マニュエル・ルグリ、ウィーン国立バレエ団を率いる名ダンサーにして芸術監督の現在について

ワールドレポート/その他

恵音

パリ・オペラ座バレエ、英国ロイヤル・バレエ、マリインスキー・バレエ、ボリショイ・バレエ、ABTなどでは、それぞれのカンパニーの顔となったスター・ダンサーたちが華々しく踊っている。彼らが憧れて育ったかつてのプリンシパルたちの多くは、指導者として、今日のバレエを牽引している。ニーナ・アナニアシヴィリ、オレリー・デュポン、ローラン・イレール、タマラ・ロホ、ジュリー・ケントなどなど。中でも特に注目を集めるのが、5月にウィーン国立バレエ団を率いて来日するマニュエル・ルグリだろう。

マニュエル・ルグリは、2009年のパリ・オペラ座バレエ団アデュー公演以降も、舞台に現れる度に、あの類稀なる真価を発揮して大きな感動を呼んできた。2010年にウィーン国立バレエ団芸術監督に就任。日本の観客には、2012年の『こうもり』、2015年世界バレエフェスティバルでは『フェアウェルワルツ』を披露。2017年にはYAGP NYファイナルのガラで同演目を再演した後、8月に行われた来日公演「ルグリ・ガラ」では『アルルの女』、初挑戦の『ランデヴー』、さらには新作のコンテンポラリー作品『MOMENT』にも挑んだ。

そして2017年9月にはパリ・オペラ座の舞台に返り咲き、レティシア・ピュジョルのアデュー公演で『シルヴィア』を踊って大きな喝采を浴びた。

1805Legris01-thumb-250x356-72335_1.jpg

「シルヴィア」©Wiener Staatsballett/Ashley Taylor

 背筋をぴんと伸ばして、一瞬も逃さず見つめたくなるあの魅力は、一段とダンサーとしての輝きに磨きがかかっている。それだけではない。ウィーン国立バレエ団の芸術監督、後進の指導、『海賊』全幕の新振付に加え、各国のカンパニーの招聘に応じてヌレエフ作品の指導し、YAGPの審査員を務め、ガラ公演の企画演出に至るまで、オペラ座アデュー公演以降の活躍の数々には、ルグリだからこそここまでできるのだ、と納得させられた。彼はダンサーとしてだけでなく、今日のバレエ界に必要とされた資質を備えた大きな存在である、と改めて思った。その矢先に発表された、2020年夏にはウィーン国立バレエ団芸術監督を退任する、というニュースは、"次はいよいよ"、という大きな期待を抱かせる。

オペラ座アデューから10年目。5月には、おそらくウィーン国立バレエ団芸術監督としてのルグリの見納めとなる来日公演を迎える。大きな責任を果たし、果敢な挑戦を重ねた経験を糧に、いっそう深みを増すルグリの芸術の特徴を挙げてみたい。
ルグリは、ウィーン国立バレエ団芸術監督として、伝統あるオペラの陰に隠れがちだったバレエの存在を、大きく前に押し出した。今では券売率も95パーセントを超えるというビジネス的成功も、ダンサーの指導や演出、シーズン・ラインナップの選定といった、ルグリの優れた芸術性が生んだ結果であろう。世界中の振付家の作品を踊ったルグリだからこそ持つ引き出しの多さは、キャリアの賜物である。選び抜かれたレパトリーは、観客のみならずダンサーも目を輝かせた。
「ヌレエフ・ガラ」が今回の日本公演で披露されるが、これはウィーンでは2011年より、シーズン最後の特別な舞台として上演されており、4時間に及ぶ長時間のガラ公演である。古典からコンテンポラリーまで、色の異なる作品が絶妙に織り交ぜられたプログラムで、古典ファンも新しい作品を観たい客層も、どちらも虜にするバレエの魅力を存分に詰め込んでいる。ボリス・エイフマン振付『赤のジゼル』(チャイコフスキー音楽)、昨年は上演が叶わなかったエドワード・クルーグ振付『ペール・ギュント』(グリーク音楽)といった演劇性に富んだ逸品。また、エノ・ペシ振付『Opus 25』(ショパン音楽)のように音楽と舞台の色彩と振付が織りなす独創的な美を表す作品など、かつてあまり触れる機会に恵まれなかった作品の上演は、日本の観客のみならずダンサーにとっても新たな刺激となるだろう。

1805Legris02_2.jpg

「ライモンダ」©Wiener Staatsballett/Ashley Taylor

1805Legris04_3.jpg

「マーマレーション」©Wiener Staatsballett/Ashley Taylor

1805Legris03-thumb-250x333-72338_4.jpg

「ストラヴィンスキー・ムーヴメンツ」 ©Wiener Staatsballett/Ashley Taylor

見つけた才能には惜しみなくチャンスを与える、この姿勢は、恩師ヌレエフへの尊敬を忘れないルグリの想いの現れでもある。昨年12月、ハンブルク・バレエ団へのヌレエフ版『ドン・キホーテ』の指導にあたり、菅井円加をキトリに起用したことは記憶に新しい。ウィーン国立バレエ団公演でバジルに抜擢された木本全優も、当時ルグリが一からすべて手取り足取り教えてくれたと、先日BS-TBSで放送された番組でも語っていた。指導者としてのルグリは、手を差し伸べた才能の持ち主をより輝かせる。見事な見本を見せるだけではなく、その秘密を言葉にして伝えることができる。そんなルグリの指導の様子は、NHKで放送された「スーパーバレエレッスン」や「バレエの饗宴2016」に際した特集番組を通じて、日本でも何度か目にしたバレエファンも多いのではないだろうか。非常に音楽的な観点から的確なポイントをつく注意によって、ダンサーがテクニックに表情をもたせた見せ方を習得していく様子は、たいへん印象的である。

 何より踊りに溢れ出る気品が、ルグリという存在をさらに高めてきた。高度な脚技で観客を沸かせることを超越し、ニュアンスが込められたシンプルなステップが織りなす美は圧巻である。そっと寄り添う指先で、両者が美しくみえるポジションへ自然と誘うパートナリングも魔法のようだ。その秘訣を少しでも学びとろうと、踊りに合わせて幕袖を移動しながら舞台上のルグリを追う次世代のスターたちの姿が、ルグリがバレエ界の尊敬の象徴であることを物語る。こうして舞台上でみせる一瞬一瞬が、観客のみならず後進のダンサーに対しても、バレエが表現し得る美の真髄を伝えている。また、時折公開されるクラスレッスンや指導中の見本にみられるように、音楽と共に、動きのひとつひとつが、吸い寄せられるようにして正しいポジションに収められていく身のこなしには、隅々まで品格が漂う。若い世代が頼りがちな派手なテクニックへの執着をそぎ落とし、より際立つ上品な所作は、パリ・オペラ座の伝統というだけでなく、ルグリ自身がキャリアの中で見極めたクラシック・バレエの真骨頂である。
そのようなマニュエル・ルグリにこそ、これからのバレエ界を先導し形作ってほしいと思う。先月、黒鳥のフェッテの失敗を自ら発信したミスティ・コープランドのSNS投稿に対する一連の反響に見られるように、今のバレエ界は芸術性とテクニックの追求の間で迷子になっている。ルグリのように、新しさを取り入れる気概を持ちながら、古典的美の価値を継承できる人物にこそ、迷える現在のバレエ界を導いてほしいと願う。ウィーンに次いで次にルグリを射止める幸運なカンパニーはどこか、世界中の注目が集まる。そんな中、約10年間の集大成とも言えるカンパニーの成長、そして、やはり誰もが待ちわびる舞台上の姿の披露の場として、再び日本を選んでくれたことを、心の底から嬉しく思う。次はどんな感動を与えてくれるのか。来日が待ち遠しい。

1805Legris07-thumb-250x333-72343_5a.jpg

「海賊」©Wiener Staatsballett/Ashley Taylor

1805Legris08-thumb-250x333-723465b.jpg

「海賊」©Wiener Staatsballett/Ashley Taylor

1805Legris05_6.jpg

「海賊」©Wiener Staatsballett/Ashley Taylor

1805Legris06_7.jpg

「海賊」©Wiener Staatsballett/Ashley Taylor

ウィーン国立バレエ団 2018年来日公演
●2018年5月9日(水)〜13日(日)
●Bunkamura オーチャードホール

Bunkamura TEL:03-3477-3244
Webサイト:http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/18_wiener.html

ページの先頭へ戻る