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テリョーシキナのニキヤ、バトーエワのガムザッティ、キムのソロル、マリインスキーの珠玉のレパートリー『ラ・バヤデール』

ワールドレポート/サンクトペテルブルグ

梶 彩子 text by Ayako Kaji

Mariinsky Theater マリインスキー劇場

"La Bayadère" Choreography by Marius Petipa (1877). Revised choreography by Vladimir Ponomarev and Vakhtang Chabukiani (1941) with dances by Konstantin Sergeyev and Nikolai Zubkovsky
『バヤデルカ』マリウス・プティパ:振付(1877)、ウラジーミル・パナマリョフ、ワフタング・チャブキアーニ:改訂(1941)、コンスタンチン・セルゲーエフ、ニコライ・ズプコフスキー:振付補足

5月23日から始まったマリインスキー劇場の白夜祭。6月7日の『ラ・バヤデール』では、ニキヤをヴィクトリア・テリョーシキナ、ソロルをキミン・キム、ガムザッティをナジェジダ・バトーエワが踊るという、大変豪華な顔ぶれであった。
マリインスキー・バレエでは1941年のキーロフ版(改訂:パナマリョフ、チャブキアーニ)が受け継がれており、当時のまま4幕の宮廷崩壊の場面は割愛され、全3幕のバレエ作品となっている。本来あった4幕がないとはいえ、ドラマ性、舞踊性双方において大変充実した名作である。

1幕は、インドの寺院からはじまる。冒頭のソロルであるキムの登場で拍手が起こる。神に祈りをささげるニキヤのヴァリエーションは最初の見せ場である。テリョーシキナの細やかに刻まれるパ・ド・ブレは滑らかで、描かれるアラベスクの完璧なラインには思わずため息が出る。テリョーシキナの踊り自体のすばらしさはさることながら、ニキヤが巫女として踊るときの厳かな表情と、一人のうら若き女性として恋人ソロルと一緒にいられることの喜びで輝く笑顔とのコントラストも印象的であった。その笑顔も、名誉や地位、そしてガムザッティの美しさに目がくらんだソロルによって打ち砕かれると思うと、早々に胸が痛む思いであった。宮殿では、令嬢ガムザッティとニキヤの、ソロルを巡る激しい争いが繰り広げられる。ガムザッティを演じるバトーエワは輝くような美貌のダンサー。彼女の、一人になったつかの間に、ふと、結婚を控え不安に思う一人の女性の顔を見せたかと思えば、召使の登場とともに、またたくまに苦悩の表情を消し、再び高貴な令嬢へと変貌する姿は見事であった。ソロルを諦めてほしいとニキヤに懇願するガムザッティと、恋人を譲れないニキヤの諍いは激しさを増し、ついにニキヤが刃物でガムザッティに襲い掛かる場面では、あらすじを知っていても思わずドキドキしてしまう。1幕はこのように、非常にドラマチックな展開で、マイムも大きな見どころとなっている。

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La Bayadera by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

幕のガムザッティとソロルの結婚式の場面は華やかである。ブロンズ・アイドルをフィリップ・スチョーピンが踊った。安定感のある丁寧な踊りで、万全のキャスト編成であることがうかがえた。キミン・キムの滞空時間の長い----まるで空中で止まっているような----跳躍には目を見張った。信じられないほど軽く高く跳んでいながら、音楽にぴたりとはめてみせるキムに客席もいっせいに沸いた。バトーエワはガムザッティのヴァリエーションで、一つ一つのパを卒なくこなし手堅くまとめていたが、やや緊張しているように感じられた。最後のクライマックスの華やかな婚礼の場で、青ざめた絶望の表情で始まるニキヤのヴァリエーションは、張り詰めた緊張感の中、物悲しいモノローグで始まり、情熱的な激しい踊りで締めくくられる。テリョーシキナはここではオーバーな感情表現はせず、身を裂くような悲しみを押し隠すように、指先まで緻密にコントロールし丁寧に踊る。その後、花かごに潜んだ蛇に噛まれ、それでもなお、ソロルが自分に振り向いてくれないとわかったとき、肩を震わせて泣くニキヤの姿には、思わず涙しそうになった。終始まったくぶれることなく、完璧に踊るテリョーシキナのしなやかな強靭さ、完成度の高さといった踊りの面だけでなく、演技面も工夫が随所に見られてとても興味深かった。

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La Bayadera by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

3幕は、ニキヤを失った悲しみからアヘンを吸うソロルが見る幻想の場面「影の王国」である。白のチュチュに身を包んだ総勢32人のダンサーから成る群舞のアダージオはぴたりと動きが揃い、息をのむような幻想美であった。マリインスキー・バレエのコール・ド・バレエのレベルの高さは随一であろう。一列目には日本人ダンサーである石井久美子の姿もあり、エカルテに上げられた足が高く美しいのが印象に残った。また、影のトリオの第3ヴァリエーションを、最近研修生からセカンド・ソリストに昇格した永久メイが踊り、日本勢のめざましい活躍がうかがえた。際立って華奢な彼女は、非常に丁寧で繊細な踊りで観客を魅了した。高い技術と安定感を持つ期待の新人である。3幕の大きな見せ場である、長いヴェールを頭上に掲げながら繰り広げられるニキヤとソロルの難解なパ・ド・ドゥも、テリョーシキナとキムは見事に息の合った踊りを展開。アレグロのコーダでも群舞、ソリスト、そしてニキヤとソロルが次々と踊り、とくにニキヤの超高速のストゥニューで斜めに舞台を進んでいく様はラストシーンを華やかに彩った。
1,2幕では踊りももちろんだが、ドラマチックな物語が繰り広げられ、マイムも楽しめる一方、3幕は幻想的な舞踊場面が非常に美しく、また同時に高度な技術が要求される踊りは、圧巻である。選び抜かれたキャスト陣、鍛え上げられた非常に高水準の群舞による『ラ・バヤデール』は、白夜祭のプログラムの中でも存在感を放っていた。
(2018年6月7日 マリインスキー劇場)

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La Bayadera by Natasha Razina © State Academic Mariinsky Theatre

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