[ ロンドン ]ロイヤル・バレエの『真夏の夜の夢』マリオットの新作他、若手振付家小品集も上演された
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ワールドレポート/その他
- アンジェラ・加瀬
- text by Angela Kase
The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
"The Dream " by Sir Frederick Ashton, "Connectome" by Alastair Marriot, "The Concert " by Jerome Robbins.
『真夏の夜の夢』フレデリック・アシュトン:振付、『コネクトーム』アリステア・マリオット:振付、『ザ・コンサート』ジェローム・ロビンズ:振付 Draft Works ドラフト・ワークス(若手振付家の夕べ)
ロイヤル・バレエは5月31日〜6月13日まで団員で振付家であもるアリステア・マリオットの新作『コネクトーム』を含むバレエ・トリプルビルを6日、7日に公演した。(6月6日昼は一般客には非公開の学生向け企画)
アシュトン振付『真夏の夜の夢』とマリオット新作世界初演、ジェローム・ロビンズ振付『ザ・コンサート』の久々の再演をという魅力的なラインナップであった。
6月6日夜にナタリア・オーシポワとマシュー・ゴールディングが、10日にはラウラ・モレーラとフェデリコ・ボネッリ組が『真夏の夜の夢』のティターニアとオベロン役でデビュー予定であったから、関係者とファンの期待が集まっていた。
ロイヤル・バレエは、ルーパート・ペネファーザーとネマイア・キッシュという長身男性プリンシパルがシーズン半ばより不在であり、その穴を埋めて活躍してきたプリンシパルにも疲れが蓄積している時期であった。今年は本拠地ロンドンのシーズン終了直後に、モスクワのボリショイ劇場をはじめとする海外公演に向け、これ以上プリンシパルを怪我で失うことは何としても避けたい、特にボリショイの公演では現在のプリンシパルをベストの状態でお披露目したいところ。そのような事情から『冬物語』上演終盤で足を痛めたボネッリのオベロン・デビューが流れ、スティーブン・マックレーがこれをカバーすることになった。
6月6日夜の公演を観る。
『真夏の夜の夢』photo/ Bill Cooper ROH
第1部『真夏の夜の夢』で妖精の女王ティターニアを踊ったのは今シーズン、バレエ団に移籍したナターリア・オーシポワ、妖精の王オベロンにはシーズン半ばよりオランダ国立バレエより移籍したマシュー・ゴールディング。
パックはヴァレンティーノ・ズケッティ、ボトムはジョナサン・ハウエルズ、ヘレナをローラ・マクロッホ、デメトリウスをヨハネス・ステパネク、ハーミアをクリスティーナ・アレスティス、ライザンダーをヴァレリー・フリストフが踊った。
オーシポワは金髪のカツラや衣装も良く似合い、演技や跳躍などにも過剰な部分が一切ない好演。パワーやケレン味のある自らのダンス・スタイルを封印し、振付家フレデリック・アシュトンがこの役に望んだバレリーナ像に自らを当てはめてみせた。
この作品のオベロンといえばアントニー・ダウエルのために創られた役。アシュトンの美意識の高さが色濃くうかがえる衣装や髪飾りと美しい舞台メイクで、まるでアーサー・ラッカムの妖精の絵本から抜け出したかのような美しい立ち姿も、ファンにとって見どころの一つである。ゴールディングは中性的なルックスになるのを嫌ったのか、歌舞伎の隈取りのような視覚的にたいへんインパクトの強いメイクで登場し、オーシポワとは対照的にこの作品のデビュー公演から自らの個性を打ち出そうとしていた。
小柄なオーシポワと長身のゴールディングでは身長差がありすぎるのではないか、という懸念は杞憂だった。この作品特有のパ・ド・ドゥで互いの手をつなぎ合う場面では、程よい身長の違いであることが披露されたし、何よりもオーシポワ、ゴールディング共に旋回技が得意なので、それぞれがピルエットを見せる部分は永遠に回り続けるかのような持続性で、ほの暗い舞台空間の中にあってたいへん幻想的であった。
この作品の準主役パックと言えば様々な跳躍を立て続けに披露する振付から、バレエ団でも小柄で技巧派、スタミナ充分の若手が抜擢される。若き日の熊川哲也をはじめ、抜擢されたものは全てその大任を良く果たしたものだが、ヴァレンテイーノ・ズケッティのパックは、様々な跳躍と共に発揮した演技力の素晴らしさにとどまらなかった。主役2名を盛り立てながら、この作品に見事に収まる踊り手としての節度や知性が大いにうかがえるたいへんな好演で、過去30年間にコベントガーデンの舞台で、この役を踊ったダンサーの中で、最も優れた踊り手だった。
この日はまた高田茜が妖精の一人を踊っており、容姿の良さとフェミニンな魅力で作品の幕開けに観客を夢幻の境地に誘った。
オーシポワ、ゴールディング、ズケッティと外国人ダンサーがこの作品で最も重要な役をつとめながらも、オーシポワがアシュトン作品と英国のバレエ・スタイルを順守したこと、またズケッティとゴールディングが過去にロイヤル・バレエ・スクールに在籍していたことなどもあり、当日の公演には非常に英国的な雰囲気が満ち溢れていた。もしアシュトン卿がご存命でこの日の公演をご覧になっておられたのであれば、お喜びになったのではないだろうか。
今年はこの作品が世界初演されてから50周年にあたり、初演したオジなル・キャスと、アントワネット・シブレーとアントニー・ダウエルという素晴らしいパートナーシップを祝す、白黒舞台写真入りの配役表が配られた。作品の指導に当たったのはアントニー・ダウエル。当日の2階席中央にはわれわれ批評家と共にシブレーとダウエルの姿もあり、オーシポワ、ゴールディング、ズケッティによるパフォーマンスを興味深そうに鑑賞されていたた。
マリオット新作はアルヴォ・パールトの音楽、マリオットの友人でバレエ団のソリストでもあるジョナサン・ハウエルズが振付助手と衣装デザインを担当、舞台背景やフロアーに浮かび上がる美しい線画のような映像を鬼才ルーク・ホールズが担当。
ダンサーはメインの3人とそれを取り巻く若手の精鋭4人で、5月31日の世界初演のファーストキャストは、オーシポワ、エドワード・ワトソンとスティーヴン・マックレー、若手の精鋭4名の中にはアクリ瑠嘉やマルセリーノ・サンベの姿もあった。私が観た6月6日はセカンド・キャストによる公演で、メイン3名をサラ・ラム、リッカルド・セルヴェーラ、アレクサンダー・キャンベルが務め、若手4人はサンダー・ブロマート、ニコル・エドモンズ、ソロモン・ゴールディングとドナルド・ソムであった。
『コネクトーム』
(C) Angela Kase by kind permission of ROH
私が撮影にあたったゲネプロではオーシポワが紅一点を踊り、この作品では脚力の強さを発揮していたが、サラ・ラムは優美で詩情あふれるパフォーマンスで作品を際立たせて見せた。
ペールトのミニマルな音楽、ダンスとアートの融合による総合芸術として、たいへんセンスの良い作品であったが、ロイヤル・バレエの公演をいつも観ている関係者やファンにとっては、作品のそこここにクリストファー・ウイールドンやウエイン・マクレガー作品の影響が色濃くうかがえ、上演中に何度も既視感に襲われたのが残念であった。
『コネクトーム』(C) Angela Kase by kind permission of ROH(すべて)
トリプルビルを締めくくったのはジェローム・ロビンス振付の『ザ・コンサート』。ピアノ・コンサートを聴きに集まった聴衆の姿をコミカルに描いた作品である。
6月6日に気の強い妻とその妻に支配される中年男を踊ったのはラウラ・モレーラとベネット・ガートサイド、夫が興味を抱く若く美しい女性役は(降板したローレン・カスバートソンに代わって)サラ・ラムがつとめた。
モレーラ、ガートサイド、ラムの3人が中心となる登場人物が適役で好演したこともあり、ショパンの名曲のスコアにより、舞台上で繰り広げられる抱腹絶倒の場面のには、ロイヤル・オペラ・ハウスに集ったお上品な観客も大笑い。楽しい夏の一夜を過ごし、帰路についたようだ。
(2014年6月6日(夜) ロイヤル・オペラ・ハウス)
『ザ・コンサート』
(C) Angela Kase by kind permission of ROH
『ザ・コンサート』(C) Angela Kase by kind permission of ROH(すべて)
9人の若手振付家による新作が披露された
The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
Draft Works ドラフト・ワークス(若手振付家の夕べ)
6月2〜4日の3日間、今年もロイヤル・オペラ・ハウス地下の中劇場リンバリー・スタジオ・シアターで「ドラフト・ワーク(若手振付家の夕べ)」が行われた。これはロイヤル・バレエのダンサーで振付に強い関心を持つ有志を中心とした若手振付家たちが、実験的な新作を発表する企画である。
公演やリハーサルでたいへん忙しいダンサーたちが、スケジュールをやりくりして仲間に振付た作品を持寄り発表する企画。毎年何人かは、ロイヤル・バレエとは無関係に活動を続けている若手振付家が招聘され、新作を発表する。振付家にとってもダンサーにとっても有意義な試みだ。
今年作品を発表した団員は、ソリスト3名、ファースト・アーティスト2名、群舞のアーティスト2名。バレエ団外部から他に2名の計9人による作品が披露された。
幕開け作品は群舞のベルギー人サンダー・ブロマートによる『レ・ドゥ、コム・ウン』。アイス・スケートの美をバレエ作品に取り入れる試みを実践した小品だという。ダンサーはアネット・ブーヴォリ、リース・クラーク、マシュー・ボール、ジャクリーン・クラーク、ケヴィン・エマートン、イザベラ・ガスパリーニ、エルザ・ゴダード、トマス・モックというバレエ団の若手4組。
アイス・スケートに影響されたというだけに、男性ダンサーが相手役の女性をリフトしながら舞台上に弧を描く振付が多用されており、観客の目には美しく映るものの、抜擢された若手男性にとっては肉体的にたいへんハードな作品。私が観た日には、実際に中劇場の狭い空間から男女一組が舞台袖に消える場面で、リフトしていた男性がバランスを崩してつぶれるような形で転倒する場面もあり、観客をヒヤリとさせた。
続いてバレエ団外からの招聘振付家2名による作品が続いた。
まずは、アーカシュ・オデデラの作品『ユナイティッド』。バーミンガム生まれのインド系イギリス人で、英国内とインドでインド古典舞踊のカタラクなどを学び、現在はインド古典舞踊と現代ダンスの融合を図るダンサー兼振付家であるという。踊ったのはタラ・ブリジット・ブハブナニ、デイヴィッド・ドネリー、テオ・デユブロイ、ナタリー・ハリソンとローラ・マクロッホ。
ニコル・エドモンドのソロ『ル・インフェルノ』を振付たのは、NYとバンクーバー、ロンドンの3都市で活動するジョシュア・ビーミッシュ。「生活の中に失ってしまった人生はどこに? 知識の中に埋もれてしまった英知は? 情報の中に失われてしまった知識は一体どこに行ってしまったのか?」というT.S.エリオットの詩から構想を得たという印象的な作品であった。
毎年女性ダンサーをフィーチャーしたワイルドかつエキセントリックな作品を作ることで知られるのはバレエ団のソリスト、クリステン・マックナリー。今年は2人のセクシーな女性が住む家に、宅配に来た若者が女性たちに翻弄される姿を描いた『マトリアーチ』という作品を発表。この新作も旧作に続き一度見たら忘れられない強い印象を残す小品である。若い男性を踊ったのは新人のマシュー・ボール。セクシーな女性2人を踊ったのはヘイリー・フォーキクシットとシアン・マーフィー。振付家として認識されつつある彼女は。7月にはニュー・イングリッシュ・バレエ・シアターに、そして9月にはバレエ・ボーイズに新作を提供する予定という。
昨年マルセリーノ・サンベが踊るソロを振付てドラフト・ワークスにデビューしたのは蔵健太。今年はフランチェスカ・ヘイワード、アクリ瑠嘉、リース・クラーク、テオ・デュブロイという容姿・演舞に優れる若手精鋭4名に『DW2』というタイトルの小品を振付けた。 音楽性に満ちた流れるような作品でアクセントに富み、バレエ団の精鋭が何とも楽しげに踊る姿が印象的な作品であった。
フランス人らしいファッション性と美意識に貫かれた作品を披露したのは、ファースト・アーティストのリュドヴィック・オンデヴィエラ。
タラ・ブリジット・バヴナニとロマニー・パジャックという美少女の面影を持つバレリーナ2人をフィーチャーした愛らしい小品であった。
他エリコ・モンテスはデイヴィッド・ドネリーに『プロメシュース』というタイトルのソロ作品を振付け、入団以来ダンサーとして大活躍のマルセリーノ・サンベはアクリ瑠嘉、マシュー・ボール、マヤラ・マグリの3人に実験的な作品を振付けた。
毎年振付家としての確かな才能を感じさせるのはソリストのヴァレンティーノ・ズケッティである。たくさんのバレリーナをフィーチャーした音楽性に富んだ旧作とは一転し、今年はトリスタン・ダイアー、ニコロ・エドモンズ、トマス・モックという男性ダンサー3人に深みすら感じさせる完成度の高い小品『インジェミスコ』を振付け、バレエ関係者に強い印象を残した。ズケッティはこの作品を少年時代の彼の才能を信じ励ましてくれた、元ロイヤル・バレエ・スクール校長で、脳腫瘍との闘病生活の末に4月29日に永眠されたゲイリーン・ストック女史に捧げている。
(2014年6月3日 ロイヤル・オペラ・ハウス中劇場リンバリー・スタジオ・シアター)