[ ロンドン ] フォンティーン&ヌレエフの初演から半世紀、マクミラン版『ロミオとジュリエット』でシーズン開幕

ワールドレポート/その他

アンジェラ・加瀬
text by Angela Kase

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団

Romeo & Juliet by Sir Kenneth MacMillan
『ロミオとジュリエット』ケネス・マクミラン:振付

9月19日、英国ロイヤル・バレエ団は2015/16 新バレエ・シーズンをマクミラン版『ロミオとジュリエット』で開幕した。

当初シーズン開幕当日のジュリエット役は美貌のアメリカ人プリンシパルのサラ・ラムが、ロミオは今では数少なくなったイギリスリス人男性プリンシパルのルーパート・ペネファーザーが予定されていた。だが開幕直前にペネファーザーが退団を発表したことから、スティーヴン・マックレーが代役として初日を飾ることとなった。
マクミラン版といえば、世界に数あるバレエ版『ロミオとジュリエット』中でも最高峰として知られている。今年はマクミラン版がマーゴ・フォンティーンとルドルフ・ヌレエフという世紀のパートナー・シップによって世界初演されてから50年 を迎えた。半世紀を経て今もなお世界中の観客や踊り手を魅了し続けるこの作品は、9月22日にロンドンのトラファルガー広場で無料ライブ中継された他、国内と世界各国の映画館で有料上映されたことで、半世紀後に再びイギリス全土と、世界各国に伝播したのであった。

photo/Alice Pennefather

photo/Alice Pennefather

われわれ英国バレエ関係者は、9月22日はトラファルガー広場ではなくピカデリーにある英国アカデミー賞(BAFTA)本拠地ビルで行われた、ロイヤル・オペラとバレエの新シーズンのライブシネマ・シリーズ記念レセプションに招かれ、ロイヤル・バレエの芸術監督のケヴィン・オヘアやロイヤル・オペラの関係者より新シーズンのライブ・シネマの上映日程を知らされた他、南米出身のロイヤル・オペラのスター歌手が「ライブ・スクリーン当日、どんな気持ちで舞台に立っているのか?」を語るインタビューに耳を傾けるなどした。このレセプションにはバレエ・ファンとして知られるイギリスの名優レイフ・ファインスも出席。『ロミオとジュリエット』ライブ上映の前に、スクリーン前列1列目中央から祝辞を述べた。また当日はプリンシパルのネマイア・キッシュやファースト・ソリストの崔由姫、ヴァレティーノ・ズケッティらバレエ団のダンサーも一部出席し、招待客に交じってドリンクを傾けたり後列でライブを鑑賞した。
新シーズン開幕作品の『ロミオとジュリエット』ではナターリア・オーシポワがヴァディム・ムンタギロフと踊るロシア人ペアによる主演公演や、南ア出身の期待の新人フランチェスカ・ヘイワード、ロイヤル・バレエ・スクール(RBS)出身の精鋭ペア、ヤスミン・ナグディとマシュー・ボールの主役デビューが予定され、英国バレエ・ファンの期待を集めていた。だがシーズン開幕直前にオーシポワが怪我をし、年内すべての公演から降板したため、ペネファーザーの退団による降板とともに、年内の公演に大きな配役変更が加わることになった。

photo/Alice Pennefather

photo/Alice Pennefather

9月22日のBAFTAでの特別ライブ・ヴューイングを見るとともに10月3日(土)昼の部のヤスミン・ナグディとマシュー・ボールのデビュー公演を鑑賞した。 22日の配役は19日のシーズン初日と同じラム、マックレー組。マキューシォをアレクサンダー・キャンベル、ベンヴォーリオをトリスタン・ダイアー、ティボルトをギャリー・エイヴィス、パリスを平野亮一が踊った。
この主要配役を見てもイギリス人はエイヴィスのみ。ラムとダイアーがアメリカマックレーとキャンベルはオーストラリア、平野は日本出身である。海外出身のダンサーたちにとってもライブ・シネマは、遠く離れた故郷の家族や出身バレエ学校の指導者や関係者に、成長した姿を見てもらうまたとないチャンスだ。実際このうちの何人かは、普段のパフォーマンス以上に熱の入った演舞を見せ微笑ましかった。この配役の公演で特筆すべきはサラ・ラムのバレリーナとしての成長と円熟であろう。04年のロイヤル移籍時から容姿、技術、演技に何の不足もないバレリーナであったが、特に今回ジュリエットを見て、演技にますます深みが増して観客の魅了して止まないアーティストになった事を実感した。

「ロミオとジュリエット」のような物語バレエの場合、ベテラン・ダンサーによる円熟したパフォーマンスも興味深いが、役の実年齢に近い若手ダンサーによるフレッシュなデビュー公演を観るのも熱心なバレエ・ファンや関係者にとっては、止められない行事の1つである。10月3日(土)のマチネは主演のヤスミン・ナグディとマシュー・ボールとも初等科からの生粋のロイヤル・バレエ・スクール(RBS)生、パリス役のニコル・エドモンズはバーミンガム・ロイヤル・バレエ付属校であるエルムハースト・スクール出身の期待の若手ダンサーであるだけに、学校関係者や家族・親族、そして彼らを学生時代から応援してきたファンたちがロイヤル・オペラ・ハウスに集結し、固唾をのんで見守った公演であった。
当日はナグディ、ボール、エドモンズの他、マキューシォをアクリ瑠嘉、ベンヴォーリオをベンジャミン・エラ、ティボルトをベネット・ガートサイドが踊った。
ナグディとボールは先シーズン『オネーギン』のオリガとレンスキーに抜擢され、関係者やファンに強い印象を残したペアである。ナグディはホワイト・ロッジ(ロイヤル・バレエ・スクール初等科)からの生粋のスクール生で、ダーシー・バッセルやギエム、コジョカル同様バレエに転向する前は、体操をしていた。09年のイギリス国内コンクール、ヤング・ブリティッシュ・ダンサー・オブ・ザ・イヤー(YBDY)1位受賞者で10年入団、先シーズンにソリストに昇進している。ボールはリヴァプール出身、11歳からRBSの初等科ホワイト・ロッジで学び、『くるみ割り人形』でクララの弟フリッツ役を踊り、英国バレエ・ファンには子供時代から良く知られた存在であった。入団3年目、いまだにファースト・アーティストながら先シーズンはレンスキー、新シーズンはロミオ、アコスタ版新『カルメン』のエスカリミオと抜擢が続いている。恵まれた容姿と感情表現に優れたダンサーだ。パリスのエドモンズはエルムハースト卒業後、フィンランド国立バレエに入団し、2012年ロイヤル・バレエに移籍。今年ソリストに昇進した。アクリ瑠嘉とベンジャミン・エラは共に二世ダンサーで、アクリがマッシモ・アクリと堀本美和の、エラは元オーストラリア・バレエ団の名花でオーロラ姫役を得意としたクリスティン・ウォルシュの子息である。
この配役によるパフォーマンスは主役2名とパリスのエドモンズによる演舞が初々しくロマンティック、またアクリとエラの若々しさややんちゃな姿も印象的で、5人がほぼ同年代であるだけに連帯感に満ちた楽しいものであった。舞踏会での出会い、バルコニーのパ・ド・ドゥ、秘密の結婚式から自死する最後まで、観客は2人による愛しく切なく息をもつかせぬパフォーマンスに酔いしれた。 ナグディは控え目ながら十分な技術があるし、ボールはダンス技術以上に感情の発露と演技力の面で観客の心を掴むダンサー。『オネーギン』のオリガとレンスキーですでに証明済みであったが、たいへん似合いのペアである。今後2人がダンサーとしてペアとしてどう成長してゆくのか、関係者として見守りたいところである。エドモンズも今後はもっとロマンティックな役柄で見てみたいダンサーだ。そしてこの日、主役の2人と同じような磁力で観客を魅了したのがマキューシォ役のアクリであった。入団直後より様々な役に抜擢され、そのたびに芸術監督ケヴィン・オヘアの期待に応え続けたアクリだったが、この日は身体に流れる父親譲りのイタリアの血が燃え立ったのか、包容力と存在感あふれるマキューシォを演じ、技巧とスター性で強い印象を残した。
オーシポワ、ゴールディング、ムンタギロフと先シーズンは移籍組にスポットライトが当たることが多かったロイヤル・バレエであるが、このような配役の『ロミオとジュリエット』を見ると、生粋のスクール生たちにやイギリス人の若手もきちんと配役され活躍の場を与えられていることがわかる。終演後の楽屋口は大変な人だかりでダンサーの家族や知人、友人らが、熱演したアーティストをねぎらう姿が微笑ましかった。
(2015年9月22日BAFTA、10月3日ロイヤル・オペラ・ハウス 9月17日午後撮影)

photo/Angela Kase

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