[ ロンドン ]スウェーデン王立バレエがエックの『ジュリエットとロミオ』を英国初演、木田、鳴海、児玉らが活躍

ワールドレポート/その他

アンジェラ・加瀬
text by Angela Kase

Royal Swedish Ballet スウェーデン王立バレエ団

"Juliet & Romeo" by Mats Ek 『ジュリエットとロミオ』マッツ・エック:振付

9月24〜27日までスウェーデン王立バレエがマッツ・エック振付の『ジュリエットとロミオ』を持って19年ぶりのロンドン公演を行った。
スウェーデン王立バレエの名を耳にしたことのある読者も、同団体がパリ・オペラ座バレエ、デンマーク王立バレエ、マリインスキー・バレエについで世界で4番目に古い歴史を誇るバレエ団であるとはご存知ないのではあるまいか?
演劇を愛し、自らも脚本家、演出家、俳優として活躍したロココの時代のスウェーデン国王グスタフ3世が、スウェーデンの首都ストックホルムに王立歌劇場を設立したのは1773年のこと。創設直後に30人だった劇場のおかかえダンサーの数は、世界各国より才能のある踊り手を集めることに熱心だった国王の情熱により、1786年には71名まで膨らんだという。この中にはノヴェールの弟子のアントワーヌ・ブルノンヴィル(オーギュストの父)の姿もあり、1782年にバレエ団に入団したアントワーヌは、持ち前のダンス技術で王立劇場に集まった観客を驚かせたという。

グスタフ3世時代のスウェーデンはルイ王朝時代のフランスに強い文化的影響を受けており、当時のストックホルムはパリと共にバレエ文化の中心都市として世界に知られていた。劇場文化と自らが建立した王立歌劇場を愛した国王は、1792年年3月、愛する王立歌劇場で行われた仮面舞踏会の最中に背後から拳銃で撃たれた傷が元になり、2週間後に崩御されている。
グスタフ3世暗殺後の19世紀初め、グスタフ4世の世においてもスウェーデンはフランスやイタリアといった当時オペラやバレエで有名な国々と強い繋がりを持ち、劇場文化の水準の高さで世界に知られていた。バレエにポアント技術を導入したマリー・タリオーニの父で本人もダンサー、振付家として名声を馳せたフィリッポ・タリオーニ(イタリア人)もまたスウェーデン王立バレエのメンバーであり、王立歌劇場のオペラ歌手であったクリストファー・カルステンの娘ソフィーと結婚。そのためマリー・タリオーニはストックホルムで生まれている。
20世紀のスウェーデンに目を移すと、1930〜40年にかけてダンス界に若き才能の台頭が見られ、中でも後にクルベリ・バレエを率いるビルギット・クルベリによるモダン・ダンスの数々に沸いた。クルベリは1950年に代表作となる『令嬢ジュリー』をスウェーデン王立バレエのために振付ている。

Photo © Gert Weigelt


Photo © Gert Weigelt

スウェーデン王立バレエは昨年創立240周年を迎え、現芸術監督ヨハネス・オーマンは、その節目の年を記念し、祖国を代表する世界的な振付家でクルベリの息子であるマッツ・エックに新作を依頼。エック17年ぶりの全幕新作『ジュリエットとロミオ』は、昨年5月スウェーデン王立歌劇場での世界初演以来大変な話題となり、ジュリエット役を世界初演した日本人バレリーナ、木田真理子は、今年バレエのアカデミー賞に相当するブノワ賞最優秀バレリーナ賞を受賞、秋にはレオニード・マシーン賞も受賞している。
今回のロンドン公演はサドラーズ・ウェルズ劇場の「ノーザン・ライト」シリーズの一環として行われ、中日9月25日の公演後には振付家エックを囲んでのトーク・イベントも行われた。ちなみになぜ作品のタイトルを『ロミオとジュリエット』ではなく、『ジュリエットとロミオ』にしたのか? との問いに、振付家のエックは、「シェイクスピアはこの作品執筆の初期には題名を『ジュリエットとロミオ』としていたから」と答えている。

Photo © Gert Weigelt

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ロンドン公演はダブル・キャストで行われ、24日の公演初日はジュリエットを木田真理子、ロミオをアンソニー・ロマルジョ、ベンヴォーリオは児玉北斗という世界初演キャスト(DVD版)とほぼ同じ配役で行われた。 公演2日目、9月25日の公演を観る。
作品は全2幕。舞台の上を移動式の壁(パーティション)が動き回り空間を切り取る。壁にはダンサーがよじ登ったり、壁に体をあずけながら様々なポーズをとれるよう数々の手すりがついている。壁に仕切りられたシンプルな舞台空間に現代的な舞台衣装をまとった主要登場人物と、中世イタリアの装束の影響を受けた衣装を着た登場人物たちが現れる。一部の登場人物はセグウェイ(電動立ち乗り二輪車)に乗って登場するなど、作品はシェイクスピア原作の中世イタリアの雰囲気と共に21世紀の都会の雰囲気をも伝える。音楽は『アンダンテ・カンタービレ』や『眠れる森の美女』2幕パノラマなどチャイコフスキー作曲の楽曲の数々が使用されている。
この日のジュリエット役は鳴海玲那(なるみれいな)、ロミオはワガノワ・アカデミー卒業のアントン・ヴァルドバウアー、マキューシォをイタリア人のルカ・ヴェテーレ、ベンヴォーリオをバレエ団付属校出身のスウェーデン人ダンサーのイェンス・ローセン、ティボルトをヴァーヘ・マルティロシャン、パリスをダヴィッド・クピンスキーが踊った。

振付はエックの代表作『カルメン』にも見られるような、深い2番プリエを多用したポーズや、古典バレエのように股関節から足を180度に開脚せず両足をパラレルにした2番ポジションで膝を曲げのけぞったり、ステージに仰向けやうつぶせの姿勢で横になり床を多用する他、群舞によるダイナミックでスピード感溢れる跳躍を見せて音楽に視覚的アクセントをつける、といったエック特有のダンス・スタイルに彩られている。ダンサーは女性・男性ともに裸足やバレエ・シューズを着用。トウ・シューズによるポアント技術は使われていない。

鳴海とヴァルドバウアーは世界初演キャストの木田とロマルジョ組よりもジュリエットとロミオの役の実年齢に近いこともあり、サドラーズ・ウェルズ劇場に集まった観客を作品世界に誘った。鳴海は小柄で瑞々しく現代ダンスのスタイルで踊りながらも可憐なジュリエットを体現。
繊細な雰囲気を持つヴァルドバウアーもロミオ役が良く似合った。ENBやミラノ・スカラ座、ローマ歌劇場バレエなどでも踊っていたヴェテランのヴェテーレ(マキューシォ)、現代のどこにでもいそうな若者らしい容姿のローセン(ベンヴォーリオ)もエック版によく馴染んだ。
ジュリエットの母役には、イギリスはリーズ出身の中国系ダンサー、ジーナ・ツェが扮し、東洋人バレリーナ(鳴海)が扮するジュリエットとの並びも自然であった。ナース役を熟年ダンサーのアナ・ラグーナが踊り、作品に深みとペーソス与えていた。それもそのはず、ラグーナはスペイン人ながら1979年にクルベリ・バレエに入団。以降NDTで踊った1年を除きビルギット・クルベリ、マッツ・エック両芸術監督時代にクルベリ・バレエの中心ダンサーとして活躍し、96年までの21年もの間バレエ団に在籍した。ラグーナは2006年にスウェーデン王室よりスェーデン劇場文化への長年の功績を認められ「スェーデン王室宮廷舞踊家」の称号を授与されている。
バレエ団にはグスタフ3世時代以来の伝統ともいうべきか、今も世界各国出身のダンサーが在籍している。アメリカ出身でロミオ役を世界初演しているロマウジョ、アルメニア出身で長くハンブルグ・バレエで活躍したアルセン・メフラビアン、ベラルーシ出身のアンドレイ・レオノヴィッチ、ポーランド出身でデンマーク王立バレエやベジャール・バレエでも活躍したダヴィッド・クピンスキー、モスクワ出身のロシア人で長らくベジャール・バレエで活躍したダリア・イワーノワ、隣国ノルウェー出身のユルゲン・ストヴィンドらに交じって木田、児玉、鳴海と日本人も3人在籍。スウェーデン王立バレエの19年ぶりのロンドン公演が連日、日本人のバレリーナによって主演されたことには筆者自身驚きを禁じ得なかった。

Photo © Gert Weigelt

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ロンドンでも現代ダンスの公演が完売になることは稀で、ロンドン公演2日目の劇場は7部の入り。だが終演後に振付家マッツ・エックによるトーク・イベントが行われたこともあり、北欧の現代ダンス事情やエック作品に強い興味を持つ国際色豊かな観客で賑わっていた。
(2014年9月25日 ロンドン、サドラーズ・ウェルズ劇場)

Photo © Gert Weigelt

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Photo © Gert Weigelt(すべて)

写真に登場するダンサー
ジュリエット:木田真理子
ロミオ   :アンソニー・ロマルジョ
マキューシォ:ルカ・ヴェテーレ
ベンヴォーリオ:児玉北斗

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