[ ロンドン ]ヴィシニョーワとシクリャーロフの『ロミオとジュリエット』に沸いたマリインスキーのロンドン公演

ワールドレポート/その他

アンジェラ・加瀬
text by Angela Kase

Mariinsky Ballet's London Season マリンスキー・バレエ団ロンドン・シーズン

" Romeo & Juliet " by Leonid Lavrovsky
『ロミオとジュリエット』レオニード・ラヴロフスキー:振付

7月28日〜8月16日までマリインスキー・バレエがロンドン公演を行った。 『ロミオとジュリエット』『白鳥の湖』『アポロ』『真夏の夜の夢』『火の鳥』『マルグリットとアルマン』『コンチェルトDSCH』『シンデレラ』の8演目を持っての3週間に渡る大がかりなロンドン・シーズンは2011年以来3年ぶり。

今年はシェイクスピア生誕450周年を記念して『ロミオとジュリエット』『真夏の夜の夢』というシェイクスピアの代表的な戯曲を原作にしたバレエ2作を上演した他、英国ロイヤル・バレエの常任振付家であったフレデリック・アシュトンがマーゴット・フォンテーンとルドルフ・ヌレエフのために振付た小品『マルグリットとアルマン』、やはり英国ロイヤル・バレエの常任振付家であったケネス・マクミラン振付の抽象作品『コンチェルト』に触発されてアレクセイ・ラトマンスキーが振付た『コンチェルトDSCH』などイギリスの舞台芸術に敬意を示すかのような演目を携えての公演であった。
今回の来英メンバーはディアナ・ヴィシニョーワ、ウリアナ・ロパートキナ、ヴィクトリア・テレショーキナ、アリーナ・ソーモワ、エフゲニー・イヴァンチェンコ、ウラジーミル・シクリャーロフの6人のプリンシパルと、オクサナ・スコーリクア、ナスタシア・マトヴィエンコ、クリスティーナ・シャプラン、アレクサンダー・セルゲイエフ、アンドレイ・エルマコフ、コンスタンティン・ズヴェレフ、ティムール・アスケロフ、キム・キミンのファースト・ソリスト、ナデジタ・ゴンチャル、ナデジタ・バトーエワ、フィリップ・スチョーピン、ユーリ・スメカロフ、ザンダー・パリッシュらセカンド・ソリストであった。

テレショキーナ、スメカロフ photo/Angela Kase

テレショキーナ、スメカロフ photo/Angela Kase

4月のチケット売り出し当初に来英を予定されていたプリンシパル、ダニーラ・コルスンツエフとエカテリーナ・コンダウーロワは怪我のため、セカンド・ソリストのマリア・シリンキナはおめでたで来英できなくなったことから、初日開幕までに配役に2回ほど大きな変更があった。ロンドン公演のポスターや公演プログラムの表紙は、火の鳥の真っ赤なチュチュを着た美貌のユリア・ステパノワ。これまでも来英しているが、ロンドンのバレエ関係者やファンの間では無名のコリフェのバレリーナである。
公演チケットは£10〜120ポンド(1700円〜2万円)。最終的には『アポロ』と『真夏の夜の夢』2作品による「バランシン作品集」以外は完売になったものの、『白鳥の湖』を除いてはチケットがはけるのに時間がかかった。

ロンドン公演開幕作品はラブロフスキー版『ロミオとジュリエット』。 7月28日、3週間にわたるロンドン公演初日の舞台を飾ったのはディアナ・ヴィシニョーワ(ジュリエット)とウラジミール・シクリャーロフ(ロミオ)であった。小柄で愛らしいヴィシニョーワにはジュリエット役が似合い、踊る女優としてロミオとの出会いから秘密の結婚、両親やパリスとの確執、ローレンス神父からもらった薬を飲み干す場面や、作品の最後に短刀を胸に刺して若き命を落とすまでのジュリエットの心の襞を良く表現した。シクリャーロフは入魂の舞台で、1幕最後のバルコニーのパ・ド・ドゥ、ティボルトを殺めた後の悔恨、寝室の場面、薬を飲んで仮死状態になっているジュリエットを自殺したと思い込んだ後の慟哭に、激しい感情の迸りを見せた。
キャピュレット卿はプリンシパル・キャラクター・アーティストのウラジーミル・ポノマレフ、モンタギュー卿とローレンス神父をアンドレイ・ヤコブレフらベテラン勢が固め、キャピュレット夫人をエレナ・バゼーノワ、マキューシォをアレクサンダー・セルゲイエフ、ティボルトをユーリ・スメカロフ、パリスをコンスタンティン・ズヴェレフ、ベンヴォーリオをラファエル・ムシーン、道化を技巧派のグリゴリー・ポポフ、ジュリエットの友だちをナデジタ・バトーエワ、吟遊詩人をヴァシリー・トカチェンコがつとめた。

ヤングラゾフ photo/Angela Kase

ヤングラゾフ photo/Angela Kase

ロンドン公演が終わった今、初日の配役を俯瞰的にみると、ズヴェレフ、バトーエワなど、バレエ団芸術監督補佐のユーリ・ファティーエフが今回の引っ越し公演でロンドンの観客に印象付けたかった若手の精鋭が、ツアー初日にお披露目出演していたことが分かる。だがロンドン在住の古参のロシア・バレエ・ファンの中には、前回・今回とツアーに参加していないイリヤ・クズネツォフのティボルトを懐かしがったり、かつてのように美貌の男性ダンサーがパリスを演じないことに落胆する者もいた。

2日目、29日にジュリエットを踊ったのはヴィクトリア・テレショーキナ、ロミオはロイヤル・バレエから現芸術監督補佐のファティーエフに請われ、2010年1月にマリィンスキーに移籍したイギリス人のザンダー・パリッシュ(セカンド・ソリスト)。マキューシォを韓国人のファースト・ソリストでヴァルナ国際、ユース・アメリカ・グランプリ、アラベスク国際コンクールの覇者であるキム・キミン、ティボルトをコリフェのカミル・ヤングラゾフ、パリスをスメカロフ、ジュリエットの友だちをナデジタ・ゴンチャル、吟遊詩人をヤロスラヴ・プシュコフが踊った。
テレショーキナとパリッシュは並びが良く清廉な魅力にあふれたペアである。ロイヤル・バレエ出身のパリッシュはイギリス人らしく節度のある演舞や舞台マナーの持ち主。初日に激情を迸らせるシクリャーロフの大熱演を観た目には、この2人によるパフォーマンスはマリインスキーらしい上品さを感じさせた。キム(マキューシオ)はスター性と優れたダンス技術で、かつてロンドン公演でこの役を好演したレオニード・サラファーノフを思い出させた。

テレショーキナ photo/Angela Kase

テレショーキナ photo/Angela Kase

パリッシュやキミンはファティーエフ自慢の外国人ダンサーたち。パリッシュはイギリス人だけに、バレエ団のロンドン公演では3年前、今年と抜擢が続いた。今年は舞台写真家を集めて撮影目的も兼ねて行われる各演目初日直前のドレス・リハーサルの配役にも、パリッシュとキムは何度もその名を連ねた。パリッシュのロミオと『白鳥の湖』の王子ジークフリートを踊る写真は、演目の初日直後から英五大新聞の芸術欄やダンス関係のウェブ・マガジンに写真が掲載され、一般のイギリス人の関心を煽りもした。
ファティーエフとしては自分が引き抜き手塩にかけたイギリス人ダンサーがバレエ団で活躍していることや、コンクール3冠の韓国人ダンサーがいることを強調してバレエ団の国際化を強調したかったのであろう。だがマリインスキー・バレエ=ロシア人ダンサーによる公演を観ようと、高額のチケットを購入した観客や古参のロシア・バレエ・ファンの中には、パリッシュやキミンといった外国人ダンサーの舞台を見せられて期待を裏切られたような気持になる者も少なくはなかった。

テレショーキナ photo/Angela Kase

テレショーキナ photo/Angela Kase

テレショーキナ photo/Angela Kase

テレショーキナ photo/Angela Kase

テレショーキナ、パリッシュ photo/Angela Kase

テレショーキナ、パリッシュ photo/Angela Kase

31日アリーナ・ソーモワとフィリップ・スチョーピン主演公演を観る。主役2名以外は29日と同じ配役。初日のヴィシニョーワがロミオに出会うまで恋を知らない少女というには、時として成熟した女性の面影を見せてしまったのに比べ、若々しく美貌のソーモワは、私が観た3公演の内、最もジュリエットらしいバレリーナであった。若かりし日には、マリインスキーのバレリーナにしてはグラン・セゴンドの足を高く振り上げすぎたり、グラン・ジュテなど大きな跳躍がダイナミック過ぎると非難されもしたソーモワだが、当日のジュリエットにはそういった技術面の力みはなく、全幕を通じてよく役を生き、演じ、そして踊った。
『ロミオとジュリエット』を3年ぶりのロンドン公演の冒頭に据えたのはバレエ団側の意志であったのだろうか? それともロシアの最高峰のバレエ団であるボリショイとマリインスキー(旧称キーロフ)・バレエを50年以上に渡り、イギリスに招聘し続けている招聘元のハッハウザーの意向であったか?

イギリスではロイヤル・バレエがケネス・マクミラン版『ロミオとジュリエット』を演目に持ち上演している。クランコの『ロミオとジュリエット』と共に最高峰の誉れ高いマクミラン版が愛されている国で、古色蒼然としたラブロフスキー版を上演し、辛口で知られる舞台評論家たちから良い評価を得るのは至難の業だ。
その結果は、やはりラブロフスキー版『ロミオとジュリエット』を2週間のロンドン公演の冒頭に据えた2009年夏と同じように、今年も評論家諸氏から芳しい批評は貰えずに終わった。
バレエ団側にしてみればラブロフスキー版『ロミオとジュリエット』がイギリスで絶賛されずに終わるのは過去のデータからも解っていたはず。マリインスキー3年ぶりのロンドン公演はこの作品上演が終わった時点で、次の演目『白鳥の湖』とその後に2公演する予定の『火の鳥』『マルグリットとアルマン』『コンチェルトDSCH』による「バレエ小品集」のチケットが全公演完売。興行成績という意味では大成功であり失う物は何もなかった。
(2014年7月28、29、31日 ロンドン ロイヤル・オペラハウス。28日午後のドレス・リハーサルを撮影)

ポノマーリョフ photo/Angela Kase

photo/Angela Kase

photo/Angela Kase

photo/Angela Kase

photo/Angela Kase

photo/Angela Kase

◎写真に登場するダンサー
ジュリエット   ヴィクトリア・テレショーキナ
ロミオ      ザンダー・パリッシュ
マキューシォ   キム・キミン
ティボルト    カミール・ヤングラゾフ
キャピュレット卿 ウラジーミル・ポノマーリョフ

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