地元の人、観光客、アーティストが一緒になった、瀬戸内国際芸術祭 2019 の伊藤キムによるパフォーマンス

ワールドレポート/その他

三崎 恵里  Text by Eri Misaki

瀬戸内国際芸術祭2019

『侵入〜運んでホイホイ』 伊藤キム:演出

2010年に創始され、三年ごとに実施されてきた瀬戸内国際芸術祭の第4回春会期が4月26日にオープンした。その初日、高松港に設置されている大巻伸嗣(おおまきしんじ)作『Liminal Air -core- 』の前でダンサー、伊藤キムが自らの舞踊団GEROを率いてパフォーマンスを行った。

略して「瀬戸芸」と呼ばれるこの芸術祭は、瀬戸内海の島々や沿岸都市を舞台に展開する、現代アートの祭典である。作家は日本を含めた世界各国から集まり、観客も世界中から集まって、会期中は多くの観光客でにぎわう大きな国際芸術祭となっている。今年はアメリカの大手紙ニューヨーク・タイムズにも、「今年訪れるべき世界の52ヶ所」の一つに選ばれ、その理由は紛れもなくこの芸術祭である。

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高松港の大巻作品の二つの塔柱からなるインスタレーションの前で待っていると、向こうの方から5人のお揃いのコスチュームを着たパフォーマーたちが一列に並んで、歌いながら駆け足でやって来た。大巻作品の前をそのまま通り過ぎ、到着したばかりの女木島からのフェリーの方へ走っていく。桟橋に降りてくる乗客の前で何やらパフォーマンスをしている。恐らくは客寄せをしているのだろう。伊藤が先頭に立って、全員が「島!島!島!」と大声でのんきな歌詞を歌いながら、桟橋を一列になって駆け足で走り回る。大巻作品の近くまで帰ってくると、突然ピタっと止まって全員フリーズし、先頭の伊藤が「写真撮影!」と怒鳴った。人々が急いでスマホを出して写真を撮る。一人だけ含まれている女性が、団員たちのポーズを人形を扱うように変え、逆の方向に居る人々にシャッターチャンスを与える。

大巻作品の二本のポールの間に全員が立つと、男性たちが海に向かって片手をあげて、横断歩道を渡るように道路を渡り、岸壁の縁まで行く。しばらくぶらぶら歩いていたかと思うと、「あげ」「さげ」「チャオ」など、意味不明の言葉を叫びながら動き始める。「ウォー!」と声を出す者もいる。彼らの後ろをフェリーが港を出ていく。雄大な背景だ。男たちは叫びながら、それぞれ独自の動きをする彼らを、人々は笑いながら見守っている。幼児が珍しそうに指をさす。ダンスというよりは、動きで人々とコミュニケーションを図るようだ。「もしも私がこんにゃくだとしたら、それは先週の」というつじつまの合わない台詞を叫んだり、声を出さずに口パクをしながら動いたりする。台詞は重要ではない。何故なら観客の全員が日本語を理解するのではないのだから。人々はこれから何が起こるのだろうといった表情で、写真を撮りながら見ている。パフォーマーたちは叫んだり動いたりしながら、だんだん観客の中に入り込む。やがて、スマホ片手にビデオを撮っている男性を囲んでその周りをまわりだした。男性は平静を装ってビデオを撮り続けている。考えてみれば、パフォーマーに巻き込まれた当事者しか撮れない貴重な動画というわけだ。

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パフォーマーたちが男性を解放すると、男性が居た場所にグループ唯一の女性が入った。4人の男たちは彼女をリフトするとポールの間に立たせ、ポーズをとらせる。女性は人形のようにされるままになっている。次に男たちは観客の中に分け入り、「あたり〜」と言いながら小さな子供の後を歩き始めた。私のそばにいた女性たちが、「あれって怖いよね」とくすくす笑いながら囁いた。逃げ回った子供はついに母親にしがみつき、どうやら泣き出してしまったようだ。すぐにパフォーマーたちは「はずれ〜」と言いながら親子から離れ、観客から爆笑が起こった。

彼らは今度は若い男性を見つけ、「あたり〜」と言いながら彼のナップサックをスタッフに持たせると、4人で頭上高くリフトした。「まつり〜」と叫びながら行進し、ポールの間に運んでいき、女性の横に立たせてポーズをとらせる。「もうひとり〜」と叫ぶと再び観客の中に分け入る。一目散に逃げる観客たち。その中で一人逃げ遅れた若い女性を囲み、「あたり〜」と叫んでリフトし、「まつり〜」「ささげ〜」と叫びながら、ポールの間に立たせてポーズをとらせる。何度か飛び入りの二人のポーズを直して、「完成?」「完成、完成」と話し合うと、自分たちもその横に立ってポーズをとり、「記念撮影!」と叫ぶ。観客がこぞってスマホで写真を撮る。これもしっかりパフォーマンスの一部なのだ。メンバーの一人が笛を吹くたびに飛び入りの観客以外のメンバーがポーズを変える。ひとしきり写真用にポーズを取った後、飛び入りの観客も含め全員整列し、また駆け足で「島、島、島!」と叫びながら去って行った。観客からは笑い声と共に拍手が起こった。

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この後、すべての過程がもう一度繰り返された。最初はまばらだった観客も、通行人を含めてかなり大きな人だかりになっていた。男性たちは「乗って行って!」「乗ってけ!」と叫びながら駆け足で走る。観客もリラックスしてきて、爆笑しながら見ている。先ほどパフォーマンスに連れ出された若い男性が観客の中に戻っていたが、話す言葉で外国人観光客と分かった。

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二回目にポール前のパフォーマンスにつかまったのは、10歳くらいの男の子だった。彼は泣いたり怖がったりする様子もなく、されるがままにリフトされ、パフォーマンスに加わった。なかなかルックスが決まっている可愛い男の子で、伊藤たちパフォーマーもごく自然にポーズを取って立っている彼を眺めて、満足そうに「完成!完成!」と言って、自分たちも横に並んでポーズを取った。伊藤が「写真撮影!」と叫ぶといっせいに観客がシャッターを切る。一連のポーズのパフォーマンスが終わると、また全員が整列して、駆け足の体制に入る。伊藤が男の子を先頭に据えると、観客から爆笑が起こった。男の子は戸惑うようだったが、それでも一同を先導して駆け去った。

全部で約20分ほどのパフォーマンスだったが、しっかり見た感じがした。瀬戸芸のコンセプトの一つは地元の人々との交流で、島民を含む地元の人、観光客、アーティストの三者が一緒になって一つの作品を作り上げ、みんなで楽しむということでもある。そうしたコンセプトをしっかり掴んだ、楽しいパフォーマンスであった。出演は伊藤の他にKEKE、後藤かおり、立本夏山、八木光太郎であった。
瀬戸内国際芸術祭2019は春会期は5月26日まで開催され、その後夏会期、秋会期と最終的には11月まで開催され、数多くのアート作品が展示される予定だ。
(2019年4月26日夕方 高松港)

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