくなるような作品や課題を私たちに持ってきてくれます。まだウィーンにいてくれたら、彼のもとで頑張りたいことが山ほどあったと思います。離れたくなかったです!

----来シーズンは大きな変化の年になると思いますが、ご自身の目標をお聞かせください。

来シーズンは、新しいことにたくさん挑戦して、学びたいです。今年の夏は、ガラなど外部の舞台の予定も多くあったのにキャンセルになってしまいました。その分も、来シーズンはゲスト出演もたくさんしたいし、新しい役も覚えたいです。日本にも早く行きたいと、いつも皆で話しています。

----最後に、日本にいるダンサーやバレエファンの皆さんに、メッセージをお願いします。

この期間は、悪いことばかりではないと思うんです。怪我をして、自分だけが休まないといけないのとは違って、今はみんなが同じ状況にいるのだから、ひとりぼっちで悩んだり苦しんだりする時ではないからです。そして、皆がクリエイティブになれる時でもありますよね。毎日の時間の使い方を自分で考えて、何か良い変化が生まれるように工夫する時なのだと思います。早く元に戻ることを願って、そして、戻ったときに良い成果が感じられるといいですね。ダンサーという仕事があることを幸せに思って、舞台に戻れる日を心待ちにしています。

ナターシャ・マイヤー/インスタグラム
https://www.instagram.com/nataschamair/?hl=en
ウィーン国立バレエ団
https://www.wiener-staatsoper.at/en/staatsoper/staatsballett/

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