カザフスタンでユーラシア・ダンスフェスティバルが開催され、ジャパン・インターナショナルバレエがロマンティック・バレエからコンテンポラリー・ダンスまで上演
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フリューラ ムーシナ(バレエ評論家)
カザフスタン共和国の首都アスタナのアスタナ・バレエ劇場で、6月4日から16日まで、第3回ユーラシア・ダンスフェスティバルが開催された。マリインスキー・バレエ、チェコ国立バレエ、アスタナ・バレエ、ウクライナ国立民俗舞踊団などとともに、日本からはジャパン・インターナショナルバレエ(JIBC)が参加した。
ジャパン・インターナショナルバレエ(JIBC)は若い団体で、カザフスタンでは初めての公演となる。日本は、文化、芸術が豊かに発達しているにも関わらず、国立のバレエ団が少ない。しかし、日本には数百の私立バレエ教室と高度なテクニックを持ったバレエダンサーが数多く存在しており、ロシアのクラシック・バレエのメソッドが非常に重要視されている。日本人は概して信じられないくらい真面目で、舞踊の教本通りに極限まで忠実に踊る日本出身のバレエダンサーには、世界中のバレエ団で出会うことができる。
JIBCを主宰する針山愛美は現状を少しでも変えていこうと決心し、私立のバレエカンパニーを立ち上げた。日本ではバレエカンパニーが国などからの助成金を受けるためには、まず自らの、将来性と実績を証明しなければならないのである。
現在、JIBCの団員は、さまざまな舞踊の分野で自身を試したいという望みを抱き、契約ダンサーとして活動している。今回は34人の若いダンサーがこのフェスティバルに参加した。団員にはプロのダンサーもいれば、針山愛美がダンスを指導している神戸女学院大学音楽学部の学生もいる。また、ウラジーミル・マラーホフがJIBCの芸術アドヴァイザーを務めている。
針山愛美はモスクワ舞踊アカデミーでマリーナ・レオノワ、イリーナ・バトゥーリナに師事。卒業後、スタニラフスキー&ダンチェンコ記念国立モスクワ音楽劇場、ドイツ、アメリカで踊り、当時、ベルリン国立バレエ団を率いていたウラジーミル・マラーホフの招待で同団に入り10年以上もソリストを務めた。
JIBCは6月10日にフェスティバルに登場したが、この日本のバレエカンパニーは若い団員たちの可能性と魅力を広いスペクトルとして見せるために、二部構成のプログラムを披露した。
まず舞台は、針山愛美が振付、自身が踊った舞踊エチュード『ドリーム』で始まった。この作品は舞踊芸術への愛を表現したもので、ジュール・マスネの音楽に献呈されたモノローグである。
誤解を恐れずに言えば、このJICBの夕べはすべてダンスへの独特な贈り物であった。数日前に出演したウクライナ国立民俗舞踊団のダンスアンサンブルは、各々の踊りが展開するストーリーと演技性を持った舞台であったが、日本人は様々な角度から純粋な踊りを披露し、なかなか感動的だった。
次の演目、島崎徹振付の『ゼロ ボディ』は、ストーリー性のない25分のコンテンポラリー・ダンスだったが、会場の観客を釘づけにした。
島崎徹は90年代初めにカナダのシッター ダンススクールのバレエ部主任の時、振付を始めた。以降、新国立劇場バレエ、ジュネーブ大劇場バレエ、フランドル王立バレエ、バレエ コロラドなどヨーロッパ、アメリカ、アジアなどの多くのカンパニーで指導してきた。また、上海やローザンヌの国際バレエコンクールなど多くの国際コンクールの審査員を務めた。アメリカン・ダンス・フェスティバル(ADF)にも出演し、オーストラリアではミュージカルのための振付も行なっている。現在は神戸女学院音楽学部舞踊専攻教授を務めている。島崎徹はまた、たびたびマスターコースの講習会を開催し、そこで新たな動きを研究している。そうした研究の結果、例えば『ゼロ ボディ』といったある概念を表す題名が付けられた振付作品となる。基本的に自身の演出では、筋立て、衣装、装置といった舞台上で意味を表すもののサポートを使わず、物語性を廃し、動作とその美しさを探求している。
『ゼロ ボディ』 島崎徹:振付
『ゼロ ボディ』 島崎徹:振付
黒い短いスカートに巻き毛、黒の靴下をはいたダンサーたちは能力を発揮し、彼ら自身が現代舞踊エクササイズの抽象的概念の素材となってみせた。新たなエネルギーを独創的な動作へとつぎ込むため、音楽に従ってダンサーたちは一瞬、動きをとめたりするが、踊りの流れはほとんど休みなく続いた。
島崎徹は、「私がまだ若い時にはイリ・キリアンとかマッツ・エックといった偉大な振付家の創作に非常な注意をはらい、後を追っていました。しかし、自分の仕事を始めてからは他の人を観察することは止めました。私にとって大切なのは観客が私の作品を楽しんでくれることで、同時に重要なのは舞踊のクオリティ、ダンサーのプロフェッショナリズムで、それがあれば、自分の理想を実現化できるし、どんな課題も超えられます」と語っている。
神戸女学院の在校生の10名の黒い衣装を着た少女たちは、ある時は一つの有機体になったかと思えば、次には自分自身の生命となる身体の個々の分子に分裂するという、難しい振付構成を上手くこなしていた。振付作品の音楽は、アニメーション映画『千と千尋の神隠し』のサウンドトラックが使われた。9人と1人、ある時は10人全員のダンサーが同時に、ダンス用の音楽として全く予期されていなかったリズム感のある音楽に溶け込んだのだ。
振付家は音楽を可視化し主題と副題を明らかにし身体的対位法を創造し、観客をその中に没入させることに成功した。観客席はたちまち反応を示した。 最初は前衛的な作品に警戒の目を向けたが、その後、ハイクオリティで表現豊かなシーンごとにあたたかい反応を示し、最後は拍手喝采の嵐が起こった。
『Dork Faith』 Ji Eun Lee:振付
第二部は、幕が開いた瞬間からクラシック・バレエの蘇りを感じさせる舞台。日本のバレエカンパニーの現代的で新しい試みからの大きな転換であった。JIBCはただクラシック・バレエの傑作を演じただけでない、その繊細な様式も現した。マラーホフが復元した19世紀のロマンティック・バレエ『ラ・ペリ』第二幕。妖精ペリの天国の踊りのシーンをハイライトとして披露した。
1843年、テオフィル・ゴーティエのリブレットにジャン・コラリが振付けた『ラ・ペリ』の振付は、今日では保存されていない。不朽の名作『ジゼル』と違い、バレエ『ラ・ペリ』にはフリードリッヒ・ブルグミュラーの総譜とゴーティエのリブレット、いくつかの批評文とリトグラフしか残されておらず、振付は断章の一片たりとも現存しない。
かつてベルリン国立バレエ団のディレクターであったウラジーミル・マラーホフは、当時の舞踊ボキャブラリー辞典などの中にある写真と自身の才能を活用して、驚くべき正確さで、ロマン主義時代のバレエのボキャブラリーと構成の特徴に呼応した舞台を創造した。
『ラ・ペリ』ウラジーミル・マラーホフ:振付
『ラ・ペリ』ウラジーミル・マラーホフ:振付
アーティストたちは優雅なポーズでシーンに溶け込み、グラン・パ・ド・ドゥの踊り、そしてコール・ド・バレエの雰囲気も素晴らしかった。針山愛美はここではエトワールの貫禄で踊って見せた。また、カンパニーの若いアーティストたちが懸命に喜びをもって踊っていることに好感がもてた。
こうしてフェスティバル3日目は、日本のバレエの舞台が現地の観客のために開催されてたいへんに好評だった。
新しい名前、団体、振付といった未来を示すものをフィーチャーすることは、ユーラシアン・ダンスフェスティバルのトレンドの一つである。このフェスティバルは観客にとって新しいだけでなく、若いバレエカンパニーに新しい途を開く。明日、私たちを待ち受けるのは、マリインスキー・バレエの舞台で、やはり、創造的表現の途を切り開いてくれるものである。そしてまた、ユーラシアン・ダンスフェスティバルは進んでいく!
『ラ・ペリ』ウラジーミル・マラーホフ:振付
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