英国ロイヤル・バレエ2017-18シーズン終盤に上演され、日本人ダンサーも活躍した『マノン』、リアム・スカーレット版新作『白鳥の湖』を観る

ワールドレポート/ロンドン

アンジェラ・加瀬  Text by Angela Kase

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ

"Manon" choreographed by Kenneth MacMillan 『マノン』ケネス・マクミラン・振付

英国ロイヤル・バレエは3月29日〜5月16日までケネス・マクミラン振付『マノン』全幕を7配役16公演した。7配役の内、2配役にはロベルト・ボッレとデイヴィッド・ホールバーグという世界的な男性ダンサーの客演が予定され、4月28日には高田茜がマノン役で、 5 月7日にはソリストのリース・クラークがデ・グリュ役でデビューする予定もあり、英バレエ・ファンは配役発表直後から心待ちにしていた。
だがシーズン後半、プリンシパルのエドワード・ワトソンとスティーヴン・マックレーが怪我に倒れ、また2月にナターリア・オーシポワとの『ジゼル』共演初日に1幕のみで降板し、アメリカに帰ってしまったゲスト・プリンシパルのホールバーグの再来英もなく、加えて初日にタイトルロールを踊る予定であったラウラ・モレーラまでが病気に倒れたため、7配役の内、過半数の4配役に変更が加えられる結果となった。
初日にモレーラの代役を務めたのはフランチェスカ・ヘイワードで、ホールバーグの代役には先シーズンの終わりにオーシポワとの共演を急遽降板したセルゲイ・ポルーニンに代わって『マルグリットとアルマン』に客演し、その熱演が話題となったマリインスキー・バレエのプリンシパル、ウラジーミル・シクリャーロフ、ワトソンの代役にはフェデリコ・ボネッリ、マックレーの代役には初日にレスコーを踊ったアレクサンダー・キャンベルが入り高田茜と共演した。

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ヘイワード、ボネッリ © 2018 ROH Photograph by Angela Kase

4月13日のオーシポワとシクリャーロフ、28日の高田茜とキャンベル、5月3日のライブシネマ当日のラム、ムンタギロフ、5月7日(昼)のローレン・カスバートソンとリース・クラークによる公演を鑑賞した。ラム、ムンタギロフ、平野らの好演は日本のバレエ・ファンも映画館で堪能しただろうと思い、ライブ・シネマ以外の配役のパフォーマンスを中心にご紹介する。

4月13日、オーシポワとシクリャーロフ主演日の主要配役は、レスコー役をファースト・ソリストのマルセリーノ・サンベ、レスコーの愛人役をイギリス人プリンシパルのヤスミン・ナグディ、ベガー・
チーフ(物乞いの首領)をアクリ瑠嘉、G.M.をギャリー・エイヴィス、高級娼館のマダムをクリスティン・マックナリー、ニュー・オリンズの刑務所の看守をベネット・ガートサイドがつとめた。
2013年にオーシポワがロイヤル・バレエに移籍し、5年が過ぎた。ボリショイ入団直後から、このバレリーナを本拠地モスクワ・ボリショイ劇場やヨーロッパ各地で撮影したり公演を観て来た筆者が、今シーズン感じたのが女優バレリーナとしてのオーシポワの完成である。
元ボリショイ・バレエの若きプリマとして跳躍、旋回技などダンス・テクニックに長け、『ドン・キホーテ』や『パリの炎』といった作品を得意にしていたオーシポワだが、ロイヤル・バレエ移籍後はドラマティック・バレエを踊る女優バレリーナであろうと努力する姿が顕著に見受けられた。
その努力が実を結び、シーズン初頭のアーサー・ピタ振付の新作『風(The Wind)』(米女流作家ドロシー・スカーボロの原作を基に1928年リリアン・ギッシュ主演の映画が、サイレント映画の最高傑作として有名)を主演し、20世紀初めにアメリカのヴァージニア州からテキサス西部に移住して来たヒロインとして舞台に登場したオーシポワは、一瞬筆者に「このバレリーナは一体誰だろう?」と思わせるほど精神的にもろく不安定なヒロインになり切り、かつ美しかったからである。
オーシポワは『マノン』のタイトル・ロールでも、幼く無邪気な少女がデ・グリュに出会い、人を愛することを知り、だが美しいドレスや宝石など豊かな生活に対する憧れも強く、堕ちてゆく様を女優バレリーナとして見事に演じ、コベント・ガーデンに集まった観客の心を揺さぶり涙させた。
オーシポワのマノンは、兄のレスコーに会いに来る冒頭の場面では、まだ子供らしさを残した無邪気な少女。それがデ・グリュと出会い恋を知る。舞台下手の椅子に座りシクリャーロフが踊るデ・グリュのソロを見守る場面のオーシポワの目は輝き、その頬は上気して朱がさしているかのように見えた。その後、パリのデ・グリュの下宿で暮らすマノンは幸せだが、G.M.の毛皮や宝石、兄レスコーの説得もあり、愛する男性との暮らしを捨てる。この場面のオシポワは、愛の思い出のつまったベッドに触れ、涙ぐむかのような演技で、デ・グリュへの未練を表現した。

© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

高級娼婦の館でのオーシポワ演ずるマノンは、コケティッシュな小悪魔であった。今では美しいドレスや宝石、酒や賭け事、乱痴気騒ぎになれた手練である。それを彼女を忘れられず会いに来たデ・グリュへの未練のために、すべてを無くしてしまう。

シクリャーロフとはアカデミックなダンス教育が可能にするダンスの基礎、美しい体のライン、マクミランの難解なデュエットにも難儀しないパ・ド・ドゥ技術が盤石である上、数奇な運命に翻弄される若き男女の心情を、ロシア人ペアらしい激情迸る演舞で表現した。
2幕最後で兄レスコーを目の前で殺されたオーシポワのマノンは、サンベ演ずるレスコーを胸にかき抱き、頬を返り血で赤く染め、大変ドラマティックであったし、実年齢より幼く見えるオーシポワとシクリャーロフだけに、3幕の登場シーンから看守を殺める場面、沼地のパ・ド・ドゥと、殊の外哀れで観客の涙を誘った。
この配役は準主役を踊った若手精鋭の2人もまた素晴らしかった。ダンス技術と演技力で、歌舞伎で言うところの色悪的レスコーを演じたマルセリーノ・サンベも見事なら、野心的なレスコーの愛人を踊ったヤスミン・ナグディも演舞共に白眉で、オシポワ、シクリャーロフと共に大変優れた舞台を作り上げ、忘れがたい。過去30年以上この作品を見続けている私が久しぶりに落涙した感動の舞台であった。

© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

28日の高田茜のマノンは、ただただ哀れであった。美しい少女が兄をはじめとする大人たちの欲望の犠牲となり、すべてを失い死んでゆく。美しいドレスや宝石で飾られても、それは高田マノンが心から

望んだ物ではない。若く美しい女を自分好みに教育し、着飾らせて連れ歩きたい、富豪の欲望の産物である。
登場から目をギラギラと光らせたジェイムス・ヘイのレスコーの成り上がり願望の強さは、これまで私が観て来たどのダンサーにも無かったもので、観る者によって好き嫌いが分かれるところだろうが、強い印象を残したし、明るく包容力に富む個性のアレクサンダー・キャンベルが、マックレーの代役でロマンティックな主人公デ・グリュを踊るというのも大変珍しかった。

ライブシネマ当日5月3日は、繊細なサラ・ラムのマノンに、ムンタギロフのデ・グリュ、平野のレスコーという長身男性プリンシパル2人が並んだ。
同じロシア人でも情熱的な演舞を見せるオーシポワやシクリャーロフに比べ、ムンタギロフは理性が勝るタイプのダンサーである。舞台の上でも自らの演舞を俯瞰的に見てコントロールし、観客に最高のものを見せようとつとめているのが分かる。サラ・ラムもまた節度のある演舞で知られる品格高いバレリーナであるから、当日の共演はロマンティックで芸術性豊かなパフォーマンスとなった。
ムンタギロフの1幕のソロは静謐でアントニー・ダウエルさながらの美しいラインに酔わせられたし、ラムとムンタギロフによる出会いのパ・ド・ドゥ、寝室のパ・ド・ドゥ、2幕再会後のパ・ド・ドゥは、優しさに満ち、大変ロマンティック。平野亮一のレスコーは、成り上がり願望を面にあらわさない策士だが、妹思いの兄であり、2幕で妹に「デ・グリュと逃げたい」と言われれば、いかさまトランプのカードを渡して助けようとする包容力の持ち主で大変魅力があった。レスコーの愛人役のイッツアー・メンジザバルも大人の女でコミカルな魅力も見せ印象に残る。また当日は金子扶生が高級娼婦の1人を踊り、闊達な演舞を見せた。

キャンベル、ボネッリ
© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

A.キャンベル
© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

A.キャンベル
© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

5月7日(月)の午後、ローレン・カスバートソンとリース・クラーク組による『マノン』を観た。イギリス3連休最後の日の午後が精鋭クラークのデ・グリュのデビューとあって、当日はイギリス各地から熱心なバレエ・ファンがコベント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスに集った。

スコットランド出身のソリストのリース・クラークは2013年入団。ロイヤル・バレエ・スクール時代より容姿の良さと確かな技術で、バレエ・スクール校長の故ゲイリーン・ストック女史やイギリスのバレエ関係者から将来を嘱望されていた。
先シーズンは『眠れる森の美女』のデジーレ王子役でデビューし、好評を博した他、長身を生かしベテラン・プリンシパル、ゼナイダ・ヤノースキーの相手役を務め、クリストファー・ウィールドンの『アフター・ザ・レイン』を踊るなどした。
2017・18バレエ・シーズンは、スコットランド出身のクラーク、イングランドはリバプール出身のファースト・ソリストのマシュー・ボール、ウェールズ出身のウィリアム・ブレイスウェルが、ロイヤル・バレエ次代の男性プリンシパル候補として、主役・準主役に大活躍。英バレエ界を大いに活気づけた。クラークはその精鋭トリオの1人である。
この日の配役は、マノンをカスバートソン、デ・グリュをクラーク、レスコーとレスコーの愛人に再び長身の平野亮一とイッツァー・メンジザバル、物乞いの首領をトリスタン・ダイアー、看守をトマス・ホワイトヘッド、競い合う2人の高級娼婦を金子扶生とマヤラ・マグリ、3人の紳士をアクリ瑠嘉、ベンジャミン・エラ、マルセリーノ・サンベが踊った。
今シーズンの『マノン』のタイトル・ロールを踊ったバレリーナの中で、最も魔性を感じさせたのがカスバートソンであった。登場直後の無邪気な少女は、G.M.のプレゼントである毛皮のコートと高価なネックレスに魅せられ、兄レスコーの説得のもと魔性の女に豹変する。2幕では更にその魔性度が高まり、目を見張らされた。リース・クラークは、デ・グリュというロイヤル・バレエのダンスール・ノーブル(貴公子ダンサー)の真価が問われる役を踊って、優美、かつ大変ロマンティックで、マクミランがフィギュア・スケートに触発され振付けた、という3幕の難解なパ・ド・ドゥのサポートも難なくクリア。マノンの死の場面では激情迸らせる熱演を見せた。
バレエ団のプリンシパル3人とホールバーグの降板に見舞われながらの『マノン』上演ではあったが、オシポワ/シクリャーロフ組やラム/ムンタギロフ組による充実した舞台、高田やクラークらデビュー組の好演と若手精鋭の活躍により、毎晩大変充実したパフォーマンスが繰り広げられた。来シーズン初めの『マイヤリング』や『ラ・バヤデール』全幕も今のロイヤル・バレエの布陣ならエキサイティングなパフォーマンスになることは間違いない。

© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

デ・グリュ/ボネッリ

© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

ヘイワード、ボネッリ

© 2018 ROH Photograph by Angela Kase

写真に登場するキャスト
マノン:フランチェスカ・ヘイワード
デ・グリュ:フェデリコ・ボネッリ
レスコー:アレクサンダー・キャンベル
ムッシュGM:クリストファー・ソーンダース
ベガー・チーフ:ジェイムス・ヘイ
高級娼婦:崔由姫
紳士:ウィリアム・ブレイスウェル

"Swan Lake" Choreography Marius Petipa & Lev Ivanov、Additional Choreography Frederick Ashton、Liam Scarlett
マリウス・プティパ / レフ・イワノフ:振付 リアム・スカーレット / フレデリック・アシュトン:追加振付、リアム・スカーレット:演出

英国ロイヤル・バレエは5月17日〜6月21日までプティパ・イワーノフ版を基に、アーティスト・イン・レジデンスの振付家リアム・スカーレットが改作した新『白鳥の湖』を6配役22公演し、2017/18シーズンを締めくくった。
スカーレット版は、プティパ、イワーノフ版にデヴィッド・ビントレー振付のワルツ(1幕)とフレデリック・アシュトン振付のナポリタン・ダンス(3幕)が挿入されていた旧『白鳥の湖』の2幕の湖畔の情景、3幕の黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥとアシュトンのナポリタン・ダンスを残しながら1、3、4幕の振付に手を加えている。
ロットバルトは魔術師という設定であり、冒頭にロットバルトが少女のオデットを白鳥の姿に変える場面が加えられている。また彼は王妃のアドバイザーで軍の最高司令官という国の最高権力者であり、影で王妃とジークフリートを操っている。
王子の親友ベンノは1幕と3幕でパ・ド・トロワを踊るが、共に踊る女性2人は王子ジークフリートの妹たちである。3幕の舞踏会の場面にはジークフリートの結婚相手として、イタリア、スペイン、ハンガリー、ポーランドのお姫様が家来と民族舞踊を踊るダンサーを伴って登場する。
5月17日の世界初演と22日の高田茜・フェデリコ・ボネッリ組、23日の平野亮一とサラ・ラム組、6月6日のヤスミン・ナグディとネマイア・キッシュ組、イギリスとヨーロッパのライブ・シネマ当
日の6月12日、15日(夜)の高田とウィリアム・ブレイスウェル組、18日のナターリア・オーシポワとマシュー・ボール組の公演を鑑賞した。

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©ROH2018 Photgraph by Angela Kase

17日の世界初演でオデット・オディールを踊ったのはマリアネラ・ヌニェズ、ジークフリートはヴァディム・ムンタギロフ。王妃はエリザベス・マクゴリアン、ロットバルトはベネット・ガートサイド、ベンノはアレクサンダー・キャンベル、王子の妹をフランチェスカ・ヘイワードと高田茜が踊った他、3幕のイタリアのプリンセスを崔由姫が務めた。

世界初演当日は、新『白鳥の湖』を成功させようというダンサーの気合が尋常ではなく、また30年に一度の改作初日をこの目で観たいというファンの期待も大きく、3幕のブラック・スワンのグラン・パ・ド・ドゥ終了後にヌニェズとムンタギロフの美技の掛け合いに満場のファンが熱狂。終演後のカーテンコールではダンサーと共に、まだ30代初めのリアム・スカーレットとベテラン・デザイナーのジョン・マクファーレンらも舞台に上がり当日ロイヤル・オペラ・ハウスに集まったバレエ関係者、ファン、バレエ団後援者たちからブラボーの嵐と大きな拍手が贈られ、ステージ左右からファン有志らによる恒例のフラワーシャワーもあり大変な盛り上がりをみせた。

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©ROH2018 Photgraph by Angela Kase

5月22日は当初、ローレン・カスバートソンとフェデリコ・ボネッリ組が主演予定であったが、カスバートソンの怪我により、急遽高田茜が代役に立った。高田は旧『白鳥の湖』全幕をボネッリと踊っており急な配役変更にも対応出来たのである。

当日は舞台に芸術監督のケヴィン・オヘアが登場し、バレエ団のツィッターなどでまだ配役変更を知らない観客に、カスバートソンの怪我と高田が急な配役変更を快諾してくれたことをアナウンスして公演が始まった。
高田は冒頭の登場場面から白鳥の羽ばたきを模した腕の運びが白眉で、観客の目を一気に引きつけた。2幕の湖畔の情景でジークフリートに「白鳥たちを撃たないで」と訴える場面の必死さや悲しさ、2幕の最後でロットバルの魔法で連れ戻されるシーンの腕と上半身の使い方にバレリーナとしてのダンス技術の充実が見えた。
ボネッリは3幕、黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥのドラマティックな表現、巧みなパートナーリング、美しい脚から繰り出されるバットリーの優美さや正確さなど貴公子ダンサーらしいエレガンスで観客を魅了した。
高田は2、4幕では悲劇性を強く訴える演技で観客の心を掴み、3幕では、オデットらしい奥ゆかしさと悲しさと、オディールの邪悪な表情を交互に見せる大変な好演を見せた。
黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥでは、高田が10秒はあろうかと思えるバランスを見せた後、グラン・フェッテ・アントールナンにダブルを4回交えれば、ボネッリもダブルを4回、最後に5,6回転してこれに応え、観客を熱狂させた。
当日の準主役のベンノをジェイムス・ヘイが踊り、持ち前の若々しさや爽やかな個性と親友を想い、心配する演技で観客の心を奪った他、ナポリタン・ダンスを踊ったアナ・ローズ・オサリバンが生粋の英国ロイヤル・スタイルに裏打ちされたパフォーマンスを見せ、強い印象を残した。またこの日は、王子の妹たちをクレア・カルバートと崔由姫が、3幕のハンガリーの姫君を金子扶生が踊った。

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翌5月23日、サラ・ラムと平野亮一組の公演を観た。当日は、王妃をクリスティン・マックナリー、ロットバルトをトマス・ホワイトヘッド、ベンノはアクリ瑠璃、王子の妹たちをマヤラ・マグリとメガン・グレイス・ヒンキス、2幕の大きな白鳥をオリビア・カウリーと金子扶生、3幕スペインの姫をオリビア・カウリー、ハンガリーの姫をティエルニー・ヒープ、イタリアの姫をエリザベス・ハロッド、ポーランドの姫をアナ・ローズ・オサリバンが踊った。

サラ・ラムのオデットは妖精のように美しく儚い。少女の頃に魔法使いロットバルトに白鳥に姿を変えられ、長い間悲しみの中に捕らわれていたため、心が麻痺してしまっているかのようであった。
この日の公演は、2幕湖畔のパ・ド・ドゥが白眉だった。美しいラムと長身で立ち姿に優れる平野が佇む静謐にして幻想的な湖畔の情景。そして平野のジークフリートには、オデットを守り、大切にしたいという真摯な愛が感じられ、大変ロマンティックだった。主演者2人よる美しく芸術性豊かな舞台に大いに酔わされた宵であった。

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ヌニェズ、ムンタギロフ ©ROH2018 Photgraph by Angela Kase

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ヌニェズ ©ROH2018 Photgraph by Angela Kase

6月6日先シーズン、プリンシパルに昇進したヤスミン・ナグディとヴェテラン・プリンシパルで7月3日崔由姫とウェディング・ベルを鳴らしたネマイア・キッシュの公演を観た。ナグディとこの配役のベンノ役を務めたベンジャミン・エラは、5月28日のデビュー当日から、公演を観たファンの間で「素晴らしい」と話題になっていた。
実際ナグディは3幕の黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥのバランスも微動だにせずに長々と立ち続け、邪悪な表情でダンス・テクニックを奮う好演。キッシュはシーズン開幕直後の『シルヴィア』のオリオン役で長い故障後カムバックした際には、体重増加のため別人のように見えたが、今ではかつての姿を取り戻し、往年のおっとりした王子の姿で、ナグディと共演した。残念だったのはベンノ役のベンジャミン・エラが、ふくらはぎを痛め降板していたことであった。

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Takada & Bracewell ©2018 ROH Photograph by Bill Cooper

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Osipova & Bal ©2018 ROH Photograph by Bill Cooper

6月 15日(夜)高田茜とウィリアム・ブレイスウェルによる3度目の主演公演を観る。高田は当初スティーブン・マックレーと主演予定であったが、マックレーが復調しないため、ソリストのブレイスウェルと共演することになった。

ブレイスウェルは現シーズンよりバーミンガム・ロイヤル・バレエからロイヤル・バレエに移籍してきたダンサー。ソリストだが2010年のユース・アメリカ・グランプリのグランプリ受賞者であり、バレエ団の次期男性プリンシパル候補の中で、最も技量と演技に優れた踊り手。バレエ学校時代から演舞のみならずパートナーリングのセンスも良く、卒業公演では『リラの園』の男性主役を踊っている。演技も自然でありながら巧みで、バーミンガム・ロイヤル・バレエ時代から王子役からボケの漫才師のような貴公子、かぶり物やメイクによっては一体誰なのかと、彼を良く知る関係者やファンにも見分けがつかない程の演技力で知られる。今回の新『白鳥の湖』では、冒頭に魔法使いロットバルとのダブルが現れ、少女のオデットを白鳥に変える場面が挿入されているが、世界初演当日やライブシネマ当日にロットバルとのダブルを演じているのがブレイスウェルである。
当日の高田は登場から、まるで神が降臨したかのような絶好調で、特に旋回技に目覚ましいものがあった。演技的にも白鳥と黒鳥のコントラストがはっきりしており、大変ドラマティックで『ジゼル』と共に『白鳥の湖』全幕も高田の18番であることを感じさせた。3幕のグランフェッテではダブルのみならず4回転をも交える驚異的なソロを見せ、関係者や観客を驚かせると共に舞台と作品を支配した。
一方、王子役のブレイスウェルも、1幕の登場から自然な演技と優れたダンス技術とパートナーリングを見せ、プリンシパルとしか思えない演舞で観客を魅了。2人の圧倒的なパフォーマンスに観客が熱狂し、カーテン・コールはスタンディング・オベーションとなり、大変な盛り上がりであった。

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ムンタギロフ©ROH2018 Photgraph by Angela Kase

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6月18日オーシポワとマシュー・ボールの公演を観る。2月の『ジゼル』でオーシポワとデイヴィッド・ホールバーグが共演した際、ホールバーグが1幕を踊った後、故障のために降板。控えのダンサーであったファースト・ソリストのボールが当日代役を務め、ホールバーグが踊るはずであった2度目の公演でもオーシポワと共演し、話題になった。現在、オーシポワは相手役を自ら指名できる権利を持っているので、新『白鳥の湖』での再共演はオーシポワに気に入られた証といえよう。
当日はロットバルト役に大英帝国五等勲章を授与されたばかりのギャリー・エイヴィスが扮し、ベンノ役はマルセリーノ・サンベが踊った。
女優バレリーナとして進化したオーシポワは、ロットバルトによって白鳥に姿を変えられた冒頭の登場場面から、ドラマティックな感情表現で観客を虜にした。白鳥オデットは悲劇的で、黒鳥オディールは邪悪でもセクシーでもなく、白鳥以上の気品を讃えており高級感を醸し出した。
5月28日のオーシポワ・ボール組公演初日以来、今回オデット/オディール役に配役されたバレリーナ中、オーシポワのみ3幕の黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥでグラン・フェッテ・アン・トールナンをせず、ピケでマナージュをするのが英バレエ・ファンの間で不評であった。
6月18日当日のオシポワは3幕のバランスも短く、軸足に問題を抱えている様子であった。これについては後日ロイヤル・バレエ団より、オーシポワが実際「足を痛めており怪我を悪化させないためにグラン・フェッテを組み込まなかった」と発表がなされている。
当日のマシュー・ボールは、パートナーリングの一部をオーシポワに修整されてはいたものの、世界的なバレリーナを相手になかなかの公演。「ボールのジークフリートを全回観に来た」というイギリス人ファンによると5月28日のこの作品デビューから大分成長の跡がうかがえたという。

リアム・スカーレット改訂版『白鳥の湖』は、主役のみならずベンノや王子の妹たちなどの準主役にも踊りが多く、現在ファースト・ソリストやソリストに注目すべきダンサーを多数擁する英国ロイヤル・バレエ団にふさわしい作品である。またこのヴァーションを多数公演することにより、若手ダンサーが日々成長してゆけるのも素晴らしい。セットや衣装には潤沢な経費が使われ美しい仕上がりとなっている。
新『白鳥の湖』はチケット代がほかの作品より高価であったにもかかわらず、大変な評判を呼び全公演のチケットが完売となった。バレエ団はこの作品を持って7月18日〜22日まで、スペインの首都マドリッド王立劇場にて海外公演を行う予定である。

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©ROH2018 Photgraph by Angela Kase

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©ROH2018 Photgraph by Angela Kase

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1幕のパ・ド・トロワ
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ヘイワード、キャンベル、高田
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写真に登場するキャスト
ジークフリート王子:ヴァデム・ムンタギロフ、ウィリアム・プレイスウエル、マシュー・ボール
オデット/オディール:マリアネラ・ムニェス、ナターリア・オシポワ、高田茜
ロットバルト:ベネット・ガートサイド
ベンノ:アレクサンダー・キャンベル
王子の妹:フランチェスカ・ヘイワード、高田茜
王妃:エリザベス・マクゴリアン

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