白夜のサンクト・ペテルブルクでバランシンの『夏の夜の夢』を観る

ワールドレポート/サンクトペテルブルグ

梶 彩子 text by Ayako Kaji

Mariinsky Theater マリインスキー劇場

"A Midsummer Night's Dream" George Balanchine
『夏の夜の夢』ジョージ・バランシン振付(1962)

2018年6月16日、夏至の近い白夜のサンクト・ペテルブルク、マリインスキー劇場で、バレエ『夏の夜の夢』(振付:バランシン、音楽:メンデルスゾーン)を見た。シェイクスピアの同名作品が原作で、バレエ版のあらすじは適宜省略されつつ非常に分かりやすい。妖精王オーベロンと妖精パックが2組のカップルの恋愛関係に介入し、更なる混乱を呼び起こす喜劇が中心である。1962年にニューヨーク・シティ・バレエで初演され、マリインスキー・バレエでは世界初演から50年後の2012年に初演された。ペテルブルクでの上演は、メセナの高橋俊彦氏がスポンサーとなり実現した。

あらすじを持たないバレエが多いバランシン作品の中では珍しい物語バレエである『夏の夜の夢』は、「バランシンのロシア・バレエの夢」との異名を持つという。というのもバランシンは帝室バレエ学校時代、ミハイロフスキー劇場で上演された喜劇『夏の夜の夢』の妖精役をメンデルスゾーンの音楽で踊ったことがあり、帝政時代末期のペテルブルクのバレエが子供時代のバランシンに間違いなく多大な影響を与えている。そして、のちに自身のオリジナル・ヴァージョンを作ったからである。
それは1917年、ロシア革命直前のことであり、バランシンは当時14歳であった。『夏の夜の夢』は1962年に振付けられたが、プロットレス・バレエと言われ、既に舞踊で音楽を奏でる独自のスタイルを確立していたバランシンが、登場人物とともにマイムで物語が進んでゆくバレエを作ったのは、やはり、革命で失われたペテルブルク・バレエへの思いがあったのだろう。バランシン作品の中でも特別な位置を占め、彼の祖国ペテルブルクでこの作品を上演することは、大きな意味を持つといえる。

作品は2幕構成で、物語は1幕でほぼ完結し、2幕は結婚式の場面で、次々と舞踊が繰り広げられていく。幕があがると、ワガノワ・バレエ・アカデミーの生徒たちが踊る妖精や蝶の群舞が仄暗い舞台上を飛び交い、儚げな華奢さと軽やかさで、物語の世界へ観客をいざなう。
妖精の女王タイターニアをクリスティーナ・シャプランが、妖精王オーベロンをティムール・アスケロフが踊った。シャプランのタイターニアは高貴な美しさを湛え、彼女にぴったりの役であった。とくに生演奏のアリアにのせたヴァリエーションはすばらしい。アスケロフのオーベロンも長い手足を生かした品のある踊りで魅せた。妖精王とパックに振り回される2組の男女を演じたニカ・ツフヴィタリア(ヘレナ役)、クセーニア・ファテーエワ(ハーミア役)、ニキータ・コルネーエフ(ライサンダー役)、マクシム・ズュージン(ディミートリアス役)もそれぞれ健闘していた。また、オーベロンの妖精たちを率いる蝶を軽やかに踊ったアナスタシア・ルキナも印象深かった。
オーベロンとパックのいたずらで、職人ボトムが頭を驢馬に変えられてしまう場面や、その驢馬人間に女王タイターニアが恋をしてしまう場面はコミカルで、思わず笑みがこぼれる。客席からもクスクス笑い声が上がった。アナスタシア・マトヴィエンコが演じるアマゾンの女王ヒッポリタも躍動感ある踊りやフェッテで魅せた。
また、森の深緑色の舞台に映える玉虫色に光るオーベロンとタイターニアのマントなど、衣装も非常に美しかった。

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A Midsummer Night's Dream by Valentin Baranovsky © State Academic Mariinsky Theatre

2幕では、主だった物語展開はなく、あらすじを排したバランシンらしい舞踊場面が見られる。男女ペアのコール・ド・バレエには石井久美子の姿もあった。とりわけエカテリーナ・オスモルキナ、コンスタンチン・ズヴェレフのパ・ド・ドゥは優雅で美しく、ずっと見ていたいと思う程であった。作品自体は2時間程度の比較的小規模なバレエであるが、上述してきたようにマリインスキー・バレエを牽引するソリストも多数出演し、またその一方でアカデミーの生徒たちも群舞で活躍し、楽しめる要素はたくさんある。

作品構成やテーマこそ帝政時代のペテルブルク・バレエの影響が見て取れるものの、舞踊自体はネオ・クラシック・スタイルであり、バランシン特有のアレグロで、とにかく速く、非常に音楽的である。また、夏至を間近にしたアテネの森を舞台としているだけあり、夏にぴったりの演目であった。終演後の22時ごろに劇場を出ると空がまだ明るく、『夏の夜の夢』さながら、妖精が出てきそうな不思議な気分にさせられる。バランシンの子供時代のエピソードも含め、『夏の夜の夢』は、白夜祭には欠かせない作品であると言えるだろう。
(2018年6月16日 マリインスキー劇場)

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A Midsummer Night's Dream by Valentin Baranovsky © State Academic Mariinsky Theatre

 

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