[ ロンドン ] ブランドストラップ、スカーレット、ウィールドンによる優れた小品が新旧ダンサーの個性で輝きを放った

ワールドレポート/その他

アンジェラ・加瀬
text by Angela Kase

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ

"Ceremony of Innocence" by Kim Brandstrup、"The Age of Anxiety" by Liam Scarlett、"Aeternum" By Christopher Wheeldon
「21世紀バレエ小品集」
『セレモニー・オヴ・イノセンス』キム・ブランドストラップ:振付、『ジ・エイジ・オヴ・アンザイアティ』リアム・スカーレット:振付、『アエテルナム』クリストファー・ウィールドン:振付

11月7日ロイヤル・バレエによる「現代作品小品集」の初日を鑑賞した。これはキム・ブランドストラップ、リアム・スカーレット、クリストファー・ウィールドンというバレエ団ゆかりの振付家による小品3作によるトリプル・ビルで、バレエ団のレジデント・アーティストとして創作に専念する20代の若き振付家リアム・スカーレットの新作が世界初演された。

幕開作品はデンマーク人振付家ブランドストラップ作品『セレモニー・オヴ・イノセンス』。 この作品はイギリスの大作曲家ベンジャミン・ブリテンの生誕100年を祝した2013年に、ロイヤル・バレエのダンサーのために振付けられた。作家トーマス・マンの小説でブリテンが最晩年にオペラ化した『ヴェニスに死す』に触発された小品だという。
この作品がロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)で上演されるのは、この日が初めて。主演ダンサーは、プリンシパルのエドワード・ワトソン、ソリストのクリスティーナ・アレスティス、ファースト・アーティストの新人マルセリーノ・サンベ、他にベアトリス・スティックス・ブルネル、アレクサンダー・キャンベル、ロマニー・パジャック、ヨハネス・ステパネクの計7人。当初女性主役はプリンシパルのゼナイダ・ヤノースキーが予定されていたが、ヤノースキー降板によりアレスティスが代役を務めた。
ワトソン、アレスティス、サンベをはじめ、7人のダンサーの踊る役にはアッシェンバッハやタージオといった役名がついてはいない。また公演プログラムにストーリーが載っているわけでもなかった。

「セレモニー・オヴ・イノセンス」Photo/Angela Kase

「セレモニー・オヴ・イノセンス」
Photo/Angela Kase(すべて)

白いスーツに身を包んだワトソンは『ヴェニスに死す』のアッシェンバッハというには若々しかったが、彼の繊細さや苦悶する様子はアッシェンバッハを髣髴とさせ、サンベが踊った青い衣装の若者は、アッシェンバッハが憧れた若者タージオを思わせた。舞台上にはレオ・ワーナーの手による波紋のようなコンピューター・グラフィックがたゆとい、観客を夢幻の境地に誘った。
ブランドストラップの着想と振付、選曲、ワトソン、アレスティスの清らかな魅力と生きることへの慄き、サンベの肉体が発散する若さ、ブリテンの音楽、ワーナーのアニメーションというバレエを構成する芸術のすべてが絶妙に融け合い、一つの高い美意識に貫かれた忘れがたい小品が誕生した。

「セレモニー・オヴ・イノセンス」Photo/Angela Kase

「セレモニー・オヴ・イノセンス」

「セレモニー・オヴ・イノセンス」Photo/Angela Kase

「セレモニー・オヴ・イノセンス」

リアム・スカーレットの世界初演作品『ジ・エイジ・オヴ・アンザイアティ』は、1948年にピューリッツアー賞を受賞した詩人W.H.オーデンの長編詩と作曲家レナード・バーンスタインの第2交響曲から題名がとられている通り、オーデンの長編詩に登場する4人の人物の一夜の会合を描いている。 初老のアイルランド人ビジネスマンのクアント(ベネット・ガートサイド)、かつてカナダ空軍の軍医であったマーリン(トリスタン・ダイアー)、デパートのバイヤーであるユダヤ人のキャリア・ウーマンのロゼッタ、10代の海軍兵のアンブル(スティーブン・マックレー)は第二次大戦中のニューヨークのとあるバーで出会い、その後ロゼッタのマンションに集いナイトキャップとスナックを楽しみ、ダンスに興ずる。ロゼッタは若きセーラーのアンブルに興味を示すが、4人の人生は結局激しく交差することはなく、男性3人はそれぞれ帰路に就くという物語。4人の他にバーテンダー(ケヴィン・エマートン)と若き米軍兵(アクリ瑠嘉)と彼と踊る若い女性(レティシア・ストック)も登場する。

「ジ・エイジ・オヴ・アンザイアティ」Photo/Angela Kase

「ジ・エイジ・オヴ・アンザイアティ」

冒頭のバーで繰り広げられる場面は、ニューヨークが舞台でバーンスタインの音楽もあいまって、思わずジェローム・ロビンズの『ファンシー・フリー』を思い出してしまったが、その後ロゼッタの住むスタイリッシュなマンション、マーリンが朝焼けに染まるマンハッタンの摩天楼の群れを背に踊る場面に、雄大なシンフォニーが響き渡る終盤へと舞台が移り変わるにつれ作品の持つ独自性が色濃く滲んだ。

現在イギリスにはバーミンガム・ロイヤル・バレエの芸術監督であるデイヴィッド・ビントレーを筆頭に、ノーザン・バレエの芸術監督のデイヴィッド・ニクソン、スコティッシュ・バレエの芸術監督のクリストファー・ハンプソンと現役振付家3人もが自分のバレエ団を持ち作品を発表している。若くしてダンサーとしてニューヨークに移住し、今は世界的な振付家として活躍するクリストファー・ウィールドンももとはと言えばロイヤル・バレエ団のダンサーであり、処女作はダーシー・バッセルとジョナサン・コープに振付けたイギリス人であるし、4人の他にもロイヤル・バレエのスカーレット、ノーザン・バレエのダンサーで振付家でもあるケネス・ティンダルなど才能豊かな若手振付家が存在し、彼らの作品と創作意欲が英ダンス界を熱気で満たし、また彼ら振付家がそれぞれの団体の個性あふれるダンサーたちの個性と創造性を伸ばし観客に夢を与えている。中でもスカーレットは20代の若さでロイヤル・バレエという著名バレエ団の振付家として潤沢な費用を使って新作を発表しており、恵まれた環境にあると言えよう。

「ジ・エイジ・オヴ・アンザイアティ」Photo/Angela Kase

「ジ・エイジ・オヴ・アンザイアティ」Photo/Angela Kase

「ジ・エイジ・オヴ・アンザイアティ」Photo/Angela Kase

「ジ・エイジ・オヴ・アンザイアティ」Photo/Angela Kase

「ジ・エイジ・オヴ・アンザイアティ」Photo/Angela Kase

「ジ・エイジ・オヴ・アンザイアティ」

最期に上演された『アエテルナム』はクリストファー・ウィールドンが、作曲家ベンジャミン・ブリテン生誕100年に沸いた2013年に振付た作品。抽象作品の小品に独特の構築的な形象美をうかがわせ、スコアの選曲に優れたこの振付家らしい美意識の高さで世界初演以来人気を博している作品である。
中心のペアは世界初演時に続いてプリンシパルのマリエアネラ・ヌニェズとフェデリコ・ボネッリ。この作品の成功にはこの2人の踊り手としての魅力が大いに関与しているのではないだろうか。
2人が踊るデュエットに見られる官能的な表情数々、それでいてムーブメントを紡ぐ肉体は冴え冴えとして清らかな光芒を放つ。この美々しき矛盾は、肉と霊という相反するものを宿す人間そのものを小品バレエの中で描ききったかのような完成度の高さと余韻があり、ウィールドンの抽象作品の中でも『雨の後で(アフター・ザ・レイン)』と共に、作品と主演ダンサーの魅力を観る者の心に最も強く刻みつける作品であると言えよう。
優れた振付家による小品3作にベテランから若手ダンサーが抜擢され、その個性を余すことなく発揮する様子を観ることが出来、満足を感じると共に、優れたスコアや美しいセット、衣装、照明、舞台デザインに心癒された一夜であった。
(2014年11月7日 ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス)

「アエテルナム」Photo/Angela Kase

「アエテルナム」Photo/Angela Kase

「アエテルナム」
Photo/Angela Kase(すべて)

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