[ ロンドン ] ロンドン、コロシアム劇場の大舞台に様々な肌の色ダンサーが踊った、BRB『カルミナ・ブラーナ』ほか

ワールドレポート/その他

アンジェラ・加瀬
text by Angela Kase

Birmingham Royal Ballet 英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ

" Serenade " by George Balanchine, " Carmina Burana " by David Bintley
『セレナーデ』ジョージ・バランシン:振付、『カルミナ・ブラーナ』デイヴィッド・ビントレー:振付

英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)は、3月19日〜21日まで半年ぶりのロンドン公演を行った。 今年はバレエ団が本拠地をロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場からバーミンガム・ヒポドロームに移して25周年、またデイヴィッド・ビントレー芸術監督就任20周年というバレエ団にとっては大きな節目の年である。
記念すべき年のロンドン公演の演目として選ばれたのは、バランシン1934年振付の『セレナーデ』とビントレー1996年振付の『カルミナ・ブラーナ』。
場所は数あるロンドンの劇場の中でもロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)と共に由緒ある歴史を持つコロシアム劇場。ロンドン公演初日は、劇場入り口にレッド・カーペットを敷きつめ、多数のバレエ関係者を招いて華やかに行われた。

初日に第1部『セレナーデ』を踊った主要ダンサーは、エリーシャ・ウィリス、平田桃子、セリーヌ・ギッテンズ、曹馳(ツァオ・チー)、タイロン・シングルトンの5人。白人、東洋人、黒人系プリンシパルが顔を揃えたたいへんBRBらしい幕開けである。
叙情性としっとりした女性らしさを印象付けた平田、プロポーションの良さと身体能力の高さを見せたギッテンズ、ラインの美しさと品性の高さが印象的な曹馳(ツァオ・チー)の3人が事のほか秀逸で、作品を見事に引き締めた。
ビントレーの『カルミナ・ブラーナ』は、新国立劇場バレエのレパートリーとして日本のファンにもお馴染の演目だろう。96年のロンドン初演は筆者もコベント・ガーデンのROHで観ているが、当時はバレエ・ファン以上にトレンドに敏感な若者がこの作品に熱狂し、大変な話題となったものである。

『セレナーデ』平田、ギッテンズ、ウィリス photo/Angela Kase

『セレナーデ』平田、ギッテンズ、ウィリス
photo/Angela Kase(すべて)

今回のロンドン公演初日の配役は、運命の女神フォルトゥナをサマラ・ダウンズ、神学生1をジェイミー・ボンド、神学生2をマティアス・ディングマン、神学生3をイアン・マッケイ、恋する女をエリーシャ・ウィリス、ロースト・スワンをジェナ・ロバーツがつとめた。
かつて神学生2を当たり役にしていたボンドの名前を、神学生1として配役表に見つけた時は印刷ミスか? と思った。だが作品冒頭で神学生1を中心に神学生3人が並び踊る部分で、聖書の戒律と欲望の狭間で苦悩する神学生らしさを全身で表現するボンドが中央に入ることで、この作品の宗教性が初演以来最も良く反映され、作品に重さが加味された事に気付き、作品の振付家にしてこのバレエ団の芸術監督であるビントレーの意図を理解したように思った。 恋する女のエリーシャ・ウィリスはベテランながら舞台での立ち姿は常に初々しい。ボンドとは並びも良くフレッシュで清々しかった。
バレエ団が前回本拠地バーミンガムでこの作品を上演する直前のドレス・リハーサルの最中、神学生2をリハーサルしていた曹馳(ツァオ・チー)が第2部居酒屋のソロの途中で脳震盪のため、昏倒。その後、全公演から降板するアクシデントがあった。その際、代役に立ち神学生2でデビューしたのがディングマンで、この役柄に男性的な個性を炸裂させ大変な好評を博した。今回のロンドン公演では更に存在感が増し、3神学生の中で最も過酷な振付を彼ならではのスタミナで余裕をもって踊って見せた。
ロースト・スワンのジェナ・ロバーツはプロポーションの良さと清純な魅力が役に似合いで、太った男たちや神学生2に食べられる場面での困惑の表情にも、彼女ならではの求心的な魅力があふれ、男性ファンを魅了した。
運命の女神はサマラ・ダウンズ。スリムな肢体でクールなフォルトゥナを踊り、3人の神学生を大いに翻弄してみせた。

『カルミナ・ブラーナ』ダウンズ、マッケイ photo/Angela Kase

『カルミナ・ブラーナ』ダウンズ、マッケイ

『カルミナ・ブラーナ』ロースト・スワン/ジェナ・ロバーツ photo/Angela Kase

『カルミナ・ブラーナ』J.ロバーツ

ロンドン公演最終日3月21日の夜の部の配役もまた大変興味深かった。
第1部『セレナーデ』の主要ダンサー5人はイヴェット・ナイト、水谷実喜、ジャン・イージン、ジェイミー・ボンド、イアン・マッケイ。優れた容姿と確かな実力を有する精鋭バレリーナ3名と男性プリンシパル2名という取り合わせ。女性3人の中では確かな音楽性と強いバランス能力を見せた水谷、長い四肢を巧みに使ってこの作品を叙情たっぷりに踊ったジャンが強い印象を残した。
この日の『カルミナ・ブラーナ』の配役は、運命の女神フォルトゥナをセリーヌ・ギッテンズ、神学生1を2010年ユース・アメリカ・グランプリのグランプリ受賞者でバレエ団期待のソリスト、ウィリアム・ブレイスウェル、神学生2をジョセフ・ケイリー、神学生3をタイロン・シングルトン、恋する女を平田桃子、ロースト・スワンをダリア・スタンチウレスクが踊った。
神学生1のブレイスウェルは初恋に心躍らせる若者役が良く似合い、また技量的にも近年この役でデビューしたBRBの男性ダンサーの中で、ビントレーの振付を最も美しく体現したダンサーであった。幕開けの3神学生が並び踊る場面では謹厳さを、自らが踊る第1部「春に」では若々しさを印象付け、長い四肢を優雅に使って音楽性豊かにソロを踊る様子がファンや関係者に強い印象を残した。
かつて神学生1を当たり役としていたプリンシパルのケイリーは、今回神学生2でデビュー。 初日にこの役を踊った現代的で男くさい魅力溢れるディングマンとは対照的に、信仰と若い男性の本能の狭間で苦悩する、ヨーロッパ的で陰影に富んだ神学生役を演じ踊り、ダンサーとして新境地を開いた。
この日、運命の女神を踊ったのはギッテンズ。この作品のロンドン初演以来様々なダンサーたちが踊る『カルミナ・ブラーナ』を観て来た筆者だが、これまで観たフォルトゥナは初演のレティシア・ミューラーに代表されるような冷たい美貌の持ち主が多かった。対してギッテンズは冒頭の登場場面から観客を圧倒するパワフルな表現を見せ、初め演技過剰なのでは? と感じたほどであった。

『カルミナ・ブラーナ』photo/Angela Kase

『カルミナ・ブラーナ』

『カルミナ・ブラーナ』ダウンズ、マッケイ photo/Angela Kase

『カルミナ・ブラーナ』ダウンズ、マッケイ

『カルミナ・ブラーナ』第2部 酒場で ディングマン photo/Angela Kase

『カルミナ・ブラーナ』第2部 酒場で ディングマン

『カルミナ・ブラーナ』第3部 求愛 マッケイ、ダウンズ photo/Angela Kase

『カルミナ・ブラーナ』第3部 求愛

photo/Angela Kase(すべて)

だが第3部「求愛」の場面で神学生3を演じたタイロン・シングルトンとの「黒人系ダンサー2人による理性を超えた舞」ともいえる「音楽が聞こえてくるだけで(頭で考える前に)身体が踊りを紡いでしまうような本能のダンスと、2人の演舞の掛け合い」、ギッテンズの身体能力の高さに圧倒されてしまい、最後にはギッテンズとシングルトンだけが醸し出せるこのダイナミズムに、カール・オルフの名曲の持つパワーとコーラスの大音声の魅力が幾重にも重なり合ったことから、私自身が批評家としての理性を失う程にノックアウトされてしまい、終演直後には座席から動けなくなってしまっていた。
大理石の美しい内装とコロシアムの大きな舞台で、96年のロンドン初演時と同じオリジナルのコーラスがオルフの名曲を歌う中、2つの大変魅力的なキャストで再演された『カルミナ・ブラーナ』にロンドンの観客は大いに熱狂。口々にブラボーを叫ぶ観客、ダンスと音楽、コーラスのパワーに涙ぐむファンによるスタンディング・オベージョンが続き幕となった。
(2015年3月19日、21日夜 ロンドン、コロシアム劇場)

『セレナーデ』ギッテンズ、ウィリス photo/Angela Kase

『セレナーデ』ギッテンズ、ウィリス

『カルミナ・ブラーナ』運命の女神/ダウンズ photo/Angela Kase

『カルミナ・ブラーナ』ダウンズ

『カルミナ・ブラーナ』神学生1/ボンド、恋する女/ウィリス photo/Angela Kase

『カルミナ・ブラーナ』ボンド、ウィリス

『カルミナ・ブラーナ』第1部 春 ボンド photo/Angela Kase

『カルミナ・ブラーナ』第1部 春

『カルミナ・ブラーナ』第1部 春 ボンド photo/Angela Kase

『カルミナ・ブラーナ』第1部 春

『カルミナ・ブラーナ』第3部 求愛 マッケイ、ダウンズ photo/Angela Kase

『カルミナ・ブラーナ』第3部 求愛

photo/Angela Kase(すべて)

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