マラーホフを淡路島に招いて、ウクライナと日本の文化をクラシック・バレエに融合させた素晴らしい舞台、Awaji World Ballet
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ワールドレポート/大阪・名古屋
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
Awaji World Ballet 2周年特別バレエ公演
「Souls For PEACE」vol.3 ~世界を繋ぐ恩返しの心~ 針山愛美:構成・演出
針山愛美 ©nodanaoki
淡路島に拠点を置き、針山愛美が芸術監督を務めるAwaji World Ballet 。ウクライナから日本に避難してきた2名のバレエダンサーとともに始めたこのバレエ団が2周年特別公演として、「Souls For PEACE」vol.3 ~世界を繋ぐ恩返しの心~ を開催した。ご当地、淡路島の淡路市に、ウクライナ出身のウラジーミル・マラーホフを特別ゲストに招き、ウクライナと日本のダンサー、上田秀一郎の太鼓集団「鼓淡」、音楽島ミュージシャンとともに創った舞台である。
淡路島、と聞くと関東の者には、かなり遠く離れた場所に感じられるが、実際には明石海峡大橋を渡って淡路島を縦断して四国の徳島市まで走る高速バスが頻繁に走っていて、新神戸駅からおよそ40分で到着する。いくつもの島影がかすみたなびく中に浮かび、大小さまざまな船が行き交う瀬戸内海の夢のような景色を眺めていると、ほんの一瞬で着いたかのような錯覚に陥った。
© nodanaoki
© nodanaoki
今回公演は、ウラジーミル・マラーホフが自身のコンセプトによる新作『月光』(振付:宝満直也)を披露することが話題だが、全体の構成・演出は針山愛美で、日本とウクライナの文化をクラシック・バレエの世界に融合させるという興味深い試みである。
オープニングは巨大な地球儀を背景幕に写して、白い衣裳を着けたウクライナと日本の男女のダンサーが踊る。紗幕を通して見るので、まるで彼方の空間のダンスを見ているかのようだ。続いて舞台中央後方に大太鼓を据えて、いくつかの雨傘を開いて雲の影を写し、さまざまな形を作る踊り。雲と傘、大空と人間が一緒になって、何か優しく歌っている童謡の世界が現れた。そして大太鼓の響きと「荒城の月」のメロディが流れ、古(いにしえ)の栄華を偲ぶ日本の典雅な情感が観客の心に届けられた。
するといつの間にか大きな満月が天空に輝き、上田秀一郎の作調による「四季舞奏」から「暁月」が逞しく演奏され、着物をアレンジした衣裳を着けた針山愛美の優美なソロ、ヴァイオリンとフルート、キーボードの演奏が、それぞれのコントラストをくっきり描いた。さらに一転すると、太鼓の力強い響きに呼応する男性ダンサーと女性ダンサーの踊り。背景は大きな篝火が轟々と焚かれた映像に変わり、エネルギーの満ち溢れるシーンとなり、舞台に豊穣感が満ちた。
「I'm you」ウラジーミル・マラーホフ、針山愛美
© nodanaoki
「ゴパック」© nodanaoki
続いてマラーホフと針山愛美が踊る『I'm you』(振付:宝満直也)。ベルベットの衣裳を着けた二人がベートーヴェンのピアノソナタ「月光」とともの踊る静謐な舞台。男女二人の孤独感と前向きに生きようとする気持ちがせめぎ合うようなパ・ド・ドゥだった。
ウクライナの国の花である大輪のひまわりが、何本も咲き乱れる陽光輝く映像を背景に、色彩感あふれるウクライナの民族舞踊『ゴパック』に舞台が変わった。赤いパンツにブルーの布を腰に巻いたウクライナの男性ダンサーたちの意気のいい跳躍が炸裂し、赤い頭飾りとリボン、赤いトップと赤いスカートの女性ダンサーたちのリズミカルなステップと調和して、躍動感のあふれる舞台。水を得た魚のようにダンサーたちは故郷のダンスを思う存分に踊った。
そしてマラーホフのコンセプトによる新作『SEKAI』(振付:宝満直也)が始まった。選曲はマラーホフ自身が行ったペルゴレージの「スターバト・マーテル」。この詩は日本語では「悲しみの聖母」と訳される。
身体に合ったニットの淡いベージュの衣裳でマラーホフが登場。両眼は黒いリボンで覆われており、背景には黒雲が湧き立つ空が映されており、世界の映像を失った人物のようだ。淡いピンクの薄物を纏った針山愛美が登場して二人は踊り、やがてマラーホフの黒いリボンを針山がそっと外す。針山は薄物を脱ぐ。背景は抽象的な色彩模様からグレイ抽象的なものへと変わる。二人は大きな動きを絡めながら踊り、ついにマラーホフの真実を見る眼が開かられたかのように感じられた。もちろんマラーホフの眼は、故国の喩えようもなく悲劇的な現実を、深い深い哀しみを持って見つめていたに違いない。
「SEKAIウラジーミル・マラーホフ、針山愛美
© nodanaoki
「SEKAI」ウラジーミル・マラーホフ、針山愛美
© nodanaoki
光が溢れ清涼な水が流れる緑豊かな自然の風景に背景は移り、花火や海、赤とんぼなどの長閑な情景となる。ウクライナのダンサーや日本の子供たちが踊り、平和の使者のようにマラーホフも登場して平和な日常の素晴らしさが舞台に現れる。音楽はベートーヴェンなどをアレンジしたもの。
フィナーレは広大な海に赤々と広がる夕景に出演者全員が笑顔で集まって観客と交流した。
ひまわりが太陽に向かって花咲くように、すべての踊りが平和を切望して踊られ、ウクライナのダンサーたちの望郷の想いと日本文化の豊かな情感が舞台で交わった素敵な公演だった。閉幕後も、抽選により、観客にプレゼントがマラーホフ自身の手から贈られるなど、会場は大いに盛り上がった。
この後も針山愛美が率いるAwaji World Balletは、12月9日にラトヴィア国立歌劇場で『鶴の恩返し』を上演し、ガラ公演にも出演する予定だ。
Awaji World Ballet
https://www.awajiballet.com/cran
https://www.emihariyama.com
(2024年8月24日 淡路市 旧アソンブレホール)
© nodanaoki
© nodanaoki
そして、「Souls For PEACE」vol.3 ~世界を繋ぐ恩返しの心~ のすべて公演終了後、ウラジーミル・マラーホフから次のようなメッセージが寄せられた。
「Awaji World Balletに客演を重ねてきましたが、針山愛美がウクライナのダンサーたちと行ってきたことが進展していく様子をとても嬉しく思いました。私自身も素晴らしいダンサーたちと共演できて楽しかったです。世界がますます困難な状況になってきていますが、日本とウクライナの関係がいかに緊密であるかを示すことは重要だと思います。また、ウクライナのダンサーにとっても、日本のお客様の前で彼らの芸術を披露することは大事なことです。だからこそ、愛美が成し遂げてきたことはすべて価値があると思われます。この状況下でも私がいつも彼女たちのお手伝いができ、一緒にいられることを嬉しく思います。
太鼓奏者の上田秀一郎さんはとても才能ある方で、今年も再び共演できて素晴らしい体験となりました。Awaji World Balletは様々なスタイルの素晴らしいパフォーマンスを行っています。このカンパニーは今後さらに成長して、淡路だけでなく、他の場所でも公演を行うべきです。さらには海外にも招聘されて公演が行われるようになることを願っています。これからもあきらめずにAwaji World Balletの事業を続けていってほしいと願っています。」
ウラジーミル・マラーホフ Uladimir Malakhov
「I'm you」© nodanaoki
「I'm you」© nodanaoki
「SEKAI」© nodanaoki
「SEKAI」© nodanaoki
© nodanaoki
フィナーレ © nodanaoki
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