[ロンドン] ロイヤル・バレエとボリショイ・バレエの初共同制作『ストラップレス』世界初演

ワールドレポート/その他

アンジェラ・加瀬
text by Angela Kase

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ

"After the Rain" "Strapless" "Wuthin the Golden Hour" by Christopher Wheeldon
『アフター・ザ・レイン』『ストラップレス』『ウィズイン・ザ・ゴールデンアワー』クリストファー・ウィールドン:振付

ロイヤル・バレエは2月12日〜3月11日までクリストファー・ウィールドン振付の小品3作品を2配役7公演。2月12日の初日には、ロイヤル・バレエとボリショイ・バレエによる初の共同制作バレエ『ストラップレス』が世界初演され、1月20日に『ラプソディ』を踊って怪我からの舞台復帰を遂げたばかりのプリンシパル、ナターリア・オーシポワが女性主役ヴィルジニー・アメリ・ゴートローを踊った。

今回上演されたのは、ウィールドン初期の傑作『アフター・ザ・レイン』(05年振付)、ベルエポック時代のパリで実際に起こったある貴婦人の肖像画にまつわるスキャンダルを描いた新作『ストラップレス』、08年にウィールドンがサンフランシスコ・バレエのために振付た『ウィズイン・ゴールデン・アワー』の3作品。
ロンドンでも現代作品中心の公演チケットの売れ行きは芳しくないことがほとんどだが、今回は英5大新聞に初日の舞台評が掲載されるや、ロイヤルとボリショイ・バレエ初の共同制作をオーシポワが主演している云々に興味を持った舞台ファン、サージェント作「マダムXの肖像」にちなんだバレエに興味を持った絵画ファンや一般市民らによって全公演のチケットが瞬く間に完売となった。
2月12日に『ストラップレス』世界初演の舞台を鑑賞した。

「ストラップレス」photo/Angela Kase

「ストラップレス」
photo/Angela Kase(すべて)

「ストラップレス」photo/Angela Kase

「ストラップレス」photo/Angela Kase

この作品は19世紀末から20世紀初頭にかけて欧米で名声を博した肖像画家ジョン・シンガー・サージェントによる、「マダムXの肖像」誕生秘話と発表直後のスキャンダルを描いたデボラ・デイヴィスによる小説に触発されたバレエ。オリジナル・スコアをマーク・アントニー・ターネイジが作曲した。
マダムXとは、アメリカ南部でイタリア移民の父とフランス人の母との間に生まれ、社交界の花形となった若きアメリカ人女性ヴィルジニー・アメリ・ゴートロー夫人のこと。彼女は、南北戦争で父を失った後パリに渡り、母の画策により年の離れた銀行家ピエール・ゴートローと貴賤結婚した。白い肌と豊満な身体、炎のような赤い髪、卓越したファッション・センスとアメリカ人らしい愛嬌で男性受けが良かったというヴィルジニー。新興国アメリカ出身の彼女と画家サージェントは、共に「花の都パリで歴史にその名を残す人物になりたい」という野望を抱いていた。

ゴートロー夫人

ゴートロー夫人

当時サージェントは、肖像画の人物のポーズや衣装にその人物の性質をうかがわせるヒントを描きこんだことで知られている。例えばこのバレエにも登場するハンサムな産婦人科医で、ヴィルジニーを含む当時のパリの社交界の貴婦人たちの情事の相手として知られたサミュエル・ジャン・ポッジ医師の肖像は、深紅のガウンを纏った医師がガウンの腰ひもに指をからませたポーズで、美しい女性が目の前に現れれば、すぐにでも服を脱ぎ棄てるかのように描かれている。「マダムXの肖像」は、当初黒いドレスの肩紐が片方肩から滑り落ちた煽情的なポーズで描かれ1884年にパリのサロンにて発表された。今とは比べ物にならないほど人々が保守的な時代のパリで、夫ある身の貴婦人が肩紐を落とした姿で描かれた肖像画の発表は一大スキャンダルとなり、批評家や社交界の人々から不当なまでの非難の対象となった。
結果、絵の主人公であるヴィルジニーは社交界を追われ、サージェントもスキャンダルから逃れるようにパリを後にしロンドンに居を移す。「パリで歴史にその名を残す人間になりたい」という2人の野心は奇しくも叶えられるが、女性であったヴィルジニーにとってそのために支払った犠牲はあまりにも大きかった。

世界初演当日に女性主役を踊ったオーシポワは、自らもヴィルジニーさながらに髪を赤く染め新作に挑んだ。父ほどに年の離れた夫ピエールをないがしろにする我儘で奔放な新妻役は、オーシポワによく似合い、サージェント役を踊ったエドワード・ワトソン、サミュエル・ジャン・ポッジ医師を踊ったフェデリコ・ボネッリと共に、個性と技量を発揮した。互いが互いを触発し、引き立てあう好演で作品を高めた。また今年1月に発表された英国批評家賞で『オネーギン』のレンスキー役で古典バレエ部門の新人賞を受賞したファースト・アーティストのマシュー・ボールが、画家サージェントの同性愛の恋人アルベルト・ド・ベレロッシュ伯爵を踊り強い印象を残した。

ポッジ医師とその妻 画家サージェント

ポッジ医師とその妻 画家サージェント

画家は夫人に同性愛の恋人の面影を重ねる

画家は夫人に同性愛の恋人の面影を重ねる

『ウィズイン・ゴールデン・アワー』は、3組のカップルが登場しパ・ド・ドゥを踊る。初日はベアトリス・スティックス・ブルネルとヴァディム・ムンタギロフ、ローレン・カスバートソンとマシュー・ゴールディング、サラ・ラムとスティーヴン・マックレーの3組とオリヴィア・カウリー、マヤラ・マグリ、ヤスミン・ナグディ、アナ・ローズ・オサリヴァン、アクリ瑠嘉、ニコル・エドモンズ、トマス・モック、マルセリーノ・サンベの男女各4人が登場。男女3組によるパ・ド・ドゥのそこここに見られるユニークな振付にウィールドンの豊かな才能を感じた。

肖像画のポーズが決まった

肖像画のポーズが決まった

冒頭の作品『アフター・ザ・レイン』を踊ったのはマリアネラ・ヌニェズとティアゴ・ソアーレスの夫婦ペア。それぞれ好演したものの、作品の持つリリシズムが今一つ具現化しきれていない感がぬぐいきれず残念であった。
(2016年2月12日 ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス)

スキャンダル

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スキャンダルに苦しむマダムX

「ストラップレス」photo/Angela Kase(すべて)

「ストラップレス」photo/Angela Kase(すべて)

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