12月５日の公演を観る。３年前の世界初演を見ていない筆者には当日がマシュー・ボーン版『赤い靴』の初見である。１年前の『スワン・レイク』再演との違いは、事前の配役発表が無かったこと。チケット購入前に正面玄関入り口右手の電光掲示板で配役を確認する。

ストーリーや設定的に映画と異なるのは、スター・バレリーナのイリーナ・ボロンスカヤ役がだいぶ年配であること、また「映画『赤い靴』は、バレエ・リュッスのディアギレフとニジンスキーの関係を、時代的に同性愛としては描けなかったため、男女の三角関係に置き換えた」という事実をより膨らませており、モンテカルロの場面ではバレエ・リュッスの『青列車』を彷彿とさせる作品が踊られたり、ピカソやバクストらと共にバレエ・リュッスに貢献した詩人でバレエ作品の原作者、画家、映像作家のジャン・コクトー風の舞台背景が使われている。２幕でレールモントフのバレエ団を離れたヴィクトリアが東ロンドンのミュージック・ホールで労働者階級出身の芸人たちと舞台を共にし、自らの境遇に耐え切れなくなってしまう様子が描かれていることなどである。

だが幕が上がった直後から、映画でレオニード・マシーンが演じたグリシャ役のリアム・ムーアのダンス技術と表現力が白眉で、また映画でロバート・ヘルプマンが演じたイヴァンに扮する新人ジャクソン・フィッシュも、長身で容姿に優れバレエ・ダンサーとしても華があり、大いに注目させられた。
特にムーアは、映画収録時に50代初めであったレオニート・マシーンとは実年齢が大いに異なるにもかかわらず、身振りや立ち居振る舞いからマシーンを彷彿とさせる好演で「これほどの表現力の持ち主であったのか！」と、驚かされた。ロイヤル・バレエ・スクール初等科時代にミュージカル『ビリー・エリオット』のビリー役でデビューし、14歳でローレンス・オリビエ賞の新人賞に輝いている彼のバレエ・ダンサーとしての実力は言わずもがなである。筆者は2019年1月にムーアがアメリカのロス・アンジェルス公演からロンドンに帰って来た当日の夜に、彼がマシュー・ボールと『スワン・レイク』の王子とスワン・ストレンジャー役で競演するのを観ている。膝の故障で一時舞台を降板しながらも、その後毎日のように舞台を務め、疲れがうかがわれたマシュー・ボールの隣でデュエットを踊りながら、時差ボケや疲れを微塵も感じさせず、時としてボールを凌ぐパフォーマンスを見せるムーアの気迫、スタミナ、ダンス技術に大いに感銘を受けていた。今回グリシャ役を踊る彼を見て日々進化し続けるこのムーアという若き舞台人の才能と、その伸び幅に圧倒された。難を言えばムーアとフィッシュの好演により女性主役が、やや地味に見えてしまうことだろうか。

当日の主役コーデリア・ブレイスウェイトのヴィクトリアは、愛とキャリアの狭間で精神の均衡を崩す繊細な女性が良く似合った。アダム・クーパーは貴族的で冷酷なレールモントフが大変良く似合い、後姿や片方の眉を上げるだけで多くを物語る巧みな演技力で、舞台と作品を支配した。今回の再演でクーパー演じるレールモントフを観て、彼以外でこの作品を観ることが出来なくなってしまったファンが多いのではないだろうか。

当日はロンドン公演3日目。終演後は熱狂した観客から盛んな声援が送られ長いカーテンコールが続く中、何度も舞台前方に呼び出されるクーパーの目には涙が光っていた。6月の日本公演の配役はまだ発表になっていないようだが日本で人気のクーパーのこと、レールモントフ役で日本のファンの前に姿を現してくれるのではないだろうか？
（2019年12月5日 ロンドン　サドラーズ・ウェルズ劇場）

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