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テリョーシキナのキトリ、キムのバジルによる、素晴らしい踊りが溢れるマリインスキー・バレエの『ドン・キホーテ』

ワールドレポート/その他

梶 彩子 text by Ayako Kaji

Mariinsky Theater マリインスキー劇場

"Don Quixote" Choreography by Alexander Gorsky after Marius Petipa. Gypsy and Oriental Dances choreographed by Nina Anisimova. Fandango choreographed by Fyodor Lopukhov.
『ドン・キホーテ』アレクサンドル・ゴルスキー:改訂、マリウス・プティパ:原振付。ニーナ・アニシモワ:振付補足(ジプシーの踊り、東洋の踊り)、フョードル・ロプホフ:振付補足(ファンダンゴ)

2018年6月21日、マリインスキー劇場でバレエ『ドン・キホーテ』(音楽:ミンクス、振付:プティパ、改訂:ゴルスキー)を見た。サッカー・ワールドカップで盛り上がるロシアのお祭り気分にふさわしい、明るく賑やかなバレエである。キトリをヴィクトリア・テリョーシキナ、バジルをキミン・キムという黄金コンビが務めた。
マリインスキー・バレエの『ドン・キホーテ』は、1871年にプティパによる初演。その後アレクサンドル・ゴルスキーが1900年に改訂版をモスクワで上演し、1902年にそのヴァージョンをサンクト・ペテルブルクで上演したものがベースとなっている。ゴルスキーはフォーキンと並ぶロシア・バレエの改革者で、ゴルスキー版『ドン・キホーテ』の特徴は、従来シンメトリーに配置されてきた街の人々が、マイムによって豊かな感情表現をしている点である。当時モスクワで活躍し、リアリズム演劇をめざした演出家スタニスラフスキーの影響があった。拍手で踊りを盛り上げ、ドン・キホーテの登場に右往左往したり、キトリとバジルの恋愛を応援したりと、生き生きと「命を持った」群衆こそが、バレエの物語展開を鮮やかに描き出している。また、バレエ・リュスでも活躍した、コロヴィーンやゴローヴィンといった画家たちが手がけた衣装、舞台美術も素晴らしい。

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Don Quixote by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

プロローグでは、騎士道物語に夢中になってしまうドン・キホーテとお付きのサンチョ・パンサが旅へと出発し、物語が動き出す。

1幕はバルセロナの街が舞台。酒屋の娘キトリと床屋のバジル、キトリを金持ちのガマーシュに嫁がせたいキトリの父親ロレンツォ、彼らを囲む町の人々といった人間模様が描かれ、そこへ冒頭のドン・キホーテとサンチョ・パンサが現れる。キトリとバジルの軽快でコミカルなやり取りが楽しい。キトリ役のテリョーシキナの、弾けるような笑顔がとても印象的であった。明るく勢いのある音楽にのったキトリのヴァリエーションはキレが良く、非常に軽やか。バジル役のキムには、なんとも言えない独特のさわやかさがあり、どんな超絶技巧を繰り広げようと、見せびらかさない清々しさがある。パートナーのことも非常によく見ていて、その謙虚さがなす技なのかもしれない。彼の跳躍の高さ、回転の安定感、ダイナミックでありながら同時に丁寧な踊り、しっかりとしたパートナーのサポートは、バジル役でも大いに生かされていた。また、花売り娘の一人を踊った若手ローラ・フェルナンデスも、確たるテクニックを持ち、見せ場を熟知した安定感があった。イワン・オスコルービンの演じるエスパーダの、布を翻しながら後ろに大きく反る動きがダイナミックで華やかである。また、ニーナ・ツフヴィタリアが演じる通りの踊り子も、地面に刺さったナイフを器用に避けながら踊るヴァリエーションで魅せた。黄色いタイツが印象的な金持ち貴族のガマーシュは、ワシリー・シェルバコフがユーモラスで滑稽なマイムで好演した。キトリとバジル以外にも、魅力的な登場人物がたくさんいるのが、この作品の特徴である。

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Don Quixote by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

2幕では、キトリとバジルと共にジプシーたちの寸劇を見ていたドン・キホーテが風車に戦いを挑み、気を失い、夢の場面へと続く。ジプシーのカップルを務めたオレグ・ダムチェンコは激しい迫力ある舞踊で魅せ、アリーナ・クロソフスカヤは艶やかであった。夜の暗がりの中で繰り広げられるジプシーの一行の踊りは、1幕の街の明るさと好対照をなす。夢の中でドン・キホーテは、パステルカラーで彩られた、木の精ドリアードの王国を訪れる。テリョーシキナのドルシネア姫は、非常に優雅で、高い跳躍の後、トウ・シューズの音を立てない。着地の瞬間まで細心の注意が払われた踊りは、重力を感じさせない。アナスタシア・ルキナ演じるドリアードの女王は、甲の高い脚のラインが生かされたデヴェロッペが非常に美しかった。アムール(キューピッド)を務めたアンナ・スミルノワは、背の高いダンサーの多いマリインスキー・バレエの中で、取り立てて小柄である。彼女の軽やかでチャーミングな踊りはアムールそのものであった。


3幕では、キトリとの結婚をロレンツォに認めさせるための、バジルの狂言自殺も見どころのひとつ。バジルは思いつめた顔で登場し、群衆が恐怖で顔を覆って見ていない隙に、ナイフを小脇にはさみ、客席にニヤリと笑いかけ、バッタリ倒れる。ドン・キホーテの助けもあって作戦が見事成功し、続く婚礼のシーンで物語はハッピー・エンドを迎える。
キトリとバジルのグラン・パ・ド・ドゥは作品中最も華やかな場面と言える。その中で、2人のパ・ド・ドゥと、バジルのヴァリエーションの間に挿入される女性ヴァリエーションを、石井久美子が踊った。躍動感と優美さをもって、難解なソロを華麗に踊り切った。続くキムのヴァリエーションはダイナミックなジャンプとターンで大いに盛り上がり、テリョーシキナのヴァリエーションはハープの繊細な音色に合わせた、細やかな足さばきが見事であった。コーダの、キムの空中で真横に180度開脚するジャンプはそのダイナミックな迫力に圧倒された。さらに続くテリョーシキナのアン・トールナン・フェッテは凄まじいものがあった。シングル、シングル、ダブルの繰り返しで、ダブルの時に胸元や頭上でぱっと扇を広げて見せる。それを涼しい顔でやってのけるのである。『ドン・キホーテ』は見せ場や盛り上がる場面がたくさんあるが、このフェッテはこの日一番の拍手喝采を受けた。

『ドン・キホーテ』は今年のマリインスキー・バレエの来日公演でも上演される。わかりやすいあらすじで、なおかつ見ごたえのある踊りが楽しめる親しみやすいバレエで、この日の公演は、マリインスキー劇場での初演以降なんと1082回目を数える人気ぶりである。『ドン・キホーテ』を、世界でも一流のマリインスキー・バレエのダンサーたちで、日本でも見られる日が待ち遠しい。
(2018年6月21日 マリインスキー劇場)

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