観客と様々に交流しつつ踊った伊藤キムの愛すべき人柄を感じさせた、素敵なパフォーマンス

ワールドレポート/その他

三崎 恵里  Text by Eri Misaki

瀬戸内国際芸術祭2019

『ラジオで踊る』 伊藤キム:振付

2010年に創始され、三年ごとに実施されてきた瀬戸内国際芸術祭(瀬戸芸)の第4回春会期が4月26日にオープンした。二日目の4月27日には、伊藤キムが過去の瀬戸芸で制作され現在も高松港に展示されている作品を使用して、即興でソロを踊った。

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Photo / Shintaro Miyawaki

台湾人アーティスト、リン・シュンロン(林舜龍)の作品「国境を越えて・海」は、台湾から流れ着いた木の実「ゴバンノアシ」をモチーフに、直径9メートルもある「種の船」をイメージして作ったものだという。素材は木の板と長い木の根を使っており、巨大な「種の船」の中は階段状の座席スペースを持つ小さな劇場のようになっている。舞台に当たるエリアは幅60〜70センチくらいの頑丈な木の棚のようなスペースで、中央を太い梁(はり)が通っている。棚の両側には階段がついていて、床(底)に降りられるようになっている。階段状の「観客席」は約60名の観客でいっぱいになった。その狭い棚のステージで伊藤キムが、その時に流れているラジオの生放送で約30分間、即興で踊った。

一人、棚のような「舞台」に立っていた伊藤は、時間が来ると観客の一人にストップウオッチを渡し、「20分経ったら教えてください」と言った。小さなラジオを付けると評論のような男性の話し声が流れ、伊藤はそれに対して踊りだした。話の内容ではなく、リズムや音に対して動いている。木のドームの中のようなスペースの一角の、狭い棚の上でかなり早い動きをするので、見ている方は少々はらはらする。話と話の間にも動き続け、声の調子にも動きを反映させる。天井から三つのランプがぶら下がっていて、これが照明の役割を果たした。話が終わって音楽が流れると、それに合わせて同じ動きを繰り返す。滑らかな腕の動きが、ダンスらしいものに見えた。音楽に合わせて動きが大きくなる。
評論は終わって、「みんなの歌」になった。NHK第一放送だとその時分かった。伊藤は歌詞に反応するように、ゆっくりとした動きになり、明らかに音楽に合わせて踊っている。真ん中の大きな梁を飛び越えたとき、一瞬バランスを崩すが、うまくそれを動きに取り入れる。ブレーのようなバレエの動きも入っている。気持ちよさそうに踊る伊藤。二曲目は「子豚のしっぽ」という、子供向けの可愛い歌だった。音楽に合わせて、作品の中央に渡してある太い梁の上を、伊藤はわざと体を揺らしながら危なげに歩く。観客席の小さな子どもが身を乗り出して見る。「子豚ちゃん」という歌詞でキッと観客の方を振り向いたり、コミカルな動きを交えると、子どもの無邪気な笑い声が上がった。

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Photo / Shintaro Miyawaki

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Photo / Shintaro Miyawaki

伊藤は曲のイメージとリズムを取り入れて踊り続ける。音楽と音楽の合間を腕をグルグル振り回して繋ぐ。次はポルトガル語講座。腕や体を回したり、手足を忙しく動かせる。疲れたのか、しばらく静止した後、流れるポルトガル語や日本語の説明に対して、また動き出す。外国語の会話に合わせて口パクをしたり、音の強弱に合わせて、体全体で動く。意味ではなく、音に対して動いて、体で音を表現している。急に私の横にいた観客の初老の女性が、伊藤の動きに反応するようにぶつぶつと何かを言ったり、伊藤の動きに合わせて自分もわずかに体を動かすような気配を感じた。(公演後確認したが、決して変な人ではなかった。)
ラジオのひもを首にかけて動いていた伊藤がチャンネルを回すと、ラジオはザァーザァーと音を出した。中国語や音楽や、いろいろな音が混じって出てくる。伊藤がラジオを両手で抱えて動いているうちに、ラジオがブーという低い、耳障りな音を出し始めた。伊藤はアンテナを伸ばして、その先端を持って、ラジオを振り子のように振る。ブーという音が続き、やがてその音がスペースの一部となった。言葉を変えると、ブーという音がするスペースが出来上がった。すると伊藤は作品の壁によじ登り、板の隙間から外を覗いて、板を叩きながら、「助けて!出してくれ!」と大声で叫びだした。「金を払うから出せ!」「出せよ! 助けてくれ!」と叫び続ける。外を通っている人が聞いたら、何事かとびっくりするだろう。「俺が悪かったから!頼む!」と板の隙間から外を覗いて叫んでいるうちに、「おい、行くのか?」「バイバイ!またね!」と調子を変えて叫んだ。本当に誰かをびっくりさせてしまったのかもしれない。場内では笑い声が渦巻いた。

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Photo / Shintaro Miyawaki

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Photo / Shintaro Miyawaki

スペースの中では、あの耳障りなブーという音が続いていた。伊藤はその音に体をくねくねと動かせる。体の底から出てくる、キネティックな動きだ。何度も細い棚の上を太い梁を跳び越えて踊り続ける。時間を任された観客が遠慮気味に、「あの〜、すみません、20分経ちました」と伝える。実はそれまで、何度も手を挙げて伊藤に知らせようとしていたのだが、伊藤が踊りに集中していて合図に気付かないでいたのだ。ラジオを抱えて痙攣していた伊藤は、痙攣を止めてそちらをギロッと睨むように見たかと思うと、ゆっくり脇の下から片手でピースサインをして見せた。場内に爆笑が起こる。伊藤はラジオをはずし、階段を降りて、一番傍の観客にジェスチャーでシャツの首のボタンを合わせてくれと頼む。そして、時間を頼んでおいた観客からストップウオッチを返してもらうと、パフォーマンスを終了させた。
伊藤の愛すべき人柄がにじみ出るパフォーマンスだった。狭いスペースでの伊藤の動きによる呼びかけや問いかけ、そしてそれに対する観客の反応を見ていて、ダンスとは人々を和ませる力を持っているんだなあ、とほんのり思った。
(2019年4月27日夕方 高松港)

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Photo / Shintaro Miyawaki

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