高田茜・キャンベル、金子扶生・カマルゴ、ナグディ・サンべ、オシポワ・ムンタギロフ、マグリ・キャンベル、金子・ボールが踊ったアコスタ版『ドン・キホーテ』を観た

ワールドレポート/ロンドン

アンジェラ・加瀬  Text by Angela Kase

英国ロイヤル・バレエ団3年ぶりの日本公演も来月となり、映画館で来日公演の演目であるアコスタ版『ドン・キホーテ』が見られる日まで秒読みとなった。今月号では本拠地ロイヤル・オペラ・ハウスの観客を沸かせた様々な配役での公演の模様をレポートする。

英国ロイヤル・バレエは2月15日〜4月4日までアコスタ版『ドン・キホーテ』を上演した。バレエ団のスターや精鋭が様々な役で美と舞踊技術、演技力を奮った。
2月15日の初日はマリアネラ・ヌニェズとヴァディム・ムンタギロフ、2月19日にイギリスとヨーロッパの映画館にライブ中継された公演は、高田茜とアレクサンダー・キャンベル、ドリアードの女王を金子扶生が踊った。他にもオシポワとムンタギロフ、ローレン・カスバートソンとマシュー・ボール、精鋭マルセリーノ・サンベとヤスミン・ナグディ、マヤラ・マグリとアレクサンダー・キャンベル組など魅力的な配役が目白押しであった。また当初セザール・コラーレスとこの作品を主演する予定の金子が、オランダ国立バレエから客演したダニエル・カマルゴと2回、またカスバートソンの代役としてマシュー・ボールともキトリ役を踊るという思いがけない組合せの公演もあった。
2月19日に高田とキャンベル・金子組を、2月27日に金子とカマルゴ・崔組、3月2日にナグディ、サンベ、3月25日にオシポワ、ムンタギロフ、3月30日にマグリ、キャンベル、4月1日に金子、ボール組の公演を見た。

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高田、キャンベル © ROH/Andrej Uspenski 2019

2月19日の映画館ライブ当日は、いつもながらダンサーたちの舞台にかける情熱が並ではなかった。高田は全幕を通してプリンシパルらしいオーラを見せて場を支配。3幕のグラン・パ・ド・ドゥのグラン・フェッテ・アン・トゥールナンにはトリプル(3回転)を組み込むなどした。またこの日は夢の場面で金子扶生がドリアードの女王として登場。高田と金子という2人の日本人バレリーナが華やかさを競う場面もあった。バジルを踊るキャンベルの茶目っ気と女性ダンサーと踊る際の包容力の大きさも、また際立った公演であった。

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金子扶生、ダニエル・カマルゴ © ROH/Andrej Uspenski 2019

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金子、カマルゴ © ROH/Andrej Uspenski 2019

2月27日、金子扶生主演公演を見た。金子は相手役に予定されていたコラーレスの降板のため、当初ファースト・ソリストのウィリアム・ブレイスウェルと共演すべくこの作品をリハーサルしていた。だがブレイスウェルも怪我で降板。リース・クラークと主演するという話もあったが、クラークの膝が不調で叶わず、急遽オランダ国立バレエからのゲスト、ダニエル・カマルゴと共演することになった。
この作品で6年前にロイヤル・オペラ・ハウスで全幕主役デビューした金子は、だが2度目の公演の冒頭で舞台登場と共に膝の靭帯を切る大怪我をして長期降板を余儀なくされた。その後、舞台に戻るも、今度は別の膝の故障のために手術。2度の長期療養と苦しいリハビリ生活の後にカムバックを遂げ、今に至っている。イギリスのバレエ関係者やファンは事あるごとに「2度の怪我さえなければ金子は既にプリンシパルとして活躍していたであろう。」と語る。
美人でおきゃんな宿屋の娘キトリ役は、やはり金子にはよく似合う。
ロイヤル・バレエのアコスタ版を踊って5つの異なるヴァーションの『ドン・キホーテ』を主演したというカマルゴは、華奢な体に似合わぬ力強いパートナーリングで、金子を高々と1本腕でリフトし、5秒ほど静止、リフトされた金子が上で微笑みながら扇をふってアピールすると、客席から大きな拍手が起こる場面もあった。ダンサーによる名人芸に観客が湧く、この作品らしいエピソードである。
金子はグラン・パ・ド・ドゥのフェッテにダブルを複数回交え闊達なダンス・テクニックを披露。またこの日はドリアードの女王を踊った崔由姫が、彼女らしく繊細で品格高い持ち味を発揮し、観客を夢心地にさせたことも忘れがたい。カマルゴは素晴らしいサポートで金子の主演を良く助けた。だが客演初日もそうだったと聞くが、スペイン男の情熱と超絶技巧を見せるバジルという役を踊りながら、一人だけところどころ冷めた雰囲気で、ロンドンの観客に強い印象を残さずに終わった。

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ナグディ、サンベ © ROH/Angela Kase 2019

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ヤスミン・ナグディ © ROH/Angela Kase 2019

3月2日はヤスミン・ナグディとマルセリーノ・サンベを見た。この2人は2月15日にロイヤル・バレエとオペラをサポートするフレンズ・オブ・コベントガーデンの会員が見守る公開ドレス・リハーサルに登場。この日は2幕が始まった直後に舞台上のアクシデントのためにダンサー、オーケストラ、フレンズ会員、舞台写真家のすべてが1時間近く劇場の外に避難させられる事件があった。このリハーサルの2人も作品にぴったりでたいへん魅力があったのだが、満員の観客が見守る3月2日の舞台は、ナグディが若さのエネルギー全開でキック・ジュテやフェッテなどの大技を披露。サンベもふわりと宙に浮くジャンプやスピード・コントロール自由自在の旋回技で色気たっぷりのバジルを踊り、観客から盛んなブラボーを貰っていた。

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ナグディ、サンベ © ROH/Angela Kase 2019

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© ROH/Angela Kase 2019

3月25日はオシポワとムンタギロフのロシア人ペアの舞台を見た。
オシポワといえば、当時在籍していたボリショイ・バレエと初めてのロンドン公演で見せた「ドン・キホーテ」のキトリ役の素晴らしさが今も脳裏に焼き付いている。今回はどのような超絶技巧を見せてくれるのか? と思えば、ロイヤル・バレエ移籍以来、女優バレリーナとしての自分磨きに余念のない彼女は、当時のようにジャンプの高さや旋回技の数に重きを置くのではなく、演技を中心にグラン・パ・ド・ドゥのような作品の見どころに技術のスパイスを効かせるという舞台構成であった。グラン・パ・ド・ドゥのグラン・フェッテには連続してダブルを披露するオシポワらしい『ドン・キホーテ』にロシア人客が大興奮する一幕もあった。

3月30日はマヤラ・マグリとキャンベルを見た。日本出身のバレリーナ以外で、今回キトリ役が似合うな、と大いに感心したのがナグディとマグリであった。
特にマグリはグラン・パ・ド・ドゥのソロ、パ・ド・シュバルで進んでいく場面での達者な扇使いと目線や肩先の角度の付け方に、スペイン女キトリらしい魅力と色香があって観客や関係者に大変強い印象を残した。ローザンヌ国際バレエコンクール出場の時点で既にグラン・フェッテで三回転を披露していただけに、今回もトリプルを見せてくれるか? と思えばそれはなかったが、期待以上の舞台を見せてくれた。スター・オーラも大きく、今後ますますバレリーナとしての魅力に磨きがかかるだろう。またこの日は、期待のイギリス人ソリスト、リース・クラークが闘牛士エスパダ役で登場。スペイン人役が板につく黒髪と美貌にいなせな雰囲気で作品を引き締めた。

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金子、カマルゴ © ROH/Andrej Uspenski 2019

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© ROH/Angela Kase 2019

2月以降、配役変更続きだったロイヤル・バレエだが、4月1日に金子扶生とマシュー・ボールがこの作品で共演するとは誰が予想しただろう。
当初カスバートソンとボールが踊るはずだったこの日の舞台は、サンクトペテルブルグで公演していたカスバートソンが体調を崩しロンドンに帰って来られなくなったため、芸術監督のケヴィン・オヘアが急遽、金子に白羽の矢を立てたのであった。金子はカマルゴとの共演の際も、舞台を使ってリハーサルする時間が殆ど無かったのだが、ボールとの共演もまた充分なリハーサルが出来ない状態で舞台に立つことになってしまった。だが現在、舞台人として急成長中の金子とボール2人による舞台は、そんな事情を全く感じさせない大変素晴らしいものとなった。
宿屋の娘と床屋の若者を演じ踊りながらも金子とボールには、持ち前の品性の良さがあり、かつスター性にあふれている。2人がこの明るい作品を踊ると、スター・オーラが3倍にも4倍にもなって、見る者の目に2人の像を刻むのだった。2幕、夕焼け眩しい森の中でのパ・ド・ドゥの後に見せる演技の掛け合いでは、恋人たちによる楽しい会話や笑い声が聞こえてくるかのよう。たくさんの配役でこの作品を見た後だけに、この2人のペアとしての魅力は嬉しい驚きであった。マシュー・ボーンの『スワン・レイク』を主演してサポート力に大いに磨きがかかったボールは、カマルゴ以上に優れたサポート技術で金子の主演をよく助けた。

スターの魅力が百花繚乱だったアコスタ版『ドン・キホーテ』は、日本上陸まであと僅かである。この作品の目撃者となる日本のバレエ・ファンは幸せである。
(2019年2月19日、27日、3月2日、25日、30日、4月1日 ロイヤル・オペラ・ハウス)

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© ROH/Angela Kase 2019

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© ROH/Angela Kase 2019

ドリヤードの女王 クレア・カルヴァー�ト Photo-by-Angela-Kase.jpg

© ROH/Angela Kase 2019z

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